第3話


Cap002


 あれから2週間が経った。と言うと、ある種の人は、軽快に軽率に時間だけを悪戯に経過させて物語を進めていると感じるかもしれない。けれど、それは否。全くもって勘違いなのである。

 それを証拠に、僕の右手には、ほんの数分前に受領された振込用紙が握られている。この紙切れ1枚。数万円の債務を記した振込用紙の為に2週間という日々は、労働という形で僕に重くのしかかり、朝はピザ屋のポスティング。昼は交通量調査。夜は、はたまた警備員と、目紛しいまでに僕の姿を変え、足早に過ぎて行った。


 こうして長い春休みを終えた僕は、久方ぶりにやってきた大学の正門の前に立っている。


 通い慣れたキャンパスの、この正門で僕が立ち止まるには理由がある。というのも、大学というのは、通っている人間には当たり前の事が、ただ偶然、用事があって訪れた部外者には冷徹な程に不親切である。

 いや、不親切と言うよりも、むしろ無防備と言った方がよいのかもしれない。


 というのも、今しがた正門と言った、この門自体、正門かどうか不確かなのである。門は、この敷地に複数あり、そして、それらの門をくぐらなくとも大学の敷地には入る事が容易である。オープンキャンパスとかいう言葉があるが、ここは寧ろ、オープンしっぱなしなのである。


 話を戻そう。


 何が、不親切かという話。

その大学敷地内に所狭しと建てられた建築物には、それぞれ番号が与えられている。

1号館、2号館。厚生棟は、6号館。食堂は3つ有り、6号館の地下、9号館、体育館の後ろに構えている。この配列は建てた順に名付けられたものだから、どこに何があるかは、そこで授業を受けている学生か講師か職員関係者しか分からない。


 なまじ間違えて、通りすがりの学生に

「図書館は何処ですか?」

などと聞いた時には、

「3号館の横です」

と答えられ、次に3号館の位置を尋ねる事になる。そして、勿論だが3号館が4号館の横に建てられている保証は何も無い。実際、3号館は11号館の斜め向かいに建てられている。


 そんなこんなで、この迷宮に入る部外者には地図が欠かせない。

地図は、正門の横にあって、何号館が何処に配されているかを記している。

ただ、問題なのは何が何号館にあるかまでは教えてくれないツンデレな性格を擁している事にある。それを、僕はマジマジと眺めていた。部外者でもない、この僕が、どうにも見当がつかない顔で探すのは、次のゼミの授業の教室だった。教室というと語弊がある。

 年始に貰ったガイダンスには研究室とある。


 僕は携帯をポケットから取り出し、時間を確認した。

もう、いい加減、限界の所にある。これ以上、自分で探索していると初回から遅刻する羽目になる。僕は、門の側の警備員が詰める小屋に行き、場所を尋ねることにした。ガイダンスの冊子を年老いた、まるで、ここで100年生きているような、警備とは程遠い置物と化したその老人は、僕の差し出したガイダンスに目を凝らした。そして、食べかけのカップラーメンの箸を置き、ゆっくりと立ち上がると、その棲家から出て、地図の裏手に回り込んだ。

「ここよ、ここ」

 僕は、老人の指差す位置に誘われる様に、地図の裏側に回り込む。


 表があるものには、必ず裏がある。世の中は、そう決まっている。

 地図の裏側には、明らかにマジックで手書きされた道が続き、道の先に描かれた四角形には吹き出しで、『10号棟別館』と書かれていた。

「あんた。これ、遠いよ。歩いて行くの?」


「自転車ありますか?」

「はい、鍵。…ワシなら、タクシー拾うけど」


 どうも、遅刻は確定のようである。

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