第6話 医務室の悪魔

 私が気を失い、次に目を覚ますとベッドの上にいた。

 ゆっくり起き上がると、頭痛に襲われ頭を触ると包帯が巻かれている事に気付く。


「いった…確か、氷の粒が飛んできて避けられなくて」

「直撃して、頭から血を流して気を失ったんだ」


 そこに、白衣を来た見知らぬ成人男性が現れた。


「そう怯えるな。俺はこの学院専属の医者だ。それとここは医務室で、ちなみに俺は、医学関係の授業も受け持つ教師だ」

「先生…」


 すると先生は、私の近くの椅子に座ってこれまでの経緯を説明してくれた。

 寮対抗魔力腕比べ終了後、ゲイネスの魔力暴走で怪我を負った私をトウマたちが、他の寮生たちと協力して応急処置をしてくれたらしい。

 その後、ガウェンやリーガの力自慢が、私を医務室へ運んでくれたと教えてもらった。


 応急処置のおかげもあり、深い傷にはならず後も残らないと言ってくれた。

 その事に私は、とても安堵した。

 もし傷でも残ってしまったら、お母様に合わせる顔もなくなりどうしようかと思っていたからだ。


「とりえず、今日は包帯は巻いたままにしていろ。傷がまだ完全に閉じていないから、回復魔法を含んだ包帯で自然回復を補助しているからな」

「分かりました。治療ありがとうございます」

「別に俺は、職務をこなしただけだ。礼なら、応急処置してくれた奴と運んでくれた奴にしろ」

「もちろんです。でも、職務だからと言って貴方に感謝しない訳にはいかないです」

「何だお前、この学院の奴にしては、やけに礼儀正しいな」

「そ、そうですか」


 そんな事で褒められると思っていなかったので、私は少し照れくさかった。

 その後、少し雑談を交わし先生の名がタツミと知ったのと、医学系の授業は夏頃に本格的に始まると知った。


「とりあえず、今日はもう寮に戻っていいぞ。明日、もう一度見せに来い」

「分かりました。では、今日はこれで失礼します」


 私はベッドから出て、タツミ先生に一礼して医務室を後にした。


「あれがオービン寮、別名オオカミ寮に新しく入った転入生か。意外と礼儀正しいし、かわいい顔してたな」


 医務室に残ったタツミは、机に座りクリスの名簿を見ながら、舌なめずりをした。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私がオービン寮に戻ると、トウマたちがリビング兼食堂で意気消沈した状態で座っていた。

 物凄い話し掛けずらい雰囲気であったが、お礼も言いたたったのでトウマの近くに行って話し掛けた。


「トウマ、何でみんなこんな暗い雰囲気なの?」

「そりゃ分かるだろ。寮対抗魔力腕比べで、クリスが怪我しちまったんだよ。血も結構出てて、色んな意味で無事か不安なんだよ」

「色んな意味って、どういうこと?」

「だから! って! クリス!?」

「えっ、そうだけど。誰と話してるつもりだったの?」


 トウマが私に気付き大声を上げると、周囲のみんなも私が無事に帰った来た事に気付く。

 一斉に私に向かって迫って来たので、トウマを盾にして防いだ。

 いきなり大勢の男子に迫られて焦ったが、盾にしたトウマが一度みんなを沈めてくれた。

 その後、私から今の状況と傷も治ることも伝えた。

 その事を聞いて、皆は安心したのかいつも通り騒ぎ出し、寮対抗魔力腕比べの打ち上げを始めた。


「でも本当に良かったよ。傷の方もそうだけど、あの悪魔から無事に帰って来たから安心したよ」

「悪魔? どういうこと?」


 ノルマの言葉に首を傾げていると、トウマが説明してくれた。

 悪魔と言っているのは、医務室で治療してくれたタツミ先生のことだった。

 どうやら、タツミ先生は学院の男子には悪魔と呼ばれるほど有名な人らしい。

 その理由は、男子を食い物にするという噂があると言う。


 ある生徒が、医務室でサボって帰って来た時は、ボロボロの服装でどこか虚ろな目をしていたとか。

 また別の生徒は、治療してもらって帰って来た時には、泣きながらもう外を歩けないなどと言っていたらしい。

 真実はどうか分からないが、あの医務室の先生は男子を食い物にするから悪魔と呼ばれているらしい。

 私には、男子が食い物になるという事がどういう事か分からなかったが、別に知ろうとも思わなったので追求しなかった。


「といっても、腕は立つ先生みたいだし、傷とかもバッチリ直してくれるよね」

「そうだが、悪魔の噂が出て以降、あまり怪我をする生徒が減ったって言う噂もあったような」


 ノルマとトウマが何やら真剣な顔をして話していると、アルジュがやって来た。


「無事そうでなりよりだ、クリス。あれは故意と言うより、事故みたいなもので災難だったね」

「そうだな…そう言えば、ゲイネスはどうなったの? まさか、退学とかじゃないよな?」


 するとアルジュがため息をつく。


「君は、怪我を負わされた相手を、そこまで心配出来るんだな。凄いな君は。人づてだけど、ポイント減点と7日間の謹慎らしいよ。彼も非を認めて、未熟だったと言ってたし、君にも直接謝りたいと言ってるらしい」

「そう、それなら良かった。あれは俺にも責任があるからね」

「?」

「いや、独り言だよ」

「ならいいけど、あまり自分を責めすぎたり、背負いすぎるなよ。ここには、君だけじゃなくて僕たちがいるんだから、何でも言うんだよ」

「あぁ、ありがとうアルジュ。それと、みんな! 心配かけてごめん。そして、色々と応急処置や医務室へ運んでくれてありがとう!」


 私が大声で、その場にいた皆にお礼を言うと、皆は笑顔で困った時は助け合うもんだと言ってくれた。

 そして私は皆と一緒に、祝勝会と無事に帰って来たことを祝して騒いだ。


 ちなみに、寮対抗魔力腕比べでうちの寮が貰ったポイントは25ポイントだった。

 配分は、ガウェンと私が5ポイントずつで、トウマは0ポイント、後はルークを抜いた全員で配分したそうだ。

 トウマが0ポイントなのは、力部門で3位にでもなっていれば優勝出来たと、後付けで攻められ言い返すことも出来ずに受け入れたそうだ。


 私は皆と騒いでいたが、少し疲れて外の空気でも吸いに行こうと廊下を歩いていた。

 そこで、ガウェンとルークが何か話している姿を目撃する。

 咄嗟に私は、柱の陰に隠れてその様子を見てしまった。

 あまり見ない組み合わせで驚いたのもあるが、ルークと久しぶりに接触できるチャンスだと思ったのでその機会を窺うことにしたのだ。


 数分すると、ガウェンがルークと別れてその場を去ったので、私は気合を入れてルークの元へと歩き出した。

 率直に言うと、ルークと話すのは転入初日に地雷を踏んだ以来で、緊張している。

 まだあの時の事を覚えていて、無視されるんじゃないかと思いながらも、私はルークに声を掛けた。


「よ、よお。ルーク。こ、こんなとこで何してんだ? お前はみんなに混じらないのか?」


 するとルークは、手に持っていた本を見ながら答えた。


「俺があいつらに混じる理由はない。寮対抗戦に参加してない奴が入っても、しらけるだろ」

「そ、そうかな。あいつらなら、そんな事気にしなそうだけど」


 そこで私とルークとの会話が一度切れてしまう。

 とてつもなく気まずい雰囲気に、私は耐えらずどうしようと焦り、周囲をきょろきょろを見てしまった。

 するとルークが、読んでいた本を閉じた。


「てか、お前転入生だったっけ? 確か…」

「クリス。クリス・フォークロスだ」


 私が少し食い気味に答えると、少しルークは引いていた。


「今日の対抗戦観てたぞ。お前、中々な技量だな。少し興味が湧いたし、フォークロスってのも気になった」

「えっ…な、何でフォークロスが気になったの?」

「別にお前に言う義務もないだろ」

「そ、そうだけど。気になるじゃん、そこまで言われたら」

「お前、意外としつこいんだな。そんなんじゃ、女にモテねぞ」


 何故かルークのその言葉に、カチンと来て言い返してしまう。


「お前こそ、何か小さいことを気にしてる見たいだけ、そんなんじゃ将来、いい王様になんてなれないぞ!」

「っ!!」


 そこで私はとんでもない事を口走ったことに気付く。

 咄嗟に自分の口を両手で塞ぐ。

 ルークはすぐに何か言い返して来ると思ったが、目を見開いて私を見たまま何も言ってこなかった。


「おーい、ルーク言われたも持ってきて…って、クリスじゃねぇか。もう大丈夫なのか?」

「えっ、あ、うん。大丈夫」


 そこに、一冊の本を持ったガウェンが帰って来た。


「そうか、無事で何よりだ。ほら、ルーク」


 ルークはガウェンに差し出された本を、勢いよく受け取ると早足で、その場から立ち去った。


「クリス、ルークに何か言ったのか?」

「うーん、言ったと言えばそうだけど…何というか勢いで…」

「そうか。それより、今日はもう休め。いつもまでもあいつらに付き合ってると、治る傷も治らないぞ。何をするにも体が資本だからな」


 ガウェンは、私を気遣った言葉を言って、その場から去った。

 あんなにガウェンと話した事がなく、新鮮だった。

 意外といい奴だと知り、もっと話せたら意外と気が合いそうな人なのではないかと思った。


 その後、ルークに勢いで行った発言をどうするべきがその場で悩んだが、解決方法は出てこなかった。

 なので私は、ひとまず今日はもう休もうと決め、トウマたちにそれを言ってから自室へと戻った。


 次の日、思ったより朝早くに目が覚めてしまった。

 まだ外も少し薄暗く、二度寝するほど眠くなかったので、外を軽く散歩する事にした。


「う~ん、歩きながらの背伸びもなかなかいいもんだ」


 私は歩きながら、昨日解決策が出せなかったルークの事に付いて考えていた。

 どう考えても昨日のあれは、言い過ぎたと反省したが、間違った事ではないよなっと自分に問い返したりした。

 もし、誤りに行っても、もう会ってすらくれなそうな感じもしてどうしたものか。

 そして私が出した結論は、また時間を空けて忘れてもらう作戦だった。


 前回の地雷を踏んだ時も、昨日は覚えていない感じだったし、また時間が解決してくれると思った。

 いや、私はそう決めつけていた。

 そう考えだしたら、少し気持ちが楽になった。

 でも、当初の目的からは何だか遠ざかっている気がしていた。


 私が両腕を組んで散歩を続けていると、学生らしき人影が見えた。

 こんな時間に私以外に散歩している人がいるのかと、驚いているとその人影が近付いて来た。

 すれ違い際に挨拶だけはしておこうとすると、その人影は以外な人物だった。


「おはようござ…あっ」

「えっ」


 その人物は、ゲイネスであった。


「な、何でお前が。たしか謹慎とか」

「それはこっちのセリフ…いや、これは導きか…クリス・フォークロス。その、昨日はすまなかった!」


 突然ゲイネスは、その場で膝を付いて頭を下げて来た。

 私はゲイネスの行動に驚き、直ぐに頭を上げるように言うが、全く聞かずにそのまま謝り続けた。


「あれは俺が未熟な責任だ。下手したら、俺はお前を殺していた。寮のみんなやお前らの寮生にも責められて、それは自覚している。俺は取り返しのつかない事をしたんだ、本当に申し訳ない!」

「ゲイネス」

「この通りだ! 俺はお前に謝っても謝り切れない事をした、この謹慎が終わったらこの学院を辞めるつもりだ。もし、それでも気が済まないなら命だって…」

「ゲイネス!!」

「っ!」


 私の声も聞こえないほど、自分を追い込んでいたゲイネスに私は大声で叫んだ。

 ゲイネスはげっそりした顔で、私の顔を見上げた。

 私はその場で膝をついて、ゲイネスと同じ目線で話した。


「まずは、落ち着け。勢いで何でも済ませるな。俺も君と話したいと思ってたんだ」

「クリス・フォークロス…」


 私とゲイネスは、場所を変えてベンチに座って話始めた。

 先に私が、あの時の事を誤るとゲイネスは困惑していた。

 私が感情のままに動いてしまった事など、一から説明するとゲイネスは、そんな事を思っていたのかと驚いていた。

 それから少し雑談をして、ゲイネスが落ち着いた所で話を戻した。


「ゲイネス、さっき言っていた学院を辞めるとか、命を差し出すとか、もう二度と言わないでくれ。俺たちはこの学院の学生だ。誰にでも間違えや間違った道を選択することはある。だけど、一度間違っただけで、全てがダメだと思うのは違うだろ。そこから、学び成長することこそが、学院で学ぶ生徒の姿じゃないのか?」

「間違いや失敗から、学ぶことが生徒の姿…」

「まぁ、俺の考え方で、この学院の方針とかじゃないと思うけど。お前は、これから大きく成長できるチャンスを得たんだ。それを捨てて、別の道に行った所でお前は今回の失敗を一生引きずるんじゃないのか?」

「……」

「もしかしたら、乗り越えられるかもしれない。だけど、この学院で衣食住を共にする仲間たちと一緒に、失敗を学び成長する方が、これからのお前の為だと思うぞ」

「……」


 私のお説教臭い言葉をゲイネスは、黙って聞いていた。

 止まることなく私も、勝手に思いのまま話していたが、結局の所マリアやお母様やお父様からの受けよりがほとんどだ。

 これ以上私の言葉をゲイネスに押し付けるべきではないと思い、ベンチから立ち上がる。


「とりあえず、俺が言いたいのはそれだけ。色々言ってしまったが、お前の人生だ。最後はお前がどうするか決めればいい。もう、私がどうとかは絶対に言うなよ。互いのごめんなさいは、これでおしまいだ」

「……あぁ、分かったよクリス・フォークロス」

「後、クリスだけでいい。まるまる呼ばれると、何か鳥肌がたつ」

「ふっ、何だそれ」


 最後には、少し笑顔のゲイネスが見れたので、少しは前向きな判断をするだろうと私は勝手に思った。

 そこに朝日が差し込みだし、ゲイネスとも仲直り出来た私は、いい気持ちで1日が始まると思っていた。

 だが、それは医務室の悪魔によって崩れさった。


 ゲイネスと別れた後、寮にて朝食を食べた私は、少し早く寮を出て医務室へと向かった。

 昨日タツミ先生に言われた、言いつけを守るためだ。

 医務室の扉をノックし、名前を言うとタツミ先生がむかい入れてくれた。

 私は言われるまま、ベッドの方へ歩いていると何か鍵が閉まる音が聞こえた。


「? 先生、今なんか閉まる音しませんでした?」

「いいや、気のせいじゃないか。それより、早く昨日の傷を見せてもうらうか」


 その時何故か、昨日トウマたちが話していた、医務室の悪魔の話を思い出した。

 タツミ先生は私が入って来た扉の方から、じりじりと詰めるように私に近付いて来た。

 よく目を凝らすと、扉の鍵が閉められているのが分かった。


 今この状態に危険を感じた私は、タツミ先生を避けて逃げたそうと思ったが、先にタツミ先生に両肩を掴まれ座れされる。

 やばい! このままじゃ、何かダメな気がすると私が思っているとタツミ先生は、優しく私の頭に巻いていた包帯を取り始めた。


「何を勘違いしているのか分からんが、じっとしてろ。傷が治ってなかったら、また治療するのは俺なんだからな」

「あ、は、はい」


 タツミ先生が包帯を取り終え、私の傷が治っているのを確認すると机に向かって何かを書き始めた。

 私は気になって質問すると、報告書だと言われた。


 学院イベント内で負傷者が出たので、学院長に完治報告書を書いていたのだった。

 真面目に働くタツミ先生を見て私は、昨日トウマたちから聞いた事をぽろっと話してしまう。

 するとタツミ先生の手が止まり、急にこちらを向いた。


「なんだ、お前もそれを聞いたのか。だったら、お前も俺に食われてみるか」


 タツミ先生はゆっくりと立ち上がり、私に迫って来た。

 私はゆっくり後ろに下がるが、壁に当たってしまい逃げ場を失う。

 そして、タツミ先生は壁に片手を付け、急に顔を近付けてきたと思ったら、想像もしていなかった言葉を言われた。


「お前、女だろ」

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