第4話 告白された

「はーっ……」

『なんか悩み事?』


 平日の昼頃。

 学生は元気に学校で勉強しているであろう時間に、俺はいつものFPSゲームで風無と合流していた。


 風無と一緒にゲームをするのは珍しくないけど、配信も付けず、プライベートでやるのは珍しかったりする。


 そんな珍しいことをしてる理由は、今日の会話は全世界に配信できない可能性があるからだ。


「風無」

『ん?』

「お前の妹は化け物だ」

『なんてこと言ってんの!?』


 だって事実だし。


 今は八坂がいないところを狙ったおかげで風無と大人しく話せてるけど、今後はきっとそうもいかない。


 俺達はあの化け物の目を盗んで生活しなきゃいけなくなったんだよ。


「風無もさすがに知ってるだろ……八坂がヤバい行動してることくらい」

『まあ、闇也が好きとは言ってたからね』

「なら風無のせいだ」

『なんで!?』


 それを知っていたのに妹すらコントロールできない姉が全部悪い。


 その結果、迷惑は全部隣の部屋の俺に来てるんだから。


「大体、部屋に呼ぶ前に予想できなかったのか? 隣に俺いたら、迷惑かけにくるとか」

『いや、予想できないでしょ……Vtuberでは闇也が好きだとは言ってたけど……あんなに好きだとか』

「……まあな」


 そこについては、風無に同情してやろう。


 お魚くわえたドラ猫が来ると聞いてたらタマじゃなくマグロくわえた化け猫が来たようなもんだ。


『まあ……悪気はないと思うから、仲良くしてやってよ』

「それは無理だけど」

『自分の時間が取られそうだから?』

「それもあるけど」


 もう問題はそういう次元の話じゃなくなってるんだよ。


 もし俺が八坂と仲良くしてしまったら、一週間後には結婚式を挙げてるかもしれない。


 言ってる意味がわからないと思うが俺も何が起こってるのかわからない。


「一応聞くけど」

『なに?』

「風無は、八坂を追い出す気はあるのか」

『ないけど? 可愛い妹だもん』

「ああ、そっち側か」


 風無はシスのコンの者だったか。


 てっきり風無も八坂の暴走には辟易してるかと思ってたけど、この様子だと甘やかしてそうだな。


『大体、闇也は人見知りだからそんなに嫌がってるんでしょ? 結構可愛くない? すみれ』

「騙されるな。あれは人の皮を被ったモンスターだ」

『だから人の妹に言い過ぎじゃない!?』


 見た目だけは可愛いところも、まんま創作の中のモンスターだ。


 皮を剥いだら中で化け物が「ぐふふっ」って笑ってんだよ。


「というか、人見知りだからって……風無は、八坂がどこまで来てるのか知ってるのか」

『どこまでって?』

「俺にどこまで来てるか」

『よくわかんないけど。話はしたのは知ってる』

「ああ、そうか」


 なら、俺と風無でこの問題への危機感が全く違うのも無理はないか。


『でも、そんな嫌がるようなことはされてないでしょ? どこまで来てるかって、告白されたわけでも――』


「告白された」


『……えっ?』

「付き合ってくださいって言われた」


 さすがにそこまでは予想していなかったのか、風無は五秒くらい絶句する。


『……えっ、おめ、でとう?』

「誰がOKするかバカ」

『あ、そっか……びっくりした』

「まだまともに話したの一回だぞ」


 これで「付き合おう!」って言う奴はそれこそ見た目しか見てないだろ。


『え、じゃあ……返事は言ったってこと?』

「言ってない」

『なら、考えるって言ったってこと?』

「言ってない」

『……なんて言ったの?』

「言ってない」


 何も言ってない。


「告白された瞬間ボイチャ繋げてたゲーム落とした」

『どういう理由で!?』

「いや、聞かなかったことになるかなって」


 回線が落ちたことにすれば「え、告白? 何の話?」ってできるかなって。


「……まあ、冷静に考えると聞かなかったことにしてももう一回言ってきそうだけど」

『……そりゃね』


 あいつがそういう奴だというのは姉もわかってるらしい。


『……で、え、どうするの? 返事、する感じ?』

「さあ。……考えてない」


 とりあえず、聞かなかったことにして逃げ回るんじゃないか。


 人間関係大嫌いな俺にとっては、そういうやり取りが一番面倒くさい。


『……さすがに姉として見過ごせないって言いたいんだけど』

「なら、風無が伝えといてくれよ。『今は誰とも付き合う気はありません』って」

『それ、本心?』

「まあ、本心」


 別に同じ事務所の中じゃなくたって、ネットの暇人から、あいつには彼氏いるとか彼女いるとか詮索される時代だし。


 元々俺は面倒くさいから彼女とか考えたくもないし、Vtuberとして人気が落ちる可能性があるなら作る理由なんて全くないね。


 俺の生活に恋人なんて必要ない。必要あるのは安定した収入とそれを支える人気、目指せチャンネル登録者100万人。それだけだ。


「風無に任せていいなら、俺も悩みから解放される」

『……ふーん』

「これを拒否する場合俺も風無のパソコンを直したり配信準備を手伝うことを拒否する」

『天秤にかけるものの重さが違いすぎるでしょうが』


 風無には俺みたいな重大な悩みがないから仕方ない。


 ただ、風無ははーっと一度息を吐いた後、


『わかった。私からすみれには言ってあげる』

「サンキュ。伝わらないだろうけど今結構本気で感謝してる」

『伝わってる伝わってる……声が元気だし』

「マジ?」


 そんなに元気? 確かに配信したい気持ちがどんどん高まってるな。今なら24時間配信できそう。


『私が嫌われたら責任取ってよ』

「それはできないけどその時は慰めよう」

『いやあんたのせい……はいはい、じゃ、また配信できなくなったら手伝ってよ』

「わかってる。配信できなくならない努力も怠らずにな」


 毎回俺に任せればいいと思うなよ。


 ……と言おうとしたところで、何故か風無の声が聞こえなくなった。


「ん?」


 あれ、あいつゲームから落ちてね?


 話してる最中から風無が単独行動しすぎて元々姿は見えてなかったけど、回線切れてね?


 と、俺が突然の相方の死に狼狽えていると、スマホに風無からメッセージが送られてきた。


『ゲームがエラーってなって落ちた』


「……あいつ」


 機械に嫌われる天才だな。

 パソコンについて話した直後にやるかよ。


『とりあえず持ってくれば』

『今充電ないんだけど、電源切って持ってけばいい?』


「……どういう環境でゲームしてんだか」


 いや、ノートパソコンなのは仕方ないけど残りの充電とか確認して……まあいいや。


『じゃあ俺が行くから充電しとけ』


 たった今そういうのは手伝うって約束したばっかだしな。


 ここで裏切ると八坂のことも対処してくれないかもしれないし仕方ない。

 もし向こうの部屋に行ったタイミングで八坂が帰ってきたら厄介だけど――


「……ま、大丈夫か」


 時計を見て、自分が高校生の頃の帰宅時間を思い出しながら、俺はスマホと鍵だけ持って隣の部屋に向かった。

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