第13話

 スィーは約束通り、レオンに連れられて守護兵団の本拠地へとやってきた。最初に腕の手当を申し込まれたが、治らんから良いと断った。例に漏れず兵団の医務員は唖然としていた。


 ダダンはあの後空から降りてきたビトによって、子どもたちと一緒に病院へと連れ戻されていた。意識が戻った時、たまたま兵団の話を盗み聞きしてスィーが決闘すると知ったダダンは、直ぐにスィーの所へ駆け付けたが、実はまだ毒を全て身体から抜いた訳ではなかったのだ。元気がなく弱々しいダダンを子どもたちは心配そうに見つめていた。


 ダグはレオンの指示によって兵団の医務室に連れてかれた。魔法での治療は殆ど施されることが無く、自力での治癒になるそうだ。これも一つの罰則なのだろう。


 スィーは応接間へと通された。中々煌びやかであるが、過剰な装飾はされておらずセンスが良いなとスィーは思った。


 テーブルを挟んでレオンの対面に座る。ソファーは柔らか過ぎず硬すぎず。用意された飲み物も香り高く美味しかった。紅茶ティーという飲み物だそうだ。


 レオンの計らいで、応接間にはスィーとレオンの二人しか居なかった。


「まず、此度の部下の非礼、また守護兵団の無作法を謝罪する。申し訳なかった」


 レオンはすっかり隊長の顔に戻っていた。表情は冷静でしかし一挙手一投足に華があり迷いの無い言葉遣い。仕事上の役を果たしてるのだとスィーは理解した。


「うむ、受け取った」

「原因として、大柄のリザードマン或いはキングリザードマンが夜中に真っ裸で魔人族の子ども攫っていた、と通報を受けた。その後、あの宿屋に真っ裸でニヤニヤと笑うキングリザードマンが居る、とも」

「んふふ。……あ、いや、続けてくれ」

「……それで、魔人族を奴隷商人に受け渡す売人か闇オークション関係の魔族かと思い、あの様な態度になってしまった」

「そうか。いや、うむ。ダダンが全面的に悪いな。んん、ふっふふっ」


 スィーは笑いを堪えきれないようで、口元に手を当てながらも肩を小刻みに揺らしていた。

 レオンははぁ、と溜め息を吐いた。自分の予想が当たった事がこんなに嬉しくない事が今まであっただろうか?


「……アナタなら私たちが来ることは分かっていただろう?」

「確かに窓から見えてたが、罪もない者に毒を飲ませるなどと思うものか」

「普通なら各通り門にて、文化を知らない魔族たちに服を与えるんだが……」


 この街は魔王によって統治されている為に、比較的人族の文化という物が残っている。それは一種の権力誇示であるのだ。

 しかし街の外は荒れくれ者たちが日々強さの証明に明け暮れている。外から来る文化を知らない魔族には、服を与えていた。


「ふん! 私たちは森を通ってきたんだ」

「森を!? はあー……。あんな所通る魔族も魔人族もいなかった、今までは。……あぁ! それじゃ、森で馬鹿でかい炎を焚いたのもアナタか?」

「そーだ」

「はあ……」

「腹立つぞ!」

「そうかい、俺は呆れてるよ」


 隊長の顔が剥がれ素に戻ったレオンがやれやれと額に手を当てた。スィーは「ふん!」と顎を軽く上げてドヤ顔を晒していた。


「この街にいる間は服を着るのが決まりだ。ズボンだけでも良い」

「そのように言っておく」

「そうしてくれ」


 レオンはもう一度溜め息をついてから、紅茶に口をつけた。誤解や問題は解決したが、本題はここからなのだ。スィーも分かっているのか、レオンの言葉を待っていた。


「……ダグの名前のことだが」


 レオンは懐から小さな白色の紙を取り出しテーブルに置くと、スィーの目の前に滑らせた。ペンをゆっくり紙の隣に置く。


「もう、分かっているのだろう?」


 そうじゃない事を祈っているが、レオンの勘は当たる。まあ勘と言うよりも、戦いの強さや思考の流れがとある魔人を彷彿させたのだ。その魔人はレオン、ダグ、ビトの師匠であり名付け親。だとすれば、スィーはとっくにダグの名前を知ってしまっただろう。……もしかしたら、ビトの名前さえも。


「うむ」


 スィーは小さく応と答え、紙に文字を綴った。


 戌亥 いぬい


 今はもう失われた、人族の中の一部が受け継いでいた、暦や時間を表す十二の文字。その中の、最後の二つだ。

 戌は主に対して忠実である様を、亥は物事に一直線で向こう見ずな様を表している。正にダグの名に相応しい名は体をあらわすと言えよう。


「ならばビトは……」


 卯辰 うたつ


 卯は穏やかで安らぐ心、またその跳躍力を、辰は翼を四枚も持つ架空の獣であるビトには打って付けの名前だ。


 スィーは書いた文字を声に出すことは無かった。わざわざ不安を煽る必要もないからだ。


「まあ、ビトはダグが無ければ分からんな。私ならラビにする」

「……恐ろしいな」

「何だと! 本音は隠すことに意味があるのだ!」

「……ヒトならば、と思いたいがアナタはそうじゃないだろう。だが、唯の魔人だとも思えない」

「うむ。スィーはスィーだからな!」


 あはは、と軽快に笑った後、そうだと言ってスィーはもう一つ書き足した。


 百十王 せん


「何故だ!」

100ゼロオー付け足せば千だ!」

「…………」

「余程の変わり者だ、ジジイは」

「……はあ。全て、お見通しか」

「魔人族の子ども、と同じように魔人族の老人、なんて狂っとるからな」


 スィーは自分たちの泊まっている宿屋の受付をしていた老魔人を思い浮かべてそう言った。


 子どもであればまだ反射能力や第六感が働くが老いた魔人はそれさえ捨てて、全て、経験値と知能に極振りする。

 強さが全ての魔族。魔人族も魔族の血が流れている故に、強さを欲する事は変わらない。だから決闘が作られた。


 で、あるからして、肉体的な強さを捨ててしまえるなんて、狂ってる以外に有り得ないのだ。


 レオンも己の師である老魔人を思い浮かべた。全裸のキングリザードマンが師匠の趣味でやっている宿屋に居るなどと言われた時は驚き冷静さを欠いた。が、きっと師匠ならわざとスィーたちを招き入れたのだろうと思った。


「そういう魔人なのだ、あのお方は」


 そう呟いて、レオンは笑った。


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