異世界侵略防衛戦記 イケボは世界を救う

秋月忍

第1話 美少女に勧誘されました

大沢おおさわくん。ちょっとお話があるの」

「え?」

 下校前、ロッカールームで靴を履き替えたところで不意に声を掛けられて、俺は耳を疑った。

 長い黒髪。大きな瞳。頭脳明晰、運動神経抜群。学校でも指折りの美少女、川野桃子かわのももこだ。

「俺に?」

 思わず確認してしまう。

 クラスこそ一緒ではあるが、接点は何もない。その証拠に、二学期も終わりという今日この日まで、彼女と会話した記憶は皆無である。

 俺、大沢信一おおさわしんいちは、良くも悪くも目立たない人間だ。

 つまり『モブ中のモブ』!

 人気者ではないが、特にボッチでもない。

 女子に嫌われてもいなければ、好かれてもいない。勉強も運動も『ほどほど』。

 顔は、不細工ではないが、美形でもない。つまり、周囲から注目を集める要素はゼロだ。

 物語的には下手したら名前もなくて台詞が一つくらいある、くらいのポジションの人間。

 そんな人間が、女子に、いや、女子の中でも超モテるであろう彼女に声を掛けられるとは!

 たとえ、クレームだとしても驚きである。

「何?」

「私と世界を護ってくれませんか?」

「へ?」

 彼女は真顔で、俺を見つめた。



 俺と川野は缶コーヒーを買って、校舎の裏手にある外階段に腰かける。

「えっと。話の意味がよくわからないんだけど」

 日が傾き始めていることもあって、外は寒い。

「だから、言葉通りの意味です。この世界を護ってください」

 川野は先ほどの言葉を繰り返す。

「異世界からの侵略が既に始まっています。大沢君には、戦える力があるのです」

「人違いじゃない?」

 ひょっとして、これはドッキリ的な何かだろうか?

 どこかで誰かが動画を撮っていたりして。だとしたら、あまり川野を変人扱いするのもアレだし、かといって、真に受けて話を聞くのも変だ。

「間違いではありません。ひょっとして大沢君は自分の力に気づいていないのですか?」

「いや、全く何のことかわからんのだが?」

 ふうっと川野はため息をついた。

 そして、残念なものを見るような目で俺を見る。いや、まじで、そんな顔されてもよくわからんのだけど。

「ああ。でも本当にそうなのかもしれませんね。その力に気づいていたら、歴史同好会なんて地味な部活に所属しませんよね」

「えっと。活動が地味なのは事実だけど、軽くディスるのやめてくれない?」

「すみません。歴史同好会に思うところがあるわけではありません」

 川野は素直に頭を下げた。悪意はないらしい。それにしても、話が全くみえてこない。

「そもそも、異世界の侵略って何?」

「最近、購買の焼きそばパンが不当に買い占められているのはご存知ですか?」

 川野の声のトーンが低くなる。

「不当かどうかは知らないけれど、すぐ売り切れているとは思ってる」

「奴らは、焼きそばパンで、生徒の一部を懐柔し、この世界を支配しようとしているのです」

 俺は思わず、川野の顔を見る。

 目が、マジだ。

「えっと」

 俺は深呼吸した。

「焼きそばパンで、世界を支配?」

 正気だろうか?

「私の正気を疑うのももっともだと思います。実際、普通ではないもの。彼らが何を考えているのか、本当のところはわかっていないのが現状。彼らの価値観は、彼らにしかわからないのですから」

 川野は可愛らしく首をかしげる。

「私たちにはどれほどバカげた作戦であったにせよ、奴らは確実に私たちの世界を支配しようとしています。私たちは、それを防がねばなりません」

 川野は真剣そのものだ。

「あのさ。それが仮に本当だったとしても、俺、何の役にも立てないと思うんだけど」

 仮に、世界のピンチが本当だとしても、俺にどうこうできるとは思えない。

 購買に投書でもして、焼きそばパンの入荷量を増やしてもらうとかぐらいしかできることはないと思う。

「いいえ。大沢君には、大きな力があります。それは」

 川野はコホンと咳払いをした。

「イケボです」

「はい?」

 俺は思わず、目が点になった。

「イケボって何?」

 スノボの親戚だろうか? あいにく、スノーボードをやったことはない。

「イケているボイスのことです。言われたこと、ありませんか?」

「え? 声? 別に褒められたことないけど?」

 俺の声はたぶんテノール。男としてはちょっと高い方だ。男らしい低い声というわけじゃないし、ロッカーみたいなハスキーボイスでもない。

「完全に無自覚ですか」

 川野はコーヒーの缶からでる湯気に顎を当てて、苦い顔をする。

「そうですね。もし自覚していたなら、放送部とかに入っていそうですよね」

「放送部?」

 いや、そんな目立つポジション、俺が向くわけないでしょ?

「無理もありません。私も国語の朗読であなたが当てられるまで、その才能に気づかずにいたのですから」

「国語の朗読?」

 そういえば、今日の三限目。俺は島崎藤村の『初恋』を読まされた。

 単純に教科書に載っていた詩を朗読しただけだけど。

「実に美しい言葉。それを表現する甘い声音。まさしく天性の声の持ち主と思いました」

「えっと」

 めったに女子に褒められたことのない人間なので、褒められると対応に困る。

 まして、川野はトップクラスの美少女だ。ちょっとばかり、今までの話の経過がぶっ飛んでいても、うれしいことはうれしい。

「異世界からの侵略者に操られた人間を正気に戻すための方法は『甘い囁き』なのです」

「はい?」

 また話が分からなくなった。

「男性相手は私でも可能なのですが、操られているのが女性の場合、どうしても効力が弱い。半信半疑なのはわかっていますわ。とりあえず、明日、一日、私に付き合ってください」

 キラキラとした大きな目で川野は俺を見つめる。正直、何を言っているのかさっぱりわからないのだが、胸がドキドキした。

「お・ね・が・い」

 突然、川野が俺の耳元で囁く。

 甘い声にゾクリとした。

「あなただけが頼りなの」

 全身がかっと熱くなる。動悸が激しい。ただ、お願いされただけなのに、反射的に頷いてしまった。

 川野はそんな俺を見て、くすりと笑う。

「ね。声って武器になるでしょ? 信じた?」

 声も何も。

 その笑顔は、反則だ。

 話は全く分からないし、信じてもいないけれど。

 俺は彼女の話に付き合うことにした。







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