第8話 キャンプ場の悪意(2)アクシデント

 天気は良く、遠足日和と言える日になった。クラスメイト達は皆笑顔で会話をし、おやつを交換したり、今日の手順を相談している。

 しかし、萌葱はどこか面倒臭そうな顔付きで、今川はしかめっ面をしていた。その2人はバスの席が横並びで、その列だけ、遠足とはかけ離れた雰囲気に支配されていた。

 バスで山のふもとまで行き、そこからぞろぞろとキャンプ場まで歩き、班ごとに分かれて、釣りを始める。1時間で1人1匹以上釣り、捌いてバーベキューにして食べる事になっていた。

「1番に釣ってやる」

「じゃあ、一番大きいのを釣ってやる」

 有馬と輪島が宣言するのに、女子は無反応だった。

 しかし意外な事に、今川が舌打ちしない。それどころか、目を輝かせている。

「今川、釣り好きなの?」

 香川が気付いて言うと、今川はハッとしたように視線をそらせ、

「べ、別に」

と言うや、釣り道具を受け取りにいそいそと歩いて行った。それに、出遅れてはならぬとばかりに、有馬と輪島が慌てて続く。

「どう見ても好きでしょ、あれ」

 香川と小鳥遊が笑いを浮かべる。

「望月君は、釣りってした事あるの?」

 小鳥遊が萌葱に訊き、萌葱は表面だけの笑顔をうっすらと浮かべた。

「いや、初心者だよ。だから、教えてもらうならあの3人にして」

 そう言って、道具を受け取りに教師の方へ行く。

 それに、小鳥遊が追いかけて来て並ぶ。

「望月君って、人見知りするタイプかな?友達、作らないと、詰まんないよ?」

 大きなお世話だと言いたいのを心の中に押しとどめ、萌葱は肩を竦める。

「友達になる相手なら、気付いたらなってると思うから。無理に作ろうとしなくてもいいんじゃないかな」

「え……ううん……そう、かしら。

 じゃあ、どんな人と友達になりたいの?」

「嘘をつかない人」

「え」

 萌葱は小鳥遊を置いて、先に行った。

 キャンプ場は紫明園高校1年生の貸し切りというわけでもなく、大学生らしきグループなども来ており、川岸で釣り糸を垂れたり、炊飯場で何か料理をしていた。

 それをチラリと見て、教師から道具を受け取る。

 その時、叫ぶような声がして、萌葱はそちらを見た。小鳥遊と香川と城崎と洲本が、大学生らしい少し派手そうな青年と向き合っていた。

「スマホ、落としたじゃないか」

 青年が足元からスマホを拾い上げながら言うのに、

「すみませんでした」

と、小鳥遊が頭を下げる。

「あ。ちっ。割れてる。どうすんだよ、これ」

 青年がスマホを小鳥遊達に向け、小鳥遊はまたも頭を下げ、香川がいきり立つ。

「困ったなあ。一応名前とアドレスを教えてもらおうかな。帰ったらゆっくりとお話しようぜ」

「そっちも、しっかり持ってなかったからでしょう?女子高生を見るのに忙しくて」

「ちょっと、莉々子!」

「ぶつかって来ておいてなんて事言いやがるんだ、こら」

 香川と青年は睨み合い、小鳥遊はあたふたと慌てている。

 教師はほかの生徒の対応に追われていたので、萌葱は嘆息して、彼らに近付いた。

「あ、望月君」

 ホッとしたように小鳥遊が萌葱を見、青年と香川は、剣のある目付きで萌葱を見た。

「失礼」

 萌葱は青年のスマホ画面を見た。蜘蛛の巣状にひびが入り、使い物にならないのは明らかだった。

 そして足元を見ると、アスファルトだ。

「これが割れたのは、今じゃないですよね」

 言いながら青年をじっと見る。

「固く尖ったものを打ち付けて割れたみたいですが、ここにそれらしいものは見当たりませんね」

 青年は視線を一瞬泳がしてから、萌葱を睨みつけた。

「そんなもん、落ち方だろ。角度で、こう、割れたんだよ。実際割れてるだろ。大事な話をしてたのにどうしてくれるんだよ」

 萌葱はスマホを手にして、シムカードを差し込む所を開けた。

「今使っていた?カードが入っていませんが。どうやって通話していたんでしょうね?」

 青年はスマホをひったくると、引き攣った顔で、

「ジョークだろ。ちょっとした、出会いのきっかけ作りのジョーク」

と言い、萌葱を睨みつけて体を翻した。

「古典的なサギの手口だろ。まあ、あいつはナンパ目的だったかも知れないけど」

 小鳥遊達に言うと、4人共ホッとしたような顔をしたが、香川は悔しそうに上目遣いで萌葱を睨んだ。

「ありがとう。助かったわ」

 あの青年がうそをついていたのが見え、彼女達で対処できそうに見えなかったので、口を挟んでしまった。面倒臭い事をしてしまったと、萌葱は自分に舌打ちしたくなった。

 さっさと離れるに限る。

「じゃ」

 萌葱はそう言って、素早くその場を離れて釣りに向かった。




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