第7話 さみしくないよ

*さみしくないよ*


「さみしくないよ」


外見に似合わず子供っぽい声。いつも通りのそれがなんだかちょっと腹立たしくて、寂しくて、ぐりぐりと肩に頭を押しつけた。


「いたい、いたい」

「嘘つき、大して痛くもないくせに」

「いや、割と痛いって……」

「うそつき、」

「嘘じゃ……」

「私と別れるのに、寂しくないなんて嘘、でしょ」


 むくれた声で咎めると、彼は閉口した。


「ずっと、一緒だったのに」

「……うん」


 彼の声が気安く、少し笑った気配がして、私はさらにむっとする。


「なに笑ってんのよ、このっ!」

「あぁ、痛い、いてて」

「私の気持ちとか考えないわけ!?」

「考えてるよ。いつも、考えてる。でも、なんか、今のは、ちょっと、ね」

「何よ」

「……恋人みたいだったなって」


 少し上ずった声。はにかんだ彼の耳が赤い。


「あ、あんたっ、な、にいって」


 赤色が移る、熱が、身体を走る。自分から詰めた距離を、一歩下がる。


「傷つくんだが?」

「だって、今まで、そういうの、なかった。言わなかったじゃない」

「うん、でも、ほら、さみしいから」

「はっ!? さっきと言っていること違うじゃん」

「うん、さみしいから、さみしくないようにしようと思って」

「……」


 手を取られる。指が絡まって、逃げられなくて。触れた手が思っていたよりもずっと大きくて、熱くて、離せない。


「ねぇ、俺にさみしいって言って欲しいなら、首を横に振って。でも、もし、さみしいよりも言って欲しい言葉があるなら、きっと、頷いて」


 いつからだろう、彼が私の背を抜いた時だろうか、重たい方の荷物を持たせてもらえなくなったときだろうか、それとも。

 思い出の数は数え切れない。思春期まで一緒にいたのに、どうしてか、離れることがなくて、それは、私にとって、確かに幸せで良いことだった。


「────」


 熱い声がする。丁寧に茹でられて、まな板の上にのせられたような気分だ。ちらりと、彼の瞳を覗く。熱に揺れる奥底が僅かに揺れていた。私の応えに期待して、答えに不安なのだと、ちゃんと分かる。


「いーよ」


 だから、私は、頷いてあげた。だって、そうなったら、私も“さみしくないよ”って言ってやれるから。

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