第3話 出会い

 六時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り、数名の生徒が教室に駆け込んできた。


 白黒の二人組は、黒板の前の席で行われている将棋しょうぎの勝負を見ているようだった。

 教室のいちばん後ろ、いまは誰も使っていないからっぽの棚の前から、千颯ちはやは動けずにいた。

 将棋しょうぎをさしている生徒の一人を、二人組はじっくり眺めている。千颯ちはやの位置からは大柄な背中しか見えず、ゆっくりと教室の中のほうへと足を進め、椅子に座っている人物の顔を確かめた。

 身長は平均より大きいけれど、普通の中学生のように見える。

(なぜ、二人組は彼を見つめているのだろう。)

 もう一度、千颯は左目をてのひらで覆ってみた。

 黒板前の二人は消え、将棋を指す男子と、勝負の相手である男子は、その場に確かにいるのがわかった。

 てのひらを顔から離すと、立っている二人組の黒色が、もう一方に、なにか、耳打ちするところだった。なにかを聞かされたほうは、納得したふうに、黙ったままうなずいた。


 そのとき、顧問の加茂先生が教室前方のドアから入ってきた。

「はい、いいですかー、ゲームクラブは『遊んで学ぶ』が目的ですから、見るだけでなく、ちゃんと遊んでくださいね」と全体を見渡しながら、最後に千颯ちはやを指でさした。

「ほら、うしろに立ってるきみ」

 二人組に目をうばわれていた千颯ちはやは、自分に言われているのだと気づかず、シオがいつのまにか隣に立っていることにも、肩をたたかれるまで気づかなかった。


「見すぎるとろくなことないぞ」とシオは声をひそめて言った。

 我に返った千颯ちはやは、シオの端正たんせいな顔の中でもひときわ攻撃的な、獲物を発見したような目つきにたじろいだ。


「こっちこいよ」


 シオは窓際の空いた机を親指で示し、先に黒板を背にして座った。

 千颯ちはやも、加茂先生が自分をにらんでいることを知り、あわててシオの向かいに座った。


「あいつらさ、自分たちはじろじろ見るくせに、見られるの、毛嫌いするんだよな」


 ひとりごとのように小声でしゃべりながら、シオは慣れた手つきでトランプをシャッフルさせていった。

「勝負を見るのが、あいつらのナリワイだから、ときどきのぞかれることもあるけど、目のある壁くらいに思ってれば平気だから」

 札を切り終えたらしく、シオは顔をあげて自己紹介をはじめた。


「俺、絲川いとかわ シオ。おなじ二年生だ。去年もここだったから勝手はわかってる。で、きみは一組の渡辺千颯わたなべ ちはや

 名前を言い当てられて、千颯は口を半開きにしたまま、まばたきをくりかえした。


「どうして名前を知ってるのか? 先に入部希望者リストを見ておいたんだ。一組の新参者しんざんものは渡辺しかいない。ほかに一組から来てるやつは全員が昨年からの持ち上がりだ」

 そのとおりだった。シオは再び手の中でトランプをシャッフルさせはじめ、しかしその目は千颯ちはやをまっすぐに見据えていた。


「春休みに視力が落ちて、親にゲーム機を取り上げられた?」

「えっ……」


 さらりと述べられた言葉に、千颯ちはやは、名前を言い当てられたときよりも強くおどろいた。


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