第5話 怨呪

 こ、この声…………。淡々とした、人をムカつかせるような口調。低すぎない声。

 なにより、上からの威圧的な視線。一人しか居ない。

 今私の後ろにいる人物は──


「あ、あきひと〜〜〜!!!」

「うわっ! お前何やってんだよ!!」


 やっと探していた人に出会えた感動で、彰一に抱きついてしまった。

 嬉しいぞ彰一よ!!! 私を探してくれていたのね。

 引き剥がそうと服を引っ張っているのも照れ隠しなんでしょ。分かっているよ!


「彰一!! どこ行ってたのさぁ!! 私怖かったんだってばぁ〜」

「はぁ。お前から離れたんじゃん。二十二にもなって……。あ? それどうしたんだ?」


 ん? あぁ、首飾りか。そりゃ気になるよね。



「あ、これ。なんかよくわかんないけど、この村にあるお店がもう閉めるからあげるって言われて。綺麗だったからそのまま貰ったの。それに、なんか離すことが出来なくて……」


 首飾りを取り、彰一に渡してみるとおそるおそ受け取ってくれた。

 まじまじと首飾りを見てるけど、なにか珍しいものとかある? 普通の首飾りでしょ。見た目は、だけど。


 あ、満足したのか「ん」と返した。はい、ありがとうございます。


「なにか気になることでもあったの?」

「いや、今まで首飾りとかそういうもんに興味持ってこなかった輪廻がなぁ──って思って」


 じ〜っと私を見て鼻で笑いやがった。なんで笑うのよ。確かに興味なかったけどさ。


「笑うなんて酷い」

「僕から離れた罰だ。ほら、行くぞ」


 そう言って私の手を握って歩き始めた。

 子供扱いしてる。確実に子供扱いしてる。私は子供じゃないぞ。もう成人女性だ。でも、悪くは無いから握らせといてあげるわ。


「ニヤついてんの気持ち悪いぞ」

「失礼ね!!」


 そんな話をしながら村を歩き回って怨呪を探していたのだが、なかなか見つけられず夜になってしまった。

 怨呪は朝昼夜関係ないけど、なぜか夜の方が活発に動く。だから、できるだけ朝昼に倒したかった。


 今まで賑わっていた村だけど、徐々に人の気配も無くなり静かになっていく。夜も近付き周りを見通せなくなってきた。雲が月や星を隠してしまったから、灯りがない。


 お店の棚には布が被さり、看板には〈閉店〉と書かれている。お店を照らしていた灯りなどは店番していた人が回収してしまったから、本当に暗い。


「さすがに昼賑わっていたとしても、夜は静かだね」

「あぁ、その方が僕達はやりやすいけどな。いや、殺りやすいけどな」

「上手くないから」


 腰に差している刀の柄頭つかがしらに手を添え、周りに意識を向けるか。怨呪の気配は人間と異なるから、まだ小さかったらすぐに見つけることができるはずだ。

 ちなみに大きかったら気配も大きくなる訳ではなく、逆に気配を感じにくくなってしまうため見つけにくい。今回はそれに当てはまるかも。


「結構大きくなってんかね」

「そうね。気をつけないと」


 気配を感じられないのは彰一も同じらしく、険しい顔をしている。

 彰一が感じられないものを私が感じられるわけないか。うん。仕方がない。


「村の人達は今、家の中にいるんだよね」

「そうだな。だから家さえ壊さなければっ──」


 ドゴンッ!!!!


「なにっ!?」

「いいのか悪いのか、風と共に場所を知らせてくれたな。行くぞ」

「ちょ!! まって!!」


 家を崩れる音。いきなり現れたなんて。やっぱり何かに擬態してたんだ。

 風や土埃だけじゃなくて、”怨配えんはい”と呼ばれる、怨呪の気配までも一緒に流れてくる。これを辿ればたどり着くことが出来るはずだ。


 道通りに行けば時間がかかるね。ちょっと申し訳ないけど、長屋の屋根を使ってショートカットしよう。


 いつものように膝を折り地面を蹴る。それだけで特別な訓練を受けている私達妖殺隊士は、ひとっ飛びで長屋の屋根に移動可能。

 まぁ、私の場合はため、筋力云々ではなく〈恨力こんりょく〉が反映されている──と思う。まだ、私自身自分のことがよくわかっていない。


 人じゃないというのも、正直信じたくない。

 人じゃないなら、私はなんだってなるし。今考えても意味は無いから、とりあえず怨呪討伐に集中しよう。


「遅れんなよ輪廻」

「わかってるけど、なんでこんなに差がついてるわけ!?」

「実際の俺とお前の実力差だろ」

「現実を突きつけないで!!」


 先に彰一が走り出したにせよ、三十メートルくらいの差がついているのですが何でよ!! 私だって本気で走っているのに。


 まぁ、ひとまずいいや。どんどん怨配を強く感じることが出来てきたし。近付いているということだよね。


「あれか!」


 彰一が焦ったような声に、私も彰一の隣に何とか追いつき前を向くと────


「あれって、うそ。獅子??」


 ガウァァァァァァアアアアアア!!!


「ひっ?!」

「っ、圧がすごいな」


 今回の怨呪は獅子に近い体だ。

 近いってだけで、獅子ではない。尻尾は蛇みたいに太いし、体の大きさも遠近感が狂うほどに大きい。あの怨呪は、一体何の怨みで出来てしまったのだろうか。

 じゃ、感じ取れないな。


 それに、怨呪とはまだ距離があるはずなのに、私達にも届くほどの咆哮が鳴り響いてる。

 体がすくみ、手や足が震えだしてきちゃった。こんな怨呪、今まで相手したことないんだけど。


 刀の柄を掴む手も汗が酷く、顔にも冷や汗が流れる。咆哮が響いた方を見るしかできない。

 横目で見てみると、彰一も同じ反応をしている。


「彰一、応援を呼んだ方が──」

「あぁ、今すぐにでも呼ぼう。上級より上の人じゃなければ勝てない」


 応援を呼ぶため、彰一は懐から小さな機械を取り出した。

 形はイヤホンの耳につける部分に似ており、用途も同じだ。


 私も取り出し、耳に付けボタンを押す。


 こちらの機械は私達の中では【伝達機】と──まぁそのまんまの名前で呼んでいる。


「応答せよ、応答せよ。私は彰一。今目の前に怨呪が出現。輪廻隊士と共に浄化する。応援を頼みたい」

『こちら妖殺隊本部。応援は何人必要ですか』

「特級からなら二人。上級からだったら五人お願いします」

『了解しました。今すぐに手配致しますので、時間稼ぎの方をお願い致します』

「了解」


 そこで会話が終わった。

 彰一は伝達機をまた懐に戻し、私も同じく戻す。こんなことをしている間にも、怨呪は村人を襲ってる。早く助けないと被害が広がっちゃう。


「ねぇ、このままだったらさすがにやばいよね」

「やばい所の話じゃねぇよ。僕達でとりあえずこの村を守らないと」


 体が震えるけど、そんなの気にしてらんない。体にムチを打って立ちあがらないと。

 怨呪は村の家やお店を壊している。人が外にいなかったからおびき出そうとしてるんだ。

 その証拠に、家を狙ってる。何も力のない人は、ただされるがままにおびき出されてしまう。

 混乱している人達は皆、お互いをお互いが押し逆に逃げ道を封じてしまっていた。その隙に、獅子は手を振りあげ潰そうとしている。


 いや、待って。それ以上殺さないで!!!


「行くぞ輪廻!! これ以上自由にさせるな!!」

「うん!!」


 お願いだから、もう、人を殺さないで!!!!

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