第3話

 太陽が姿を現し朝を迎えると、ダダンはスィーに文字通り叩き起された。ヒェッと悲鳴を上げながら飛び起きれば、私より遅いとは何事だ! と理不尽に怒られた。段々と分かってきたが、スィーは自己中心的でとても魔人族らしい性格をしている。


 ダダンの腰にベルトを巻きつけて、廃れた村で縄や大きな麻袋などあると便利な物を見つけては、そこに括り付けていった。粗方漁り尽くすと二人は廃村を出て、次の街へと向かう事にした。


「そーいやー、何処へ行くんだ?」

「このままずっとずっと先の場所だ」

「つまり?」

「お前は同じ事を二度言わせるのが好きだな?」

「…………」


 言外に滲む黙れという命令通りダダンは口を閉ざした。


 それからは、向かってくる魔族と殺し合ったり、縄張り争いに勘違いで巻き込まれたり、まあ所謂、この世では普通の道中だった。ダダンは休みなく起こる殺戮に一々驚き、悲鳴を上げ、嘆いていたが、スィーは楽しそうに笑い「そこだ! 殺れ! 抉り取れ! 血飛沫をもっと上げろ!」などと物騒な事ばかり言っていた。しかしやはり、スィーは戦闘には参加しなかったのである。


「なあ、スィー」

「なあ、にぃー」


 驚愕してスィーを見ると、えへっと可愛らしく笑っていた。唐突に見せられた茶目っ気に言葉を失い、直ぐに取り繕うようにダダンは「ンン」と唸った。


「スィーは戦わないのか?」

「うむ、今はまだ」

「今は?」

「ダダンが弱っちいからな」


 グサリとスィーの言葉が刺さり、思ったよりも心が傷つくのが分かった。そうして自分が傷付いている事に、ダダンは驚いた。ダダンはビビリなのである。スィーに合うまで血を流した事が無いくらいには争いを避けてきた。それは、自分が弱い事を自覚していたからだ。


 なるほど自分は調子に乗っていたらしい、と今度は恥ずかしくなった。隣にこれだけ得体の知れない強者が居るのに、もう自分が強くなっているだのと、全く馬鹿らしくなった。

 ダダンはスィーの肉が大して美味しくなかった事で、スィーは人族では無いんだろうなと理解していた。しかし何かあるのだろう、ということも。


「おっ。来た来た」

「ヒェッ」


 スィーの楽しそうな声に何事かとスィーの視線を辿ると、ダダンは悲鳴を上げた。


「行けダダン! 血飛沫を上げろー! 殺れー!」


 砂埃を上げてケンタウロスの群れが二人の方へと向かってきていた。ダダンはゲンナリしつつも、強くなる為に、その眼は確固たる意志を孕んでいた。


 最初の方はバッタバッタとケンタウロスを薙ぎ倒していたダダンだったが、如何せん数が多く塵も積もれば山となる。かすり傷や小さな打撃も、じわじわとダダンの体力を削っていった。


 ダダンにとって幸いだったのはケンタウロスの持っている武器が棍棒や剣などで、弓矢などの遠距離攻撃が無かった事である。動きも直線的で読み易い。

 二足歩行のダダンと違い四足歩行のケンタウロスは小回りが利かず、また下半身が大きい事もあって建物の多い場所に逃げ込んだダダンに地の利はある。

 しかし、ケンタウロスは唯の馬鹿ではないらしく、ドカドカと建物を破壊しながら突っ込み足場を作っていった。


「うぉりゃー! 邪魔だどけぇ!」


 雄叫びを上げながら群れに突っ込み、数体倒しては場所を移動する。これを幾度も繰り返し、ケンタウロスの数も大分減った様に見える。その事に油断したのか、背後から一発、頭に重い攻撃を喰らってしまった。


 ぐらり、と視界が揺れ重心が前へとズレる。その隙をケンタウロスたちは待ってくれない。降り注ぐ斬撃や打撃を腕でガードしながら、近くのケンタウロスの腕を鋭い爪で断ち切り剣を奪った。

 すぐさま足元を狙い横に薙ぎ払うと、ケンタウロスたちは自重に耐えきれず地面に転がった。


 ダダンは剣を投げ捨て、建物の入り組んだ場所を右へ左へと進んでいき、ケンタウロスから距離を置いた。束の間の休息だ。頭に一発、腕にも深い傷が幾つか目立った。ダラダラと血が地面に垂れる。初めて見る自分の血の色は、思ったよりも赤色に近かった。


 気を付けていれば、名無しの魔族の攻撃など耐えれるのだが、数が数である。思い上がるな自惚れるな。自分はまだ弱っちいのだと先程言われたばかりだろ、と叱咤した。


「存外にやられたな」

「ッッ!!」


 思わぬ声に悲鳴も出ず喉が引き攣った。垂れていた頭を素早く上げると、いつの間にかスィーがそこに居た。闇に浮かぶような赤い瞳はダダンを捕らえて離さない。


「お前は弱っちいと、先程も言ったろうに」

「……」


 声を聞いていると体が冷えて、足の下から腹の奥からゾワゾワと何かが這い上がってくる。それはダダンの脳が危険信号を鳴らすほど危ない物だった。


「名前持ちも名無しに負けると、その身をもって知っとろうが」

「……」


 ゆっくりと赤色の瞳が三日月形に変化する。ガタガタとダダンの身体が震え出した。スィーの朗らかな笑みが、強者の余裕が、ダダンの精神も身体も破壊するかの如く覆い尽くす。


「!!」


 気づけばスィーはダダンと息のかかる距離に居た。大柄のダダンからすれば、スィーなど腰程の高さであるのに、目の前の少女はその何倍にも大きく見えた。ゆっくりと、スィーは口を開く。


「お前、死んじゃうよ」


 耳元で囁くような声が聞こえた時、ダダンの中で何かがプツンと切れる音がした。


「ウオオオオオオオオ!!」


 地を揺らすような雄叫びが響き渡った。身体中が熱い。熱くて熱くて、ダダンは今なら何でも出来るような気がした。目の前に居たはずのスィーの姿は見当たらず、代わりに雄叫びを聞いてケンタウロスたちがやってきた。


 そこからは、まるで子どもが蟻を踏み潰すかのように、一方的だった。ケンタウロスの攻撃も当たるには当るのだが、その瞬間に首が飛び、脚が飛び、腕が飛んだ。気迫に逃げ出すケンタウロスも一体残らずダダンは殺し尽くした。


「ウオオオオオオオオ!!」


 ダダンはもう一度、ケンタウロスの死体の上で雄叫びを上げた。身体が熱くて熱くて、何かが弾けそうで、大声を上げてないと堪えきれないのだ。雄叫びは段々と叫び声に変わっていった。熱さはどんどん痛みに変わり、身体の中身が外に飛び出てしまいそうだった。


「ガアアアアアアアア!!」


 脳が沸騰する。身体が軋んで、心臓がバクバクと有り得ない速さで回転し、ダダンはブツリと気を失った。


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