第11話 復讐者の正体は、秘密!


 僕とみづきがリビングに顔を出すと、数名の作家たちが夕食前のひとときを思い思いに過ごしていた。弓彦と草野は仕入れた情報の交換でもしているのか、リビングの隅で難しい顔をして何やら話し込んでいた。


 僕らがソファーに近づくと、端の方で雑誌らしき物に見入っていた西方が顔を上げ「やあ、お帰りなさい」と相好を崩した。


「なんだかお疲れのようですね。外の散歩はいかがでした?」


 僕は近くの椅子に腰を据えると「いやあ、敷地の中だけでもと思ったんですが、思いのほか広くて参りました」と返した。


「そうですか。作家という商売のせいか、ほかの方たちも落ち着いていられなかったようですね」


 そういうと西方は手にしていた雑誌をぱたんと閉じた。何気なく表紙に目をやった僕は、思わず「西方さん、その雑誌は?」と尋ねていた。


「ああ、これですか。ちょっと古いですが『まちかどメルヘン』のバックナンバーです」


 やはり、と僕は思った。表紙に見覚えがあったのは、僕の部屋にも同じものがあるからだった。


「神谷先生が担当されている投稿コーナー『まちかどショートファンタジー』の受賞作に、興味深い作品があるので時々、読み返しているんです」


「興味深い作品?」


「ええ。『虹色のまどろみ』という作品なんですが、作者の新井部巡という人物を僕は勝手に『第七の作家』と呼んでいるんです」


 西方の言葉にいちはやく反応を見せたのはみづきだった。


「第七の作家……それ、少し前に神楽先生も口にしていたわ。どういう意味なんです?」


「うーん、話してもいいんですが、おかしな話だと思われないかなあ」


 西方が言葉を濁したのを機に、僕は思い切って口を挟んだ。


「実は僕も同じ号を持っています。きっかけはワークショップですよね?」


 僕の言葉に今度は西方が目を見開く番だった。


「そうです、では秋津先生も気づいていたんですね。謎の覆面作家がいるということに」


「おそらく神谷先生も『虹色のまどろみ』の作者が『第七の作家』と気づいたに違いありません」


「ちょっと、どういうこと?説明してよ」


 みづきはそう言うと、勿体をつけるなという目で僕と西方を見た。


「君も参加していたかもしれないが、二年前、神谷先生が主宰した『小説の実践』というワークショップがあって、僕や神楽先生、西方先生が参加していたんだ。

 プロの参加は全部で六名。ワークショップの最後には一人一作、ショートストーリーを提出することになっていた。冒頭にあらすじを添えてね。

 僕は一番前の席で後ろから集められた課題を束ねていた。その時、たまたま手から滑り落ちた一枚が、見たことのない名前だったんだ」


「私は秋津先生の後ろの席で、やはり見覚えのない名前が見えて「あれっ」と思いました」


「たしか『彼岸崎渡』とかいう名前で、作品名は『闇色のめざめ』だったと思う」


「たしかに雑誌に掲載された作品と、タイトルが何となく似てるわね」


「内容は山奥に住む青年が不老不死の薬となる花を見つけるが、恋敵に同じ花を使ってこしらえた毒を飲まされ『生けるしかばね』と化す。

 月日が経ち、青年の恋人は、恋敵の妻となっていた。そんな時、しかばねとなったかつての恋人からの手紙を読み、さまよい続ける恋人を探す旅に出るという物語だ」


「短時間で書いたとは思えない話ね」


「本来ならワークショップの時間内に神谷先生が一人づつ、講評をつけてくれるはずだった。ところが時間が押してしまい、白板に課題のタイトルと作者を書いてあらすじを述べるだけになってしまったんだ。

 僕らは一人一言、作品にこめた思いをコメントしたんだが、その時、『闇色のめざめ』を書いた当事者が名乗り出なかったんだ」


「そういえば、そんなことがあった気がするわ。それが『第七の作家』というわけね」


「雑誌でこの『虹色のまどろみ』を読んだ時、僕ははっとした。なぜなら内容が『生きるしかばね』である主人公が、『しかばね』から元の状態に甦ってかつての恋敵に復讐を誓うという話だったからだ」


 僕が『まちかどメルヘン』の表紙に目をやりながら言うと、西方が頷いた。


「私も同じことを思いました。神谷先生も同じことを感じ、名前は違うがあえてこの作品を選んだのではないでしょうか。つまりこの作品は神谷先生に向けたメッセージで、雑誌に掲載することで作者に『あなたのメッセージを受け取りました』という意思表示をしたのではないでしょうか」


「えっ、どういうこと?そのお話の作者が『生けるしかばね』で、神谷先生が『恋敵』ってこと?だとすれば、私たち六人の中に神谷先生の『恋敵』がいることになるわ」


「そう。つまり一度は『しかばね』状態にあった『恋敵』が自分への復讐を誓っていると知った神谷先生が先手を打って、可能性のある六人をここに誘い出したと考えられる」


「そんなのおかしいわ。だってかつての『恋敵』なら顔も名前もわかっているはず。わざわざ合宿形式にして招待しなくても、会えば一発でわかりそうなものじゃない」


「その通り。話を戻すと、もし『第七の作家』が本当に神谷先生のかつての『恋敵』だったのなら、そもそも最初のワークショップの時に気づくはずだ。それが気づかなかったということは……」


「名前だけじゃなく、姿かたちも変えていた?……確かに恋人を奪われ、『生けるしかばね』にされたのなら、そのくらいのことはしてもおかしくないけど……でも私たちの中にそんな人がいるなんて信じられないわ」


「そう考えると今回の合宿は、神谷先生と謎の覆面作家の戦いとも言える。一方は自分を狙う復讐者を誘い出し、先手を打って何らかの罠をしかける。もう一方はわざと誘いに乗った振りをして罠をすり抜け、正体を悟られずに復讐を果たそうとする……てわけだ」


「僕は今回のコンペで覆面作家が提出するであろう短編は、『虹色のまどろみ』の続編になると思う。つまり主人公がかつての『恋敵』に見事、復讐を果たす話なんじゃないかな」


「つまりシナリオの提出は「書ける物なら書いてみろ」っていうメッセージってこと?」


「そう言う風にも取れるって事さ」


 僕らの会話になんともいえぬ不穏な空気が漂い始めた、その直後だった。玄関側のドアが開いて平坂泉が姿を現した。


「あらまあみなさん、お揃いで。――そこのお二人さん、こんな隅っこで怖い顔をつき合わせて、いい男がもったいないわ。私もお仲間に入れてくださらない?」


「いや、それは……」


「ああ、そういうこと。ようするに秘密の相談ってわけね。わかったわ。……あっそうだ、神楽先生、ちょっとつき合って下さらない?昼間、お花畑で写真を撮ったんだけど、どれをブログに使うかで悩んでるの」


 泉が弓彦の手を引いてリビングを去ろうとした、その時だった。リビングの隅にある黒電話がけたたましく鳴り始め、僕らは顔を見あわせ「どうする?」と目線を交わしあった。


 電話を取るべきか判断しかねて僕らが躊躇していると、突然、奥のドアが開いて人影が姿を現した。現れたのは玄関の前で見た安藤という医者だった。安藤は慣れた手つきで電話を取ると、電話の相手とやり取りを交わし始めた。


「安藤です。……なんですって?……わかりました、伝えておきます」


 通話を追えた安藤は受話器を置くと、僕らの方に向き直って「みなさん、急に見慣れぬ人間が飛び込んできて驚かれたでしょう。私はここの主の主治医で安藤と申します。お寛ぎのところ、お騒がせいたしました。……ではまた、夕食時に」


 安藤はそう言い置くと現れた時と同様、険しい表情のまま奥のドアから去っていった。

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