第41話 執事の必須アイテムは秘密!


「私がこのお屋敷で直接かかわった人間は、奥様と日名ちゃんだけなのだ」


 見慣れた緑色のジャージに着替えたミドリは、おなじみの口調で滔々と語り始めた。


「最初はお友達の日名ちゃんから、おばあちゃんのところに遊びに行くと聞かされたに過ぎなかった。だが、私のことを聞いた奥様が、夏休みになったら連れていらっしゃいと言ったらしい。」


「つまり最初はただ、遊びに来ただけだったと?」


「そういうことだ。ところが最初の異変が起きた晩、私がほかの使用人に先だって消えた泊り客の行き先をあれこれ憶測したところ、執事の角舘さんからいたく感心されたのだ」


「ふうん。それで角舘さんが戻ってこられなくなったのを機に、家主さんから後をついでくれって頼まれたわけだ」


「そうだ。奥様が私を直々に指名した時、当然のように周囲の使用人は難色を示した。だが奥様が強く私を推し、なし崩しに執事となってしまったわけだ」


「それにしても……なんでまた『ミス・ビリジアン』なんて名前を名乗ってたんだい」


 僕が質すとミドリは一瞬、考え込むそぶりを見せた後「おかしいか?」と聞き返した。


「私がシュンスケを見たのは執事を拝命する前で、その時は仕事の邪魔をしないよう隠れていようと思ったのだ。だが執事になった以上、客の前に出ないわけにはいかない。それで奥様にも君にも気を遣わせない方法として、別の名を名乗ることにしたのだ」


「水臭いなあ。こっそり打ち明けてくれたっていいのに」


 僕が言うと、ミドリはまなじりを決して頭を振った。


「そういうわけにはいかない。君と私が知り合いだとわかれば、周りの見方も変わる。執事の仕事に差し支えるようなことがあれば、私を信用してくれた奥様に申し訳が立たない」


 服装こそいつものジャージ姿だが、ミドリの中には執事の名残が残っているのだろう。


「正直、この三日間おかしなことばかりで、誰か味方がいればなあってずっと思ってたよ」


「私は三日続けて客が消えた事より、奥様がそれに関して何も言わなかったことの方が不思議だった。奥様だけじゃなく、マーサ、都竹、安藤の三人もだ」


「ふうん。……あ、それと、『アライブ・リキッド』のテストを君に命じたのはいったい、誰なんだ?家主さんか?」


「それは……私にもわからない。実を言うと奥様が麓に降りた時、日名ちゃんも一緒に行ってしまったし執事を辞めるいいチャンスだと思ったのだ」


「じゃあなぜテスト役を務めたんだ」


「奥様が麓に降りられた後、奥様の代理人と名乗る人物から屋敷にファックスが届いたのだ。最初、私は断ろうと思ったのだが、奥様以外の人間から指示を受けたことが執事失格の口実になると思い、従ったのだ」


「じゃあ、君はテストの内容をよく知らずに命令に従ったというんだな?」


「そうだ。言われた時刻にリビングにきたら、すでに音声出力をオンにしたパソコンと『アライブ・リキッド』が用意されていた」


「あのサングラスは?いつの間に用意したんだい?」


「あれはここに来る少し前に『助珠』の大将からもらったものだ。色覚障害者がかけると色の識別ができるというハイテクサングラスで、何かの役に立つかもしれないと持ち歩いていたのだ」


「もし間違って赤い方を選んでいたら、どうなっていたろうな」


 僕が何気なく呟くと、ミドリはふいに硬い表情になって押し黙った。


「……もちろん、異変があれば救急車を呼んだと思う。そしてどうにもならないほど容体が悪ければ、私も赤い缶を飲むかもしれない」


「ミドリ……ここを出よう」


 僕は胸に沸き上がった思いを口にした。もうたくさんだ。


「いいのか?合宿はどうするのだ」


「そんなもの、どうでもいい。こうなってくると神谷先生も敵だか味方だかわかったものじゃない」


 僕の言葉には、多分に本音が含まれていた。なぜなら先ほどの『テスト』の声が、どことなく神谷先生のものに似ていたからだ。


「しかし、仕事は別として本当に今帰ってもいいのか?シュンスケ」


「何の話だい」


「明後日、ドラマのロケがあると聞いたのだが、見て行かなくてもいいのか?」


「雪江のことかい?……ああ、僕らは大人だし、互いの仕事を尊重している。内情も知らないくせに必要以上に関心を寄せるべきじゃない」


「そうか……ならいいのだが。麓にビジネスホテルがあるらしいから、必要なときはそこに泊まるといい」


「そうだな。もし君が雪江のロケを見たいっていうんなら、僕はそうしても構わないが」


「私が?ロケを?……そういう想像はしていなかった」


「君にはさっき命を助けられてるから、宿泊代は僕がもつよ。ただし」


「ただし何だ」


「僕の『娘』役を演じるのが嫌でなければの話だ」


 僕が冗談めかして負うと、一瞬、ミドリは虚を突かれたような表情になった。


「それは……嫌ではない。そのくらいの演技は私にだってできる。いいのか、本当に」


「もちろんさ。もしそうなったら、僕に本当の子供ができた時にこう言わなくちゃならない。「実は僕らには『ミドリ』っていう長女がいるんだ」ってね」


 僕が大真面目に言うと、ミドリは眉を寄せながら「相変わらず変わってるな」と言った。

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