第三章 予定外のイベント 8

 不動峰子の行方は結局分からなかった。

 

 水尾はエレベーター会社から送られてきた防犯カメラの映像を何度もチェックしていた。

 

 今日最初にエレベーターが使用された朝一番から二人目の被害者が見つかった九時前後までの映像をDVDに焼き出してもらい、簡易ポータブル機で何度も確認した。


 まず重点的に調べたのは一つ目の殺人があった前後一時間だ。


 エレベーター内の映像は操作パネル付近を重点的に捉えていて、降りた階は映像で確認することができた。


 六時には最上階のレストランで櫻子のファンとの触れ合いの会が催されていたので、招待客の多くがエレベーターを利用している様子が映っていた。


 その後何組かに分かれて一階に降りて行く様子が映っていた。これは地下にある劇場に移動した際の映像だ。


 地下に降りるエレベーターの映像もあり、久我山信明が操作パネルを操作して全員が地下に降りていくのが確認できた。


 その後、全員がまた久我山信明を先頭にエレベーターに乗り込んで戻る場面が映っていた。映像に記録されている時間は七時一分だった。


 更にその後、坂本が一人で乗り込んできて、地下一階で降りる姿が映し出された。


 映像の時間は七時十三分だ。その三分後、一階から久我山信明と田中が乗り込んできて再び地下一階で降りている。


 この映像を見る限り、久我山信明らが言っていることにウソは無いようだ。


 その後は警察関係者が何度も出入りしている映像が延々と続いた。


 殺された久我山聡の姿は何度か映っていたが、最後は五時三十三分に客室用エレベーターで一階に降りる姿だった。地下に降りるエレベーターには姿が映っていないところを見ると、階段を利用して地下の劇場に行ったことがうかがえる。


 もう一人の被害者である久我山裕美も何度か映っていた。最後に映っていたのは五時十三分で九階で降りていた。そのエレベーターには及川守も一緒に乗っている姿が映っていて、及川守が裕美を目撃したのはこの時だろう。証言通り、及川守が先に八階で降りる姿が確認できた。


 行方の分かっていない不動峰子が最後に映っていたのは、五時十二分に客室用エレベーターで一階に降りる姿だった。


 犯人らしき姿は映っていなかった。一見したところ、特に怪しい動きをしている人物も見当たらない。


「相変わらず根気強いなお前は。俺にはそういうのが無理なんだよな」


 もう一度最初から映像を確認しようとした水尾の前に田中が立っていた。


「お前は首突っ込むなって言うとるやろ」


「お互いギブアンドテイクでいこう。そっちに有意義な情報があるぜ」


「何でお前に情報やらなあかんねん」


「去年の久我山聡の脅迫事件で捕まったのは久我山信明だ」田中は周りを気にする仕草をした。


「なんやて?それほんまか?」


「ああ。殺された久我山聡と息子の信明はソリが会わなかった。できる息子を嫌っていたみたいだ。息子も親父の強引な経営方針に反感はしていたが、信明が捕まった時に親父がもみ消しにかかったのには周りの人間も驚いたみたいだ。完全に見捨てるものだと思っていたらしいからな。実際のところ信明がいなくなれば、久我山グループはガタガタだろうから、背に腹は代えられないといったところだろう」


「それにしても俺には信明がそんな浅はかなことをするタイプには思えんがな」


「久我山聡と信明の関係を知っていたら、信明が親父を殺す可能性もあると考えることもできる」


「仲の悪い親子なんてそこら中におる。それが動機だったら殺人事件だらけになるぞ」


 思案顔をしたあと、水尾が田中に耳打ちした。


「招待客の中にいるあの及川という男、去年の倉ノ下櫻子の脅迫事件の犯人や。倉ノ下さんの方から情状酌量の嘆願がきて表立っていないが、執行猶予付きの身分や。お前ちゃんと見張っとれよ」


「それともう一つ。不動峰子関係の情報で、あの女記者、久我山信明の身辺を嗅ぎ回っとった。更に言うと、何でか知らんが及川のことも調べとったらしい」


「大サービスだな。そこまで教えていいのか?」田中はわざとらしく尋ねた。


「人間としてのお前は好かんが、刑事としてのお前の能力は知っとるからな。何か閃いたら一番に俺やぞ」


「あら?お二人って仲が悪かったんじゃないんですか?」


 水尾と田中は突然声を掛けられ、強張った表情で同時に振り返った。


 櫻子が笑顔で二人を見つめていた。


「倉ノ下さん。何処まで聞いていましたか?」水尾は恐る恐る尋ねた。


「全部」櫻子は満面の笑顔で答えた。

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