第四章 継承 2

 既に時刻は夜の十二時を回って日付が変わっていた。

 

 水尾はまだレストランの端の席でエレベーターの映像を確認していた。


 流石に時刻も遅いので招待客は自分の部屋に戻らせていた。勿論、部屋の施錠は徹底するように念を押してある。使用している部屋のある階には当然警察官を配備してある。


 レストランには水尾以外にも何人かの人間が残ってはいたが、レストランの広さからすれば少人数なので、静まり返った雰囲気だった。


 及川守とその話し相手の男が入り口寄りの席に座って何やら話している。


 田中が少し離れた窓際の席で、窓の外の景色を眺めていた。


 先程レストランに入ってきた倉ノ下櫻子と遠藤美紀の二人は、水尾に近い席でお互いの眼鏡がくっつきそうなくらい顔を付き合わせて熱心に話している。


 二人の視線が水尾に向けられているのを感じていたが、気付いていないふりをしていた。


「ねえねえ、水尾さん。やっぱりスナイパーの仕業ですよね」櫻子が脈絡もなく突然話し出した。


「櫻子さん。それを言うならヒットマンですよ」横から遠藤美紀が櫻子の質問を訂正した。


「いやいや、お二人さん。どちらも違うと思いますよ……」呆れたような表情を一瞬見せて二人から視線を外した。


「密室の謎は解けたんですか?」櫻子はそんな水尾の態度を無視するかの様に、続けざまに質問した。


「倉ノ下さん、何処でそんな情報を?興味を持たれるのは自由ですが、犯人がどこに潜んでいるのかも分からないんで、あまり変なことはしないで下さいよ」


 言っても聞かないだろうとは思ったが、一応釘は刺して置いた方がいいと思い。少し強めの口調で二人に注意した。


「やっぱりポイントはマスターキーの所在ですよね。どのポイントで誰が持っていたのか。久我山社長が持っていなかったタイミングというのはあったんでしょうか?」


 遠藤美紀が水尾の注意など無かった様に聞いた。


「女性二人とお話中ですか?羨ましいな」笑いながら元平が歩み寄ってきた。


「ふざけたこと言ってないでさっさと報告しろ」水尾は遠藤美紀の質問を聞き流す様に大きめの声で元平に言った。


「怖い怖い……。お二人の前で報告してもいいんですか?」


「どうせお前の口から漏れるなら、二度手間にならなくてすむ」水尾は元平を睨んだ。


「いや、しつこく遠藤さんが聞くもんだからつい……。すみません」


「それで。なにか新しい情報は?」


「行方の分かっていない不動峰子はやはり久我山信明の身辺を嗅ぎ回っていたみたいです。話しを聞かれたという人間がかなり出てきました。主に聞かれた内容は家族の仲に関することで、親子関係は相当悪かったみたいです。当の本人達はそんな雰囲気は見せないようにはしていたみたいですが。それとその流れで分かった事なんですが、殺された久我山裕美と信明に血の繋がりはありません。信明の実母は数年前に病死しています。それが親子の不仲の原因だと言っている者もいるらしいです」


「どういうことだ?」


「久我山会長は前妻が病気で入院している間もほとんど見舞いにも訪れず、最後も看取って無いとかなんとか」


「信明と裕美も仲が悪かったのか?」


「外面的にはそうでも無かったみたいですが、それも本当のところはなんとも」


「そんなことがあったんなら、義母との仲が良かったとは考えにくいな」


「水尾さんは久我山信明がやったと考えとるんですか?」元平が訝しむ様に尋ねた。


「刑事の勘って言ったらまたお前は笑うやろうが、あの男なんか引っかかるんや……」


「く~っ、刑事の勘!萌える……」櫻子が水尾を見つめた。


「倉ノ下さん、からかわんといて下さい。久我山信明にはアリバイもありますし、そんなことで殺しをするような単純な男にも見えん。気にしすぎなだけやとは思いますが……」と言いながらも水尾はモヤモヤとした物を胸に感じていた。


「それと、さっき遠藤さんが聞いていたマスターキーの件ですが、久我山信明がずっと持っていたということです。これも本人が言っているだけなので証明することは出来ませんが」


「アリバイの面だけで言うと、久我山裕美殺しの方は実行可能な人間は多い。しかし部屋に入れる人間は限られている。久我山裕美の殺された時間帯は特定できたのか?」


「それが、鑑識が気になることがあると言ってました」


「気になること?」


「ええ。久我山聡も久我山裕美も出血量がかなり多かったんですが、その血液の凝固の具合から、久我山裕美の殺害時間の方が先ではないかと言うとるんです。部屋の環境とかもあるんで、絶対では無いらしいですが」


「久我山裕美が先で、久我山聡が後ということやな。確かにそれは少し気になる情報やな。それと、不動峰子が信明以外に及川のことも調べとった件はどうやった?」


「及川のアルバイト先に電話したり、友人や出身校なども調べとったみたいです。去年の事件の絡みですかね?」元平はチラッと櫻子に視線を向けてすぐに水尾に視線を戻した。


「今更ほじくり返しても大した記事にならんやろうけどな。あんな男ひとり吊し上げたところで、誰も興味、持たんやろ」水尾もチラッと櫻子に視線を向けた。


「櫻子さんがマモさんを庇ったことがいけなかったんでしょうか?」遠藤美紀は少し抑えたトーンで尋ねた。


「そういうことを面白おかしく書き立てるのがマスコミというものですからね。ゴシップを好む読者が多いのも事実ですから」元平が溜息交じりで答えた。


「何処にいったんかしらんが、不動峰子が何か知っているのは間違いなさそうやな」


「エレベーターの映像には何かめぼしい物は映ってましたか?」元平は期待していなさげな様子で尋ねた。


「何度も見直してるが、それといった物はないな。気になることと言ったら、及川がウロチョロしとるのが映っとる位や。あいつまた何か企んどるんとちゃうやろな。元平、一応あいつの行動気にかけとけよ」水尾は何やら談笑している様子の及川に視線を移した。


 水尾の視線はその後、窓際に座っている田中に向けられた。及川も気になるが、田中のことも別の意味で気になっていた。その視線の変化に気が付いたのか、櫻子が話しかけてきた。


「そういえば、水尾さんと田中さんはお知り合いなんですよね。さっきも何か親しげに話されていたし」


「水尾さんと田中さんは警察学校の同期ですよ。世間的に言うライバルというやつですね。どちらも優秀な刑事なんで、お互い気になるんと違いますか?」元平は水尾に視線を合わさず、少し楽しげに言った。


「元平……。お前はそれ以上余計なことしゃべるな。アイツとはライバルでも何でも無い。ただ単に相性が悪いだけや……」


「ライバル!男の世界って感じ……」櫻子は目を輝かせた。


「ライバルっちゅうのは実力の拮抗した相手に使う言葉やからな……」


「それは、俺の方が上やということですね」元平がからかう様に続けたが、水尾はその発言に対しては何もリアクションを取らなかった。

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