第四話 異境の守護者たち

01

「あっ、あなたたち! あの子は見つかった!?」


 アルドたち三人がシータ区画へ戻ると、リリは先ほどと同じ場所で待っていた。


「あ、いや……ごめん。追いかけたけど見失っちゃったんだ」

「そう……」

「悪かったな、力になれなくて」

 リリは落胆の色を浮かべながらも、「いいのよ」と小さく呟いた。

「……あれから冷静に考えてみたのだけど、きっと私の勘違いだったんだわ。猫のぬいぐるみなんてどこにでも売ってるし、たまたま同じものを持っていただけよね。自分の子供の頃にそっくりで名前も同じなんて偶然あり得ないと思ったけど、可能性としてはゼロじゃない。科学者を名乗っているのに非科学的な妄想に捕らわれるなんて、私の方こそ謝罪させてもらうわ」

「…………」


 偶然なんかじゃない。あの子は君の父親で、ずっと君のことを想っていた――

 そう言ってやりたい気持ちをぐっと堪え、アルドは預かってきた言伝を伝えることにした。


「なあ、リリ。聞いてほしいことがあるんだ」

「何かしら?」

「最初に会った時、リリはオレたちを見て驚いたような反応をしただろう? オレたちが君の知り合いに似ていたからじゃないのか?」

「……ええ、そうよ」

「その知り合いの名前は、エデンとセシル……だろう?」

 アルドの言葉に、リリは目を見開いた。

「どうしてその名前を? まさか、あなたたちは……」

「ああ。君は間違ってない。オレたちは――」


 十六年前に何が起こったのか、二人がアルドとフィーネと名乗ることになった経緯……リリの父親のことだけは伏せて説明をする。

 リリは驚きの色を浮かべていたものの、科学者らしく取り乱すこともなく話を聞き、自分なりに消化しようと努めているようだった。


「そんなことが……じゃあ本当にあなたはあのキロスなのね」

「ああ。リリにはよく遊んでもらってたみたいだな」

「……そうね。あの頃のことはよく覚えているわ。クロノス博士もマドカ博士も私にとてもよくしてくれたし、エデンは内気だった私を引っ張って、よく外に連れ出してくれた。キロスはよく私に懐いてくれたし、セシルが生まれた時はエデンと一緒に喜んだわ」

「あ、ごめんなさい、私は覚えてなくて……」

 フィーネが謝ると、リリは「ふふ」と笑みをこぼした。

「当たり前よ、まだ赤ちゃんだったんだから。大きくなったわね、セシル」

「アノ、ワタシのことハ…」

「ええ、もちろん覚えてるわよ。マドカ博士の研究室にいたリィカよね?」

「イエス、アイアムデス! 覚えてイタダイテ光栄デスノデ!」


 ツインテールを振り回して喜ぶリィカをよそに、アルドもフィーネも、どこか照れ臭いような感覚を覚えていた。過去の自分を知っている人から昔の名前で呼ばれるのは初めてのことで、妙なむず痒さがある。

 気を取り直し、本題に入ることにした。


「なあリリ。まだ話は終わりじゃないんだ。君の父親のことで伝えなきゃいけないことがある」

「私の父のこと?」

「ああ……」


 つい先ほど、リリの父から伝言を預かった時のことを思い出す。


『リリにこう伝えてくれないか。父はタイムワープの途中で命を落としたと』

『えっ!? でも……死んだことにする必要があるのか? たとえば別の時代で生きてることにするとか……』

『いや。リリはまだきっと私のことを気にかけているだろう。だが、私が死んだと知れば吹っ切れるはずだ』

『…………』

『リリはもう立派な大人だ。私のことなど忘れて、彼女自身の人生を歩んでほしい。そのために私という足枷を外してやることが、私にできるせめてもの償い……娘に贈れる最後のプレゼントなんだ』


「君の父親は、オレたちを追って時空の穴に飛び込んだんだ。クロノス博士を止めて、歴史改変からこの世界を救うために」

「……やっぱりそういうことだったのね。それで……父はその後、どうなったの?」

「それは……」


 言葉に詰まる。アルドはまだ逡巡していた。

 だが、これは彼が決めたことだ。娘の幸福を願う父親としての最後の願い。自分はそれを託されたのだ。

 今さらその想いを無下にするわけにはいかない。


「彼は、タイムワープの途中で……」


「――リリ!!」


 その場にいる誰でもない声が響いた。

 一同が声の方向を向くと、そこに少女のリリが……リリの父親が立っていた。


「えっ!? あんた……」

「すまないアルドくん。先ほどの依頼は撤回させてくれ」

 子供らしからぬ力強い足取りでつかつかと一同の許へ歩いてくる。そのままアルドの脇を通り過ぎ、リリの正面に立った。

「……これはどういうこと? 見失ったんじゃなかったの?」

「うっ。いや、これは……」

 リリにじろりと睨まれ、アルドは言葉に詰まる。

「彼らを責めないでやってくれ、リリ。私がそう伝えるように彼らに頼んだんだ」

 子供らしからぬ口調、それに名前を呼ばれたことを不審に思ったのだろう、リリは訝しむような目で少女を見る。

「……私のことを知っているのね。いったいあなたは誰なの? 過去から来た私?」

「いや、違う。私は――」

「待ってくれ!」

 アルドが慌てて止める。

 彼にどんな心変わりがあったのかはわからない。だが、この場に現れたということは、自分の正体を明かすつもりでいるのか。

「まさか、本当のことを言うつもりか? そんなことをしたらあんたは……」

「わかっている。だがもういいんだ」

「もういいって、でも……」

「大事なことを思い出したんだよ。私は運命論者ではないが……きっと今日ここへ私が戻ったのは、十六年前にやり残していたことをするためだったんだ」


 次の瞬間、少女の全身が淡い光で包まれた。

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