第5話 魔族

 半日以上歩いて気づいたのだが、まったく疲れないし、まったく腹も減らない。

 半分魔族の身体のせいなのか、ここは夢の世界で現実ではないからなのか、俺には分からなかった。


 それでも夜になると眠くなってきた。


 今までの人生、野宿をしたことはないし、キャンプの経験もない。

 星明りも届かない真っ暗な山の中で、心細くて仕方ないはずなのだが、何故か俺は何とも感じなかった。おそらくゲーム感覚で現実味がないからだろう。


 俺はとくに火を起こすようなこともせず、何もないところに寝転がり寝ることにした。

 元の世界でも寝つきがいい方だと思うが、ここでも俺はあっさりと眠りについた。



 翌朝、朝日を感じ目が覚めた。

 起きたら元の世界に戻っているんじゃないかと期待していたが、ハーフ魔族の身体のままであることも確認した。


 まだ異世界のままなのね……。

 こっちだと時計がないから、何時なのかまったく分からないな。まだ朝だとは思うけど。


 俺は太陽がまだ低い位置なのを確かめながら、そう言った。

 これが時間に縛られない自然な生活なのかもしれないが、なんだかスマホやテレビが恋しい。


 俺は起き上がり、グッと身体を伸ばしながら周りを見ていると、木に果物がなっているのを見つけた。

 相変わらず空腹感があるわけではないが、食べたいと思う感情は芽生えた。


 食べてみるか。


 その実をむしってみると、もちろん知らない果物だったが、美味しそうに思えた。

 リンゴほどの大きさの果物を、俺はマスカットでも食べるかのように一口で口に入れた。


 うまい!!


 家で食べてきた果物より格段に美味しかった。新鮮な果物とはこういうものなのかもしれない。

 それにしても、こんな身体で普通に味覚を感じることが、不思議に思えた。


 俺は二十個ほどその実を食べると、まだまだ食べられそうだが、切り上げることにした。


 空腹を感じないみたいに、満腹も感じないみたいだな。


 お腹を触ると、食べる前とまったく変わらず引き締まっている。

 ここ数年でぶよぶよとしてきた、自分のお腹が少し懐かしい。


 ま、とりあえず進むか。


 気持ちを切り替え、地図を開いて位置を確認した。

 青い点の場所まで、四分の三ほど来ている。この調子で行けば、あと二、三時間ってとこだ。


 地図を見る限り、青い点がある場所は、ここよりさらに山奥の位置にある。

 青い点は一つしか見当たらないので、一人暮らしだろう。


 世捨て人のような老人が、人里離れてひっそりと生きているのかもしれないと思ったが、ファンタジーのようなこの世界なら、伝説の賢者なんかもありえそうだ。


 となると、昔魔王を倒した勇者パーティの、元メンバーってとこか。


 俺は想像を膨らませてみた。

 しかしそうなると、ハーフ魔族の自分は退治される側かもしれない。

 なんか嫌な感じだ。


 考えても進まない。俺は青い点へ向かうことにした。



 近くまで来ると、思っていた以上に山深い地域だった。

 樹木は密集し、背も高い。方向感覚も失われ、地図がなければ遭難してもおかしくない。


 住んでるのは普通の人間じゃなさそうだな。


 俺は地図上の青い点を見ながらそう思った。

 すると、青い点が急に動き出した。物凄い速度でこちらに向かってきているようだ。


 なんて素早い老人なんだ。

 まさか本当にこれは賢者で、魔法で飛んできているとか。


 俺の考えは、まったく間違っていた。

 空から降りてきたのは魔族だった。


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 名前 コーバス

 レベル 32

 種族 中級魔族

 HP  735/735

 MP  724/724

 攻撃力 605

 防御力 520

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「てめえ、人間の臭いをさせながら魔族エリアに入ってくるんじゃねえ!」

 魔族は俺の目の前に降り立った。

 ここは魔族エリアで間違いなさそうだ。


 目の前にいる魔族は、肌は紫色で瞳の色は燃えるように紅い。

 つのも羽も尾もあるが、黒い服を着ていて、手には剣を持っている。

 

 確かにどう見ても魔族なのだが、残念ながら俺より人間っぽい外見だ。

 どうやらこの世界の魔族は、俺が思っていたような外見ではないらしい。

 ちなみに俺は、黒い水着のような下着を履いているだけで、あとは裸だ。


「見た目は化け物みたいな姿のくせに、人間の臭いをプンプンさせてやがる。てめえが何者か知らねえが、魔族エリアから出ていきやがれ!」


 その魔族は、俺にかなり嫌悪感を抱いているようだ。

 そういえば最初に漫画を描こうと考えたとき、人間にも魔族にも嫌われているって設定にしたのを思い出した。


「す、すいません。ハーフ魔族なんで、人間の臭いがするのかもしれないです」


「ハーフ魔族だって!? そんなの聞いたことねえぞ!」


 魔族は俺のことをじっと観察すると、

「ホントだ。人間と魔族、両方の臭いがしやがる。どうなってんだ?」

 と言って一歩下がった。


 ハーフ魔族という言葉は信じてもらえたようだ。


「良かった。信じてもらえたんですね」

 俺は笑顔で前へ出ようとすると、


「動くなぁっ!」

 魔族は大声を上げ、剣をこちらに向けた。


 思わず両手を上げ、降参の姿勢になった。

 なんだか昨日と同じシチュエーションだ。


「ハーフ魔族だったとしても、魔族エリアで人間の臭いを巻き散らすのは許さねえ。さっさとここから立ち去れ!!」


 魔族だけあって、昨日の騎士より迫力がある。


「そ、そんなこと言われても、人間エリアからも追い出されまして」


「あ? てめえみたいな奴は、中立エリアに行くしかねえだろうが!」


「中立エリア?」


「知らねえのか? まさか南に行った大森林が中立エリアだってこともか?」


 お、ナイス情報だ!


「南に行った大森林ですね! ありがとうございます!」

 俺は礼を言うと、すぐに南に向かうことにした。


「え? おい。いや、去ってくれるなら別にいいんだが……」


 魔族が何か言いたそうだったが、俺は気にせず南へ進んだ。

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