第4話 いつもと違う

「やあ。お帰り」


 王都の水路はノアと初めて会話した約束の場所。



 旅役者の一座が王都に来た日、芝居小屋を建てている彼らを私は眺めていた。剣や盾などの小道具、バルコニーや扉などの大道具。カツラや服などの衣装。それらを楽しそうだなとか、面白そうだなとか、どんなお芝居なんだろうかとか考えていたと思う。


 そして不意に視線があった少年がニカリと笑い親指で芝居小屋の後ろを指すのに私は何の躊躇もなく付いていった。


「はい、今回の公演のチケット。良かったら観に来て」

「えっ、いいわよ。チケット買うお金くらい⋯⋯あるから」


 嘘だった。男爵家に引き取られた私は自由にできるお金を持たされていない。

 男爵が私を引き取ったのも有力な上位貴族との繋がりを作るための駒としてだ。

 その為、生活に不自由はなく、ドレスもアクセサリーも何でも買ってもらえるが自分の欲しいものは何一つ持っていなかった。


「でも、どうして?」

「君が僕達を熱心に見つめていたから」


 これがノアとの出会い。

 繰り返す「ヒロイン」だと覚醒した直後だった私は一つだけの役割ではなく、役の上だとしても多様な「生」を生きるノア達が羨ましかったのだと思う。


 その日から私は朝の早い時間や夕方の公演前の僅かな時間にノアと色んなお喋りをしていた。



「ねえノア、話って何?」

「うん。僕達のここでの公演が終わるんだ」

「⋯⋯そう。いつ頃?」


 心臓がズキリと痛んだ。


「半月後。一ヶ月後には⋯⋯次の町、隣国へ移動するんだ」


 一ヶ月後。丁度新年祭だ。

 心臓の痛みが強くなった。締め付けられる痛みを我慢する。そう、これは決して悲しい痛みではない。


 私は「ヒロイン」。一ヶ月後には処刑される。


 良かった。ノアは私が処刑される前に王都を離れ、私の処刑を知らずに居られる。

 不本意な噂は流れるだろうけれど、それをノアが聞くのはまた王都に来る事があればの話だ。


「寂しくなるわね」

「この国へ⋯⋯多分何年かは来る事は無いと思うんだ。隣国の王室が僕達と数年単位でお抱え劇団の契約をしてくれてね。隣国は芸術に理解のある国なんだ」

「凄いじゃない! 本当、良かった⋯⋯っうん! よか、た⋯⋯」

「アイリ!?」


 ダメだった。涙を抑えられなかった。泣いた事なんて繰り返しの中では最初の頃だけだ。それも悲しくて泣いたのではなくて、嬉しくて泣いたわけでもなくて、ただ悔しさに泣いた。

 けれど、この涙は嬉しい涙だ。ノアが私を忘れて生きていけるのは素晴らしい事だから。


「手紙、書くよ」

「要らないわよ。手紙書く暇があるなら台詞の一つでも覚えなさいよ」

「うわっ手厳しい激励だ」


 笑うノアに私も笑顔を作る。


 手紙⋯⋯なんて書いてもらっても私に届く事はなく、私は返事を書くことも出来ない。

 寂しくはない。未練なんか残したら私は次の世界で「ヒロイン」を演じられなくなるもの。


「アイリ? やっぱり君、何か変だ」

「何も、変じゃないわよ。ノアには立派な役者に──」

「嘘。何があったの?」


 ノアの金色に射抜かれて私は、いつもとは違う「何か」を感じた。

 今までの世界では無かった。

 私の話を聞こうとしてくれる人は居なかった。


 ノアなら、ううん期待はしちゃダメだろう。ノアは次の国へ移動するのだから頭がおかしいと、ピンク頭の私を嫌ってくれればそれで良い。


「ノア、私の作った物語を聞いて?」


 芝居に使えるかな。私はそう切り出した。


 この日、私は生を繰り返す「ヒロイン」の話を初めて人に、ノアに話した。

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