第一章

第1話 引きこもりバーチャルユーチューバー

「はいっ、溜まった打ち合わせ終わりー。ほらね? 事務所に来たらすぐ終わるでしょ?」

「ああはい……じゃあ帰るんで……」

「はいはい、すぐ帰してあげるから」


 打ち合わせの後、マネージャーの真城ましろさんに促されて椅子から立ち上がる。

 人と関わらない仕事を選んでも、最低限人と関わることを求められるのが人見知りには辛いところ。


「せっかくだから何か食べに行く?」

「いいです」

「寿司でもいいわよ」

「大丈夫です」

「焼き肉ならどう?」

「行きたくないです」

「つれないわねー」


 人見知りで人嫌いで引きこもりな俺はこういう時、とにかく帰宅することしか頭にない。

 知らない人間に囲まれて飯を食べるなんて論外だ。


 居心地の悪いオフィスビルの中から早く抜け出して、家に帰って電気ケトルのスイッチを入れたい。

 いつもの同じ味のカップ麺をただただ口に運びたい。


 これはそんな、一生社会に馴染めないであろう引きこもりに起こった悲劇。


「…………ん?」


 その日の打ち合わせの後。

 ようやく帰れると喜んで俺が部屋の扉を開けると、何故か開けた扉の横には小柄な女の子が立っていた。


 身体的には高校生くらいに見えるものの、顔のせいで幼い印象を受ける女の子は、口を一文字に結んで小刻みに震えながら俺の方を見てた。


「……真城さん? この子は真城さんの――」

「あ、すみれちゃんじゃない。もう来てたのねー。この子はね、今度デビューする後輩よ」

「あぁ……」


 そりゃ、この事務所にいるんだからVtuberかと納得した後、生身じゃ誰かわからないだろうからと、俺は一応自己紹介しようとした。


「あー……俺は――」

「――あの! やややや……『闇也やみや』しゃん――でしゅよね」

「……知ってたんだ?」

「こっ、声で……」

「ああ――ありがとう」


 その時、俺はこの子が配信を結構見てくれてるのかと思って、軽くお礼を言った。

 至って普通の調子で。とても普通に。社交辞令で。


 ただ、直後。女の子の様子がおかしくなって。


「………………――ぐふっ」

「ぐふっ!?」


 口から漫画みたいな音を発した女の子は、その場にへたり込んで動かなくなった。


 あまりの出来事に、俺も慌てて「大丈夫か!?」と顔を覗き込むと、彼女は何故かとても幸せそうな顔をしていて。


「ぁぁ……闇也しゃん……しゅきです……」

「…………やべぇ後輩来たんだけど!」


 それが俺と、八坂やさかすみれの出会いだった。



 ◇◆◇◆◇



『闇也ー、また配信できなくなったー』

「さっさと持ってこいじゃあ……」


 世の中には『バーチャルユーチューバー』なる不思議な職業が存在する。


 大枠はいわゆるユーチューバーと変わらない。

 Youtubeの広告収益や案件の報酬でお金を貰う職業。


 ただ、その動画の中で自分を映すわけじゃなく、イラストや3Dモデルのキャラを「これが自分です!」と言い張って映すのがバーチャルユーチューバー、通称Vtuber。


 かくいう俺も『Vスター』という事務所に所属してるVtuberで。

 ネット上では『闇也』というかっこいいイラストの皮を被って活動してる。


「お邪魔しまーす。暇だった?」

「俺に暇じゃない時なんてない。とりあえずそこ置け」


 Vtuberになってからはひたすら家でゲームの配信だけをして生きてるけど、元々人見知りで引きこもりまっしぐらの人生だったから、俺はVtuberじゃなくても同じような生活しかしてなかっただろう。


 そういう意味では、俺にとってこの仕事は天職と言えるし、何があってもやめるつもりはなかったりする。


「どう? 直りそう?」

「直るんじゃね」

「配信時間までには直してほしいんだけど」

「それパソコン直してもらってる側の態度か?」


 そして今、俺の部屋にノートパソコンを持ってやってきたのが、このマンションの隣の部屋に住む、風無かぜなしるり。の中身。本名は知らない。


 風無と俺は同じ日にデビューしたいわゆる同期というやつで、活動を始めた頃から一緒にやってる。


 隣に住んでるのは、Vtuberを始めた頃にいろいろあったからで、別に昔からの知り合いってわけじゃない。


「ったく……同期じゃなかったら部屋にも入れてないからな」

「でも入れてくれるよね」

「同期だからな」


 同期じゃなかったら入れてないからな。


「闇也、人が嫌いって言う割にはそういうところは――というか、闇也が私と関わりなくなったらいよいよ誰とも絡みなくなるんじゃない?」


 パソコンと向き合う俺の隣で話す風無。

 唐突に何を聞いてるんだか。


「それが何か?」

「いや、いいのか聞いてるの」

「いいに決まってるだろ」


 一人で生きられるならそれが一番いいに決まってる。

 人類にとって一番面倒なのが人間関係だからな。それをなくせるなら戦争だってなくせる。


「もし一人でめっちゃ人気出たらかっこいいしな」

「それはちょっとわかるけど」

「だろ」


 孤高のトップVtuber。めちゃくちゃかっこいい。

 これがわかるってことは風無も若干中二病入ってるんだろうな。


「それに、一人で人気になったら、俺がやらかさない限り一生安泰だしな。外にも出ないからスキャンダルも何もない」


 人気商売としてスキャンダルは命取り。

 Vtuberが一気に人気を失う時は大抵炎上した時だし。


 その点、誰にも足を引っ張られない俺の炎上リスクは限りなく低い。

 今の会社が潰れるまで引っ付いていく準備はできてる。


「ふーん……ちなみにパソコンは?」

「直してる直してる」


 別に直すってほど酷いもんでもないし。

 俺のところによくパソコン持ってくるけど、基本的に機械音痴なんだよな風無は。


 ちょっとパソコン触ってる奴なら片手間で直せる。


「というか、急かすほど緊急な配信だったか? 風無の配信」


 どうせ風無も暇なんだから、やりたい時に配信していいと思うんだけど。


「いや……もう一時から配信するって言っちゃったし」

「じゃあ寝坊したんで二時からしますって言えば」

「この時間の寝坊に誰が納得すんの?」

「俺の視聴者」

「あんたは常に昼夜逆転してるからいいけど」


 俺の場合は大体13時くらいから深夜の3時くらいまで配信する生活してるから、そもそも配信に遅れても文句言われないしな。


「まあ、言うなら普通に機材トラブルで遅れて……とか言うけど。あぁ、あと今は同居人の問題もあるし」

「………………同居人?」


 そこで思わず横を向いて、聞き慣れない単語を聞き返す。


 あれ、風無に同居人なんていたっけ。

 蜘蛛とかゴキブリのフランクな呼び方?


「あ、言ってなかったっけ」

「何が」

「私の部屋、妹が来るの」

「……妹?」


 あれ、風無に妹なんていたっけ。

 リアルじゃなく二次元の妹の話?


「高三なんだけど、ここからでも通えるからって住むことになって」

「ふーん」

「うん」

「ダウト」

「何が!?」


 妹はそんな軽い感じで来ない。よって創作話。ダウト。


「いや……ドッキリか、ゲームかなんかの話だろ?」

「いやどういうドッキリなの……普通に妹が来るってだけの話でしょ」

「来る理由は?」

「来る理由は……いつ話すか、ちょっと迷ってるんだけど」

「ダウト」

「だからこんな嘘つく理由ないでしょ!」

「理由まで設定考えてなかった人の反応だろそれ」


 大体、俺に話すか迷う理由ってなんだよ。

 妹が実はロボットとか? それはむしろ来る前に心の準備させてくれよ。


「まあ、姉心的に怪しい男に妹のこと教えたくないのはわかるけど」

「ああ、怪しいって自覚あったんだ」

「部屋から出ないからな」


 もし俺が逮捕されて周辺住民にインタビューしても目撃情報すら出てこないだろう。


「というか、別に俺も聞きたくて聞いたわけじゃないし……リアルで妹が来るだけなら、俺に話す必要はないんじゃね。俺がいきなり『風無の妹がさぁ!』って配信で口走っても困るだろ」

「困るけど。そもそも口走るかはコントロールしてよ」

「無理だ」


 俺話す間に何も考えてないし。


「……っと、もう大丈夫じゃね。俺のやり方なら配信できる状態だけど」

「あ、直った?」

「直った。あと変になった時は俺のとこ持ってくる前にGoogle先生に『パソコンの状態がこうなんです』って聞いてから来た方がいい」

「聞く時間あるなら闇也に持ってった方が早いし」

「おい」


 俺の時間も一応は有限だってことを忘れるなよ。


「じゃ、ありがとね。昼食でも分けてった方がいい?」

「いいよ。風無が出てったらすぐ配信するし。カップ麺余ってるし」

「ああ、もう配信すんの……じゃあ、邪魔者は帰るから」

「はいよ」


 そうして出ていった風無を見送って、俺はすぐに自分のパソコンでゲームを立ち上げた。


 最近やってるのはもっぱら日本で人気のバトルロワイヤル型のFPSゲーム。

 こういうゲームは俺より強い奴がいるからいつまでもできる。


「あー。声入ってるかー。入ってるよなー」


 配信開始ボタンを押してから少し遅れて『聞こえてる』『唐突な配信助かる』『寝起き?』とコメントが流れ始める。こいつらも俺と同じくらいの暇人。

 その中に流れる『今日は一人?』というコメント。


「今日はソロだな。一人でいいだろ。気楽だし」


 と言っても、俺が誰かを呼べるとしたら風無以外いないけど。


 あいつは機械音痴な割にゲームは上手い。ただ、上手いくせにゲームと配信を快適にできるか怪しいノートパソコンでプレイしてたりする残念な奴だけど。

 いい性能のデスクトップPCいい加減買えばいいのに。


「ま、風無もやってたら合流するかもしれん」


 風無も配信するって言ってたしな。

 何するか知らないけど。


 風無の配信が終わってからも俺は配信し続けてるだろうし、その時あいつがやってたら一緒にやれるかもしれないけど――そういえば。


「……あいつ、配信できんのか?」


 同居人が増えるって言ってたけど、妹が来ても配信できんのか?

 妹がいない時だけ配信するのか、ちゃんとVtuberに理解がある妹なのか……。


 ……俺に話す必要はないとは言ったけど、その部分だけは、どうなるのか気になった。



 ◇◆◇◆◇



『やっほー。今日も面白かったわよ~』

「用がないなら切りますけど」

『あるに決まってるでしょ?』


 その日の夕方。

 俺が四時間ほど配信して、一旦飯休憩をしてる間に、マネージャーの真城さんから電話が掛かってきた。


 真城さんの仕事は、担当Vtuberのスケジュール管理したり、仕事の依頼を受けたり、グッズとかの打ち合わせしたり。あとは俺の知らないところでいろいろ。


 誰かが真城さんは敏腕マネージャーだと言ってた気がするけど、俺の場合は面倒なことは真城さんが勝手に決めてくださいと頼んでるから、たまに世間話をしに電話を掛けてくるだけの存在になりつつある。


『ちなみに、今日の最後の打ち合いって敵の場所わかってたの?』

「はぁ? まあ……わかってましたけど」

『あ~なるほどね~』


 なにこの人俺のファン?


「というか……その用件は、ちゃんと俺に関係ある話なんですか」

『あるある。一応、闇也君も気になってるかと思って』

「何を?」

『すみれちゃんのこと』

「……ああ」


 言われてからようやく思い出した。

 そういえばいたな……。


 ――八坂すみれ。同じ事務所の新人Vtuber。


『今日初配信だから』

「興味ないんで」

『すみれちゃんも楽しみにしてたわよ?』

「いや、同じ時間に配信します」

『時間被せたら闇也君の配信見るから延期しますっていいそうよねあの子』

「ならやめます」


 俺はもうどっちでもいい。

 本当に興味がない。どうでもいい。


『冷たいわねー。闇也君に会いたくて入ってきたって言ってたわよ』

「そういうの、許しちゃダメでしょ……」

『Twitterでもよく絡んでるのに』

「……絡んでるとは、言わないと思いますけど」


 『八坂すみれ』

 中身と同じような小柄な女の子のイラストでデビューすることになった新人Vtuberは、数日前からめちゃくちゃに俺を利用してる。


 うちの事務所だと、生放送や動画を出す前に新人VtuberのTwitterが開設されることが多くて、大抵の場合はどうでもいいことを呟くわけだけど、八坂は第一声が『私は闇也先輩のファンです!』だった。


 その後も、その突拍子もないツイートがウケたからか、俺のファンというネタを繰り返し投稿して配信前から盛り上げてる。


 まあ、同じ事務所の後輩だし? あいつが頑張って事務所が盛り上がれば俺の収入も安定するわけだからそこまでは全然いいんだけど。

 ただ、八坂の場合は明らかに度が過ぎてる。


『闇也君がツイートする度に「ありがとうございます!」「おはようございます!」って送ってくれるじゃない』

「Vtuberがやることじゃないですよね」


 そういうのはただのファンがやることだ。

 大体なんだ『ありがとうございます!』って。


 『夜から配信する』に対する後輩の返信じゃないだろ。昨日食ったカップ麺の写真に送る返信でもないし。

 実は自動で送ってるんじゃね?


『いいじゃない~。配信前から人集めるなんて有望な子でしょ?』

「でもそれは俺には関係ない話ですよね」

『でもいずれコラボは皆期待するわよ?』

「しないんで。関係ないです」


 俺のファンってのが本当だとしたら嬉しいけど、残念だけどそういうVtuberとしての絡みは俺は一切する気がない。

 だって相手は異性で、まだ女子高生だぜ?


 ちょっとコラボしたりして、変な疑惑を持たれたりしたら溜まったもんじゃない。

 俺にとってはそういうのはただの炎上の種でしかないわけだ。


 大体、ここまで知名度アップに俺の名前を上手く使われると、俺のファンってのも怪しくなってくる。


 これは俺が人間不信だからとかじゃなく、俺の研ぎ澄まされた第六感が言ってることだ。

 八坂すみれは信用するに値しないと。


「まあ利用されるのは全然いいですけど、こっちから近づくことはないんで」

『本当にー? もう会って話もした仲じゃない』

「あれも話題作りですよどうせ」


 「私会ったことあるんですよ!」って言うためのな。

 大体、あの時の反応もおかしかったしな。


 女子が人の顔見て「ぐふっ」なんて言うわけないんだから。今思えばあれも演技だったんだろうな。


『まったく……仲良くしておいた方がいいと思うわよ? これはマネージャーとしてのアドバイスだけど』

「突き放したりはしないので大丈夫です。ただ、俺が関わる相手は俺が決めます」

『そ……。それでも私としては、初配信は見ておくことをオススメするけどね?』

「用はそれだけですか」

『うん。じゃ、後輩の女の子には優しくしてあげてねー』


 そう言って、真城さんからの電話は切れた。だから関わらないってのに。


「ふー……」


 面倒な後輩が来たな……。


 面倒というか、したたかというか。真城さんの言う通り、有望な新人なんだろうけど。

 ただ、なんで俺なんだか……まだデビューして半年も経ってない俺より、偉大な先輩がたくさんいるだろうに。


 事務所の中だけ見ても先輩が百人くらいいるんだから。

 本当に、俺のファンって可能性もあるけど――。


「……ま、見てやるか」


 初配信くらいは。別にこれは気になるからとかじゃなく、暇だからだけどな?

 俺が人に興味を持つことなんてないからな。これは暇だからだ。


 まあ、見たからと言って別に俺から何かすることはないけど。俺にお金をくれる会社を大きくするために頑張ってくれたまえという気持ちはあるし。


 パソコンからブラウザを開いて『八坂すみれ』と検索すると、Youtubeの『【初配信】八坂すみれです!【Vtuber】』という生放送ページが出てくる。


 配信開始までは十分くらいあるけど……やけにコメントは盛り上がってるな。

 大体俺のことしか書いてないけど。というかほぼ全員俺の視聴者じゃね? なんだこいつら、配信してたら誰でもいいのか? 浮気された気分。


 それから、『闇也みってるー?』というコメントに「見てない」と呟きながらカップ麺を作って時間を潰していると、食べ始める頃に丁度配信開始の時間がやってきた。


『えー……はじめまして! 八坂すみれです!』


 俺がカップ麺をすすると同時に、パソコンから元気な声が聞こえてくる。

 そういえば会った時はそんな喋らなかったな。こんな元気な奴だったのか。


『わー! コメントがたくさん……! ありがとうございます!』


 半分くらい『闇也』が含まれたコメント欄を見て、八坂のイラストが頭を下げるような動きをする。

 そんなありがたがるようなコメントでもないだろうに。


 ただ、その後もコメントを見ていろいろ喋り続けた八坂は、わちゃわちゃ動きながら、話を途切れさせることもなく配信を続けた。


「ふーん……」


 そんな初配信を見ていて出てきたのは、意外とやるじゃん、という感想。


 てっきり、よくある初配信の「緊張してて……喋れなくて……!」パターンだと思ってたけど、普通に喋り慣れてる。


 俺のTwitterに粘着してるあたり、頭のおかしい奴なんだろうとも思ってたけど、思ったより言ってることは普通の女の子だし。


『えっ「闇也も見てる」? 本当ですか!? 見てますかー! 闇也せんぱーい!』

「見てないって言ってんだろ」


 俺関連のコメントも、普通にさばいてるから別に邪魔になってない。

 俺のファンだってことだけじゃなく自分のこともバランス良く話してるし、素直な感想を言うと、人気になりそう、という感じ。


「ふーん……」


 ……いやまあ、俺は関わらないけどな? 関係ないけどな?


 思ったよりもちゃんとした新人が来て頼もしいという気持ちと、八坂が人気になると俺がコラボしなきゃいけない雰囲気になりそうで嫌だという気持ち。


 両方を抱えながら、なんだかんだで一時間ほどあった八坂の初配信を、俺は最後までパソコンの前に眺めていた。



 ◇◆◇◆◇



『ありがとうございましたー! あ、闇也先輩も! ありがとうございましたー!』

「だから見てないっての……」


 配信が終わると、最初は四万人前後だった八坂のチャンネル登録者は一気に五万人くらいまで増えていた。

 事務所の力があるとは言え、順調なデビューと言える。


 Twitterを覗くと、八坂への配信の感想もわりと届いていた。

 俺とのコラボが云々という意見も見えたけど、それは見なかったことにするとして。


「……面倒なことになったな」


 もし八坂の初配信がダメダメだったら、俺とコラボとか言い出す人も少なかったんだろうけど。

 評判が良さそうなだけに面倒くさい。


 ……いやまあ、誰がなんと言おうと俺が一人でいればいいだけなんだけどさ。


 あいつの場合、もし仲良くなったらリアルでも近づいてきそうだしな……家教えてくれとか言われたら困るし。


 コラボしないとわかったらしつこく俺に言及する人もいなくなるだろうから、それまでは「見てない。よく知らない」で押し通すことにしよう。

 ……というか。


「やけに騒いでるな……風無」


 この部屋で隣から何か聞こえてくるなんて珍しい……あいつがホラーゲームで叫んだ時くらいしか聞こえてこなかったのに。


 ああ、たった今妹と感動の再会してるとかか……?

 まあ風無の妹も、俺が関わることはないだろうからどうでもいいけど。


「……ん?」


 そんな時、風無から電話が掛かってきた。


「……はいはい?」


 丁度いいから「はしゃぎすぎじゃね?」と言ってやろうかと思ったけど、スマホから聞こえてきたのは予想よりも静かな声だった。


『……あー、今、暇?』

「配信してないから暇だな」

『あ、そう……』

「……何かあったのか?」


 大変なことでもあったような声だけど。

 もし今部屋に侵入者がいてピンチだって話なら鍵閉めて警察呼ぶけど。


『あー、その、ね。闇也に、妹の話、したでしょ』

「あー。話すか迷うって言ってた話か。それが?」

『今、説明しとこうかなーって、思って』

「ふーん?」


 わざわざこの時間に電話で説明されるほど気になってはいなかったけどな。

 大体、妹が来る理由なんて俺に言うことか?


『部屋の前、今出れる?』

「何故?」

『見せてあげた方が信じてくれそうだし』

「信じる? 俺が?」

『ああ、それはいや……うん』

「え、今脅されてる?」

『え、なに言ってんの?』


 だってめちゃくちゃ弱々しいんだもん風無の声。

 風無がこんなふうに話す用件が「妹が来た理由を話す」だとは思えない。


 まあ、本人がそう言うなら行くけどさ。


「じゃ……外出ればいいんだな」

『うん』

「すぐ終わるよな」

『すぐ終わる、と思う』


 終始風無の方が不安げだったのが気になったけど、すぐ終わるという言葉を信じて俺は半袖短パンに一枚上着を羽織ってマンションの廊下に出た。


 外に出ると、先に外にいた風無は何故か申し訳無さそうな顔で待っていた。


「来たけど」

「うん……ごめんね、急に」

「いいけど」


 そんな付き合ってもいないのにフラレそうなテンションで言われると俺も何も言えないし。

 明らかに重大発表がありますという雰囲気を纏ってる。


「妹の話はそんな重大なことなのか」

「いや……うん……。迷ってたんだけど、さすがにずっとは隠せないし、と思って」

「俺に隠さなきゃいけないことってなんだ」

「いや、闇也に隠すっていうか……」


 妹に隠してたんだけど、と風無は呟く。


「まあその……結論から言うと、妹もVtuberなんだよね」

「えっ、ああ……マジで? 事務所も入ってるのか?」

「うん、Vスターの新人なんだけど」

「へー、ふーん……ま、いいんじゃね?」


 なんか裏口入学感があるけど。


 でも二人ともVtuberなら機材も共有できそうだし、良いんじゃないか? 妹は風無と違って機械音痴じゃないかもしれないしな。

 そんな憂鬱そうに語る理由がわからないんだけど。


「それで……Vtuberやるし、事務所近いから、こっち来ることになって」

「うん」

「もうこっちにいるんだけど……闇也のこと、話してなかったから」

「ああ」


 そういうことか。

 だけどそもそも、妹が俺のこと知ってるかわからないしな。


「普通に、Vtuberの先輩が同じマンションにいるんだけど、って軽く言えばいいんじゃね?」

「いや……うん。そうなんだけど……」


 そうできたら悩んでないという顔をする風無。

 さらに言うと、結構複雑な問題を抱えていそうな、今まで見たことのない顔をする風無。


 その顔を見て、同期を紹介するだけでそんな悩むことあるか、なんて呑気なことを考える俺。


 ――しかし後から思えば、その時の俺は鈍感だった。鈍感系主人公だった。


 風無の妹は実はVtuberでした。実は同じ事務所の新人でした。それを今日このタイミングで紹介します。


 そう言われた時点で、俺は全てを察することができたはずだったのに。

 ミステリー物のように散りばめられた伏線は、頭の中に揃っていたはずだったのに。


「……――ふぇ」


 その時、か細い小動物のような、それでいてどこかで聞いたことのある声が微かに聞こえてくる。


 俺の前に立っていた風無が「あっ」と言って振り返った時には、風無の部屋のドアはいつの間にか開ききっていた。


「や……闇也しぇんぱい……?」

「……や、さか…………さん?」


 さっきまで画面の向こうから聞こえてた声が、マンションの廊下に響く。

 風無の部屋の扉から顔を出しているのは、事務所で一度見た小柄な女の子。


 そうして、開いた扉から震えた足で恐る恐る出てきて、俺と風無を何度も交互に見た八坂は、最終的に気を失うように崩れて。


「――あぁ、夢だぁ~……」


 ズルズルと、壁に肩を擦りつけながら床にぺたんと座り、静かに目を瞑った。


「……うちの妹、闇也のファンなんだよね」

「……知ってる」


 知りたくなかったけど。


 こうして再び八坂と出会ったこの日が、俺のVtuber人生を大きく変える日になったことは言うまでもない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る