第7話 生きる為

「レオンハルト様、わたくしの事を咎めますが⋯⋯ご自分が何をなされているか、ご理解しておられるのですか? 貴方もわたくしと言う者が有りながら、こうしてアイリ様をパーティーにエスコートなされているではありませんか!」

「そ、そうだ! レオンハルトお前がそんな女をエスコートしたからジュリアが傷付いたんだぞ!」

「ジュリア、君がアイリを貴族として教育しろと言ったのではないか? 貴族には社交力が必要だ。僕がエスコートしなければアイリはいつまで経っても社交の場に出られないだろう?」


 溜息を吐きながらレオンハルト様は続ける。


「他の奴がアイリをエスコートするのなら僕がわざわざ新年祭に連れて来なくても良かった。だが、ジュリア、君は自覚があるのか無いのかアイリから人を遠ざけていたではないか」

「そ、そんな事は⋯⋯ありませんっ」

「ほう、君は事ある毎に僕とアイリはお似合いだと言っていたな。君には何気ない言葉だったとしても君は公爵家の人間だ。そんな身分の者が発したのなら周りは「そうなのだ」と忖度する」

「じ、事実ではありませんか、現にレオンハルト様は常にアイリ様とご一緒──」

「君もちゃんと「一緒」だったろ。しかも、君がアイリに貴族としての品位と心構えを教えろと言ったのではないか。

僕に近付く不届き者だと蔑まれ、婚約者のいる者に近付いた結果アイリは倦厭される事になったな」


 レオンハルト様はよく見ていた。意外だ。


「自分を上げる為に人を貶める。そんな者が僕の婚約者とはゾッとする。王侯貴族は蔑み合うのが常識だとしてもそれを見えないようにするのが本物の王侯貴族ではないか?」


 ざわつくフロアの中心でレオンハルト様は高らかに宣言した。


「レオンハルト・グレンジャーはジュリア・ハーディとの婚約解消を宣言する! この場におられる貴殿方、証人となられよ!」


 やっぱり、この世界は今までの世界と違う。

 もしかしたら、私は生きられるのかも知れない⋯⋯そう思った時だった。


──ガキンッ!


 身体に衝撃を受けて私はふらついた。お腹に手を当てればぬるっとした感触。ジワっと滲む赤に思わず蹲った。


「お前が! お前が現れてからジュリアが怯えていた!」


 誰? 誰の声?。「捕らえよ!」そう叫ぶのはレオンハルト様の声だ。


「はははっ! これでジュリアの心配は無くなったよ! やったよジュリア!」

「ヨハンっ! なんて事を!」

「何で、なんでそんな顔するのさ。俺は君に言われた通り──」

「お黙りっ! さっさと連れてゆきなさい!」


 あーもう、誰もかれもが叫び合って頭がガンガンする。

 おかしいなあ。刺されるのはジュリア様かアベル様からだったはずだけどなあ。


「近衛兵! ジュリアを拘束しろ! 聞かなくてはならない事が出来た」

「離しなさい! わたくしは公爵家の者です!」

「レオンハルト! 何故ジュリアまで拘束する! 彼女は関係ないだろう!」

「関係ないと本当に言えるのか? アベル、僕が本当に何も知らないとでもまだ思っているのならお目出度い頭だな。近衛兵! アベルも拘束しろ!」

「まて! 話を聞いてくれレオンハルト!」

「ああ、聞いてやるさ。これからじっくりとな」


 蹲った頭の上で色々片付いていっているようだ。

いや、でも、私を放置しすぎじゃない? 私は刺されたのよ? 短剣は刺さったままだし⋯⋯ぬるぬるして気持ち悪い。

 いつまでこうしていれば良いのか、いっその事寝てしまおうかと目を閉じた。


「そのまま目を閉じていろ」


 ふわりと何かが被され、レオンハルト様が囁いて私を抱き上げた。

 何処へ連れて行かれるのか少々不安ではあるが、不覚にも抱き歩かれる振動が心地良くて私はそのまま身体をあずける事にした。


 人々の騒めきがどんどん遠ざかり、木々の揺れる音と虫の鳴く中、カツカツとレオンハルト様は靴音を響かせ私を運ぶ。

 扉の開く音がして足音はカツカツからフコフコに変わり、私は柔らかな場所へ降ろされた。


「をいっ、もう良いぞ」


 片目だけを開けて様子を窺っている私の額をレオンハルト様が指で弾いた。


「痛っいのですが」

「痛みがあるのは生きている証拠だ」


 なるほど、そうとも言うかも知れない。


「気持ちが悪いだろうが最後の仕上げまでドレスはそのままでいろ。ああ、腹の詰め物は出していいぞ」


 そう。私とレオンハルト様は古典的な手法を使った。


 レオンハルト様の計画は私がジュリア様か、アベル様に刺されるふりをする。

 レオンハルト様の目的が婚約の解消だけならばそこまでする必要はないのでは? と、問えば「僕がしようとしている事はそれだけではない」と返された。

 仮にも刺されるのは私なのだから教えてくれても良いのに「余計な事は知らなくて良い」と続けられた。


「まあ⋯⋯君は僕がちゃんと死なせてあげるからパーティーでは死んだふりをしてもらうよ」


 そう言ったレオンハルト様は会場に着いて早々に食事コーナーでドレスの下に小ぶりな丸焼きに赤ワインソースとイチゴを仕込んだものをトレーを肌側に当てて私のお腹に縛り付けた。

 レオンハルト様から贈られたエンパイアドレスはこの為で、最初からレオンハルト様は私を使うつもりだったのだ。それだったら確かに私に拒否権はなかったわね。


「トレーだけでは刺した時に気付かれるだろう」


 そう言って丸焼きを差し出してきた笑顔は悪魔のようだった。

 まあ、おかげで衝撃はあったけれど刃先は肌まで達さなかったのだけれど。

 あー疲れた。でも⋯⋯なんだか面白かった。

 ジュリア様でもなく、アベル様でもない人に刺されるまさかの出来事は起きたけれど成功したと言える⋯⋯のかな。


 初めてだ。断罪パーティーが楽しかったのは。


「ほら、飲め。君のおかげで婚約解消できるし、不穏分子を炙り出せた」

「私がお役に立てたのなら」


 あれ?でも斬りつけられていたら意味がなかったのではないか⋯⋯。

 渡されたジュースを飲みながら浮かんだ考えを読んだレオンハルト様は呆れた表情で腰に下げた剣をちょいちょいと触った。


「君の言いたい事は分かる。斬りつけられたら守ってやったよ⋯⋯僕はそんなに冷酷じゃない」

「それは、身に余る光栄な事です」


 本当かなあ⋯⋯。


 大きな溜息を吐いた後、レオンハルト様が背中を伸ばしたり、屈伸して身体を解しているのを眺めていたらどうでも良くなった。素直にそう言う事にしておこう。


「あの、レオンハルト様。それで、私はこの後どう、処刑されるのでしょうか。やっぱり刺殺⋯⋯ですか? 私はレオンハルト様の秘密を知ってしまっているし、私が死ぬのは予定調和ですから」


 金色の瞳を大きく見開かれて言葉が上手く紡げない。

 レオンハルト様の計画に多少なりとも関わった私は邪魔になる頃だ。

 少し前まで「死」を受け入れていたのに私は「生きたい」と願ってしまっている。

 けれど「ヒロイン」は意地悪な令嬢と王子様に処刑される決まりだ。


「まだそんな事を言っているのか。そうだな。そろそろ時間だ。少しは休めたか?」

「えっ、はい。いつでも死ねます」

「ぷっ⋯⋯くっはっはっ!」


 答えがおかしかったのかレオンハルト様が大笑いしてしまった。

 笑いすぎてゲホゲホとむせた後、ワインを飲み干して振り向いた顔はさっきまでの粗暴さが消え、学園で見ていた優しくて穏やかな「王子様」の顔をしていた。


「アイリ。君は僕の秘密など一つも知らないだろう? 計画を手伝わせたが、僕が何をしようとしていたか、婚約解消までしか知らないはずだ。その先は教えていないからな」

「一体、何を、しようとしているのですか⋯⋯」

「教えない。いつかどこかで聞く事はあるだろうけど。現時点で僕が君を処刑する理由はない」

「では、どうやって私は死ぬのですか」


 レオンハルト様は窓辺に近づきカーテンを開けた。

 今夜は月が大きい。昼間までとは行かないが明るく青白い月明かりが部屋に差し込んだ。


「最終確認だ。アイリ。本当に「死ぬ」が良いのか?」

「はい」


 窓に人影が落ちた。ああ、レオンハルト様が手にかけるのではなく影の人が手を下すのか。


「アイリの身の上は調べてある。男爵家に引き取られてからの事もその前も。本当に未練はないか?」

「はい。男爵は私にとって男爵でしか有りません。虐げられてはいませんが⋯⋯出かける前に男爵はレオンハルト様の婚約者か側室になれと言っていましたから、それが無理だとなれば私は要らない存在になります」


 このまま家に帰っても私の居場所はない。


「わかった。望み通り「死」を与えよう」


 漸くこの世界の「ヒロイン」を終えられる。


──ノア。


 繰り返しの「生」の中で出来た、たった一人の友達。話が出来なくても良い、最後に姿を見たかったな⋯⋯。

 けれど、今ノアは隣国に居る。私が死んでしまった事を知らないでいられる。そしていつか私を忘れてくれる。

 泣きたくはないのにノアを想うと涙が溢れて止まらない。


 死にたくない。生きたい。


 窓が開けられた。

 いよいよ「ヒロイン」として、最後の役目を果たすんだ。


「アイリ」


 影が私の名前を呼んだ。それは優しくて、懐かしくて⋯⋯好きな人の声によく似ている。

 私は、はっとして顔を上げた。

 滲んだ影の輪郭が浮かんでまた滲む。

 そこには、会いたいと願い、忘れて欲しいと願った人が困り顔で手を差し出していた。


「アイリ。迎えに来たよ」

「──っ! ノ、ア⋯⋯ノア!」


 信じられなかった。何故ここにノアが居るのかそんな疑問よりノアに会えた事が嬉しくて私はノアに抱きついた。


「ちょっと、アイリ、ドレス汚れてるんだから」

「だって、どうして、なんで」

「レオンハルト様がね。力を貸してくれたんだ」

「レオンハルト様が⋯⋯」


 振り返ると、面白いものを見たと言わんばかりにレオンハルト様がニヤニヤと私達を眺めていた。

 急に恥ずかしくなってノアから離れたのも面白かったのか吹き出してまた、むせていた。


「ねえ、アイリ。僕は言ったよ「生きるために死ぬんだ」と」


 レオンハルト様はしてやったりとニヤリとする。


「あ⋯⋯そう言う⋯⋯事」


 ノアを見上げれば頷いてくれる。レオンハルト様を見れば「さっさと行け」と言うように手をヒラヒラと振られた。


 ノアに手を引かれバルコニーへ出ると月明かりに光る川が真下を流れていた。


「さあ、行くよ」


 私はノアに抱き抱えられバルコニーを飛び降りる。

 怖いけれど私はちゃんと見なければならない。そんな気がしてノアにしがみ付きながら、ノアに抱きしめられながら流れる景色と遠ざかる王宮をここの目に焼き付ける。



 こうして、この世界の「ヒロイン」も今まで通り「死」を迎えたのだった。

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