第27話 しかばねの通り道は秘密!


 僕が『宵闇亭』に戻って夕食を終え、リビングでぼんやりしているとふいにドアが開き、泉が近づいてきた。


「秋津先生、なんだかお疲れのようね。どうだった?首尾は」


 僕は神社で宮司から仕入れた話を披露し、「そっちはどうです?」と逆に問いを返した。


「せっかく町外れまで足を運んだのに、ほぼ空振りだったわ。知ってる話ばかりよ。……でも、代わりにちょっとしたゴシップを仕入れてきたわ」


「何です?」


「住宅街のたい焼き屋さんが、神妙寺雪江と正木亮らしき二人組の話をしてくれたの。なんだかお忍び風で、仲良く店の前でたい焼きを頬張っていたって」


「ふうん」


 聞くほどに胸が苦しくなるような話だったが、僕はあえて気のない返事をした。


「……でね、正木亮がこんなことを言っていたらしいわ「じゃあ、神妙寺さんがオフの日にでも」って。これって、どういう意味かしら」


「さあね。出演者たちが集まって何かをするってことじゃないの」


 僕は当たり障りのない憶測を口にした。もうこのくらいで勘弁してくれないだろうか。


「収穫はいまいちだったけど、色んな話を聞いたことでイメージが涌いてきた気がするわ。こんな話はどう?都会からやってきた男が田舎の娘と恋に落ち、娘の幼馴染が神楽を舞いながら恋心を告白する。娘はあっさりと断り、絶望した幼馴染は娘を殺そうとする。でも企みを見抜いた都会の男に毒を盛られ、『生けるしかばね』となって夜な夜な娘を探し歩く」


 どうかしらと感想を問われ、僕は一言「悪趣味ですよ、それ」と眉を顰めながら言った。


「そうかしら。……とにかく試しに書いてみるわ。出来上がったらまた感想を聞かせて」


 泉はそう言うと、自分の部屋へと引き返していった。泉が消えてしばらくすると、今度はみづきが疲れたような表情でリビングに姿を現した。


「どうだった?下界の様子は」


「芸能人とニアミスしたぐらいで、びっくりするような話は出てこなかったよ」


 僕が冗談めかして言うと、みづきはうつろな表情のまま「そっか」と無感動に返した。


「でも、村長さんの息子という人の事が少しだけわかったよ。居場所はいまだに不明らしいけど」


 僕がピザ屋の店主から仕入れた話をかいつまんで聞かせると、みづきは「それってさ、西方先生が言ってた『闇色のめざめ』と重ならない?」と言った。


「そうかな?」


「山奥に住む男と村娘、そして恋敵の三角関係。一方が毒を盛られて『生けるしかばね』となる部分が似てるわ。現実に誰が『生けるしかばね』になったかまではわからないけど」


「たしか『闇色のめざめ』の続編の『虹色のまどろみ』は、しかばねになった方が恋敵に復讐する話だ。復讐者が『第七の作家』だとすると、恋敵は神谷先生ってことになるな」


「かならずしも小説と実際の出来事が同じとは限らないわ。……ねえ、明日もう一度、畑の向こうの小屋に行ってみない?」


「うーん、好奇心に任せて余計な事に首を突っ込むのは、そろそろ控えた方がいいと僕は思うけどね」


 僕が軽く窘めると、みづきは「そうかしら。私はそうは思わないわ」と口を尖らせた。


「まあ、気が向いたらつき合うよ。……今夜はのんびりしようぜ」


 僕がそう言ってソファーから腰を浮かせかけた、その時だった。屋敷のどこかはわからないが、大きな物音が壁越しに伝わってきた。


「なんだろう」


「宿泊棟のほうじゃないかしら。行ってみましょう」


 僕とみづきは顔を見あわせて頷くと、宿泊棟に続く奥のドアへと向かった。


 廊下に飛びだした僕らが目にしたのは、エレベーターの前でへたりこんでいる泉の姿だった。


「どうしたんです?」


 僕が問うと、泉は「……しかばねが」と歯を鳴らしながら呟き、目線を上に動かした。


「しかばねだって?……二階か、行ってみよう。悪いけど平坂先生を頼む」


 僕はみづきと泉をその場に残すと、階段を駆け上がった。二階に到着し、廊下に足を踏み出すとエレベーターの方で鉄柵が開く音がした。


「誰だ?」


 エレベーターホールに目を向けると、男性らしき人影が動きを止めてこちらを見た。


「……あっ」


 伸び放題の髪からのぞく風貌を見た瞬間、僕はそう叫んでその場に固まった。


 ――あの人は……


 僕がひるんだ瞬間、人影は身を翻して廊下の奥へと駆けだした。


「まてっ」


 後を追おうと足を踏みだした僕は、ふいに生じた予想外の出来事に動きを封じられた。


「きゃあっ」


 人影が家主の部屋の前で止まった直後、ドアを開けてマーサが姿を現したのだった。


「マーサさん、部屋に戻って」


 僕が叫ぶより早く人影はマーサを抱きすくめ、「おおっ」と狂おしい雄たけびを上げた。


 どうしよう、なんとかして安全な方法で彼女を救出しなければ……


 怯え切った表情のマーサを前に、僕が懸命に頭を働かせようとした、その時だった。


「ぐあっ」


 当然、人影が叫んだかと思うと、目と鼻のあたりを手で覆った。マーサに目を向けると、人影に戒められている手の中に、いつの間にか小さなスプレーのボトルが握られていた。


 人影が呻きながら後ずさり、再びエレベーターの中に身を躍らせると、僕はドアの前で震えているマーサに駆け寄った。


「大丈夫ですか?」


 僕が呼びかけると、マーサは頷いて「私は大丈夫です」と震える声で答えた。


「あれは一体、何者なんです?マーサさんには心当たりがあるんですか?」


 僕が尋ねると、マーサは唇を引き結んだまま目を伏せ、押し黙った。


「とにかく部屋に戻っていてください、僕は下の様子を見てきます」


 そう言って僕がマーサを室内へと促そうとした、その時だった。階下の方から女性の物と思しき悲鳴が聞こえてきた。


「――しまったっ」


 僕は元来た方向に引き返すと、階段をわき目も振らず一気に駆けおりた。

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