無人駅恋愛模様

荷川 らい

第1話 準備

 私がこの藪の中に身を隠してからちょうど一時間になった。固まったかのように藪の間から向こう側を見続けていると、着ている真っ黒のジャージの裾から蟻が内側に入って肌をくすぐる。

 そろそろ彼女が乗った電車が着く頃だ。

 ここからは経年劣化によって外壁が所々剥がれている無人駅の小さな建物と、その前に設置された駐輪場に停めてある少数の自転車がよく見える。穏やかな春の夕方、今の私はわくわくしている。


 事故や過失ではなく、明確に殺意があって相手を殺害する場合、一般的には殺害対象を激しく憎んでいたり自分にとってどうしようもない程に邪魔な相手である場合が多い。

 しかし私はそうではない。これから私は彼女をいたぶって殺すつもりでいるけれど、私は彼女が決して憎いのではない。

 それどころかとても愛しているのだ。好きで好きでしょうがない。彼女の全てが欲しいし、彼女に私の全てをあげたい。

 私はこの計画の準備に数ヶ月を費やした。私だけが見ることの出来る彼女の表情を心ゆくまで見るために。そして彼女の最期を他の誰でもない、私が看取るために。彼女と私の間にその瞬間だけ出現するであろう特別な何かを手にするために。


 熱が冷めるのは問題外だしそんな事は絶対にありえないけど、さすがに本番になって先走らないように私は自分を落ち着かせることにした。段取りをゆっくり確認しよう。深呼吸を一つして、こちら側を向いている無人駅の出入口と駐輪所のちょうど間に付近に不自然に置いてある、小汚いダンボール箱を見つめた。

 見た目は冴えないがあの中にはお手製の爆弾が入っていて、爆発を起こして少なくとも五、六人を負傷させて、行動不能にする役割だ。


 爆弾の作り方や硫化水素自殺のやり方などのイリーガルな情報をいくら規制しようとも、有志が様々なサイトに再掲させているので知ろうと思えばその手の情報はいくらでも手に入った。

 webサイトの形は様々だが情報を載せている所はいくつもあるし、仮に日本語で書かれたサイトが見つからないならば海外のサイトに目を向ければそれこそその手の情報が大量にある。知的好奇心と危ない情報を発信したいという欲求は表裏一体だ。実際に使うかどうかはともかく、そういう好奇心や欲求は常に誰の心にもあるものだ。


 私はウェブサイトの情報を元に作った爆弾の殺傷力を野良犬や野良猫を使って調整した。信頼性の高い発火回路の検討もしたし、あのダンボール箱には不発に備えて二つの爆弾を仕込んである。

 作製法を載せたウェブサイトの検索や閲覧の際にはプロキシサーバを通したし、材料の購入、製作、設置のどの過程でも指紋を残さないように細心の注意を払った。

 今設置してある爆弾は発火部分を取り除いての回路作動テストをどちらも何度も行なった。

 肝心の火薬は当初黒色火薬を自作または花火から採取する予定だったけど、計画を実行に移す前に足がついて捕まるなんて絶対に嫌だし、作業中に炸裂する危険もあったので別のもっと身近な物質にした。それはガソリンである。

 また、あのダンボール箱の内側には薄くて丈夫な鉄板を側面に立て掛けたことで、爆発にある程度指向性を持たせた。そうすることで爆発のエネルギーを無駄にする事無く対象を狙うことが可能になる。出入口から出てきた彼女とその他大勢を一瞬で無力化出来るはずなのだ。

 家族が海外赴任していて一軒家の一人暮らしだと、こういうテストが何回も出来て便利だなぁとつくづく思う。


 爆発させたら私はこの暗い藪からナイフとバット持って飛び出し、動くことが出来なくなった彼女とその他の乗客の中から、まずはその他大勢の連中をナイフで迅速にサクサクと殺す。

 その後ゆっくりと彼女を痛めつけて殺そうと考えている。


 ナイフを買った当初は部屋でナイフの扱い方に関するウェブサイトを見ながら素振りをしていた。

 でももっとちゃんと練習したいと思い犬か猫を探して深夜に外をブラブラしていたら、深夜一二時過ぎだと言うのに自販機の前でジュースを選んでいる小学校低学年くらいの背格好の女の子がいたので、私の練習に付き合ってもらうことにした。自販機の明かりに照らされるパジャマ姿の女の子を見てなるべく足音を立てないで近づき、周囲を軽く見回して誰も居ないことを確認し、自販機下部の商品取り出し口に手を伸ばそうとしている女の子の頭をナイフの柄で何度か殴って気絶させた。

 我が家の地下室まで運んで口に猿轡をして手足を手近な紐で縛り仰向けに寝かせた。すぐに取り掛かろうとも思ったけれど、寝ている状態だと死亡したかどうかが見た目で分かりづらいと思ったので女の子の目が覚めるまで待つことにした。

 待っている間にスポーツドリンクのペットボトルを何本か持ってきて地下室の冷蔵庫に入れたり、女の子の様子を見ながらナイフを研いだり解剖学の本を読んだりしながら時間を潰した。

 しばらくすると女の子は目を覚まし、小さな眼球をゆっくりと動かして地下室の様子を見渡していた。

 私は女の子が寝ぼけて自分の状況に気づかない内にと思い、つかつかと早足で近づいて素振りの通りに心臓を一突きした。女の子は一瞬だけ痙攣した後、直ちに絶命した。肌が柔らかいせいなのか、ネットで買ったダイバーナイフの切れ味が良すぎるのかはわからないけど、かなりスムーズに刺しこめたので少し驚いた。

 そのあとも何度か女の子で突き刺す練習をした後、ナイフの扱いに慣れるためと人体の構造を実際に見るために解剖の真似事をした。

 色んな所を切り開いたり剥いたり取り出したりしていくともうそこには女の子と呼べる形は無く、肉の塊としか言い様の無い何かになった。ぼんやりと人の形をしているから多分人だろうという推測は出来るだろうけど、性別やどんな顔だったのかわからなくなるくらいになるまで女の子にナイフさばきの練習に付き合ってもらった。

 私は長い間練習に付き合ってくれた女の子に心からの感謝をして、ナイフを糸鋸に持ち換えて女の子を処理した。


 大人でも練習して見たかったけど想定しているのは行動不能の相手なのでこれで大丈夫だろうと思い、それからは誰かをさらってまでナイフの練習をするような事はしていない。

 それに練習しようとしても女の子をさらったせいで、町内の老若男女全ての人がやたらとピリピリしていて手を出しづらいのだ。

 この前テレビを見ていたら失踪者特集をやっていて、練習に付き合ってもらった女の子の写真と女の子のご両親と思われる夫婦が映っていた。三十歳後半くらいの夫婦は泣きながら行方に関する情報を募集していたので「既に死んでいるから無駄な努力は止めた方がいい」と番組にFAXをしておいた。

 いないものはしょうがない、人は前を向いて歩くべきだと思ったのだ。


 これだけ用意と準備を丁寧に時間を掛けてやったのだ。

 今の私には不安要素は無い。彼女が降りる、爆発させる、その他大勢を手際よく殺す、彼女をゆっくりといたぶる。楽しみでしょうがない。

 私は再び高まってきた興奮を鎮めるために大きく数回深呼吸をして、カラカラになった喉を潤すために何度が唾液を飲み込んだ。

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