なんとなく勇者と聖剣

なんとなく勇者と聖剣・1

 街中がこれでもかというほどのぽかぽか陽気にひたっている昼下がり。

 宿屋『サラマンダー』のいつもの席で遅い昼食をとっていた俺は、店に入ってくる珍しい客に驚いた。


「カルスト? 珍しいな。仕事はいいのか?」

「ああ、今日は仕事にあぶれた」


 カルストだった。カラスのように黒々とした格好で、見てるだけでこっちまで暑くなってくる。

 肩から下げた袋から、何やら緑色のツルがはみでてうにょうにょ動いている。


「お前、植物市行ってただろ……その袋こっちに近づけるなよ」

「害はない。ちょっとさびしがり屋さんでともだちを探しているだけだ」

「友達という名の獲物を求めてるだろ、それ」


 カルストは普段は所属している盗賊ギルドからの仕事をやっている。具体的に言うと宝箱の鍵解除、などだ。

 その近くの宿で寝泊まりしているため、俺の常宿である『サラマンダー』に日中来ることは少ない。

 そしてこいつは、植物……特に毒のある植物のマニアで、金欠のくせに珍しい植物を買いあさってさらに金欠になるという悪癖がある。

 カルストは無表情のまま、まだ俺が手をつけていないスープを勝手に取って、代わりにテーブルに何かを置いた。


 それは、剣だった。

 立派な鞘におさめられていて、装飾は細かくて見事だが、全体的に随分と古びた印象を受ける。


「……武器市にも行ってきたのか?」


 ミートパスタを食べる手を止めて、俺は呆れた声を出してしまう。

 ここ、フェスの街では、武器市や防具市、魔法市など市と名の付く行事がしょっちゅうある。さすが冒険者の町というべきか。

 そういえば今日は植物市と、武器市が同時開催だったはずだ。


 ところがカルストは、表情を変えないまま、予想外の事を言ってきた。


「買ってない。押し付けられた」

「はぁ?」

「市帰りに路地裏を歩いていたら、武器商人らしい男が走ってきた。おれにこの剣を押し付けて『頼むからもらってくれ』と泣き顔で言ってきて、大急ぎでどこか行った。タダより高いものはないというから有り難く頂戴した」

「怪しすぎ!? 絶対危ないだろ、それ!」

「おれも見たことの無い剣だから、バルツに軽く鑑定してもらおうと思って来た」


 俺のツッコミをさらりと受け流して、カルストはそう締めくくった。


「もし触れるだけで呪われるとかいう古代魔法でもかかってたらどうするつもりだよ……」

「ニコに全身全霊で清めてもらったら何とかなるだろう」

「お前いつか呪い殺されても文句言えないぞソレ。どうせ金も払えないだろうし」

「それでバルツはいるのか」


 基本的に、この黒衣の無表情暗殺者は、どうでもいいと思った他人の話は無視するらしい。俺の善意によるツッコミがもったいない、ツッコミもエネルギーが要るんだぞ。


「ここにいるよ」


 そんなに広くない店内に客は俺達だけ。奥のカウンター裏から声がして、イスを引く音がする。

 現れたのはこの店の主人、獣人族のバルツ。獣人とは二足歩行する狼のような、人に近い魔物の種族だ。

 くたびれたワイシャツにベスト、ズボンという姿、小さな眼鏡をかけた顔は灰色の毛並みの狼そのもの。


「話は聞こえてたよ。今ちょうど暇だし、見てやろうか」

「ああ。助かる」


 実はバルツは昔、冒険者として数々の難関ダンジョンに挑んだ伝説のある、まさに俺たちの大先輩なのである。

 今でこそ宿を運営しつつ、家族とのんびり暮らしているが、冒険の経験では現役の冒険者よりずっと上だ。

 という訳で、この宿には今のカルストのように、情報を得るためやってくる客が少なくない。特にこういうランチの時間帯は多いな。


「ふーん……これは珍しいものを持ってきたなぁ。とりあえず呪われてはなさそうだけど」


 バルツは剣を取り、隅々まで調べる。ここで呪われてるとか言ったら俺はカルストを置いて即逃げ出すつもりだった。


「それで……わかるのか? 呪いの他に変な魔法はかかってないな?」

「……うーん。すまないね、これは年代も製造場所も、ちょっと見た事が無いなあ……。でも、」


 と、バルツは剣の柄を指した。柄は、妙な模様や宝石で装飾されている。俺が見ても『手が込んでる飾りだなあ』ぐらいしか感想が出てこない。


「これは『勇者』を示す印だ。近隣の発掘品で見た事がある。それに、何か、まだ隠されている能力がある気がするな」


 バルツはそう言って剣をそっと置いた。


「ってことは……斬ったものを呪い殺すとかそういう機能か?」

「君はいい加減に呪いから離れないのかい?」

「もっと具体的に、わからないか」 黙って話を聞いていたカルストが口をはさむ。

「多分、私よりも魔法歴史学の専門家にでも聞くべきだと思うよ。それぐらい古そうだし、もしかするとかなりの宝かもしれないよ」

「なるほど。なら次はアイツで決まりだな。ニコにコネで専門家を探してもらおう」


 ニコとは、本名ニコライ。俺の冒険仲間の一人だ。

 エルフ族で、本業は聖職者をやりつつ、研究施設でも働いている知識豊富な奴だ。

 学者とかとの人脈は広いはずだから、何かしら手がかりを知っているはずだ。


「カルスト、ニコんとこに行こう。って、アイツ今仕事中かな」


 俺が昼飯の勘定をテーブルに置き、そして宿を出ようと椅子を立った瞬間だった。



「貴様らか!! 俺の聖剣を奪った不届き者はッ!!」



 突然、凛と響き渡る、男の声。


 振り返ると、一人の男が、入り口に仁王立ちしていた。

 俺たちと同じか少し年上くらいだろうか。

 冒険者のような服装をしているが、高価そうな作りの服をきっちりと着込んでいて、まるで軍隊の正装みたいに見える。

 腰には二振りの剣。そして、なびかせているマントだけが、服に合わない馬鹿みたいに派手な深紅だった。

 

 現れた謎の男が、鋭い目で俺達を睨みつける。


「……誰? 何!? えっ、それ人違いだろ!」

「言い訳無用っ! 覚悟!」


 なんと男は既に抜刀していた。しかも二刀流だ!

 事態についていけない俺達へ猛然と突撃してくる!


 とりあえず俺は一目散に逃げ出して、カルストはというと剣をひっつかみその場を飛びすさった。


 ズバン!


 俺達の占領していたテーブルが、綺麗に3つに分断されて転がった。

 太刀筋が……見えなかった。何だ、この剣術は!?


「まっ、待て待て話を聞けって! 話せばわかる! 人間わかりあえる!」

「悪の輩にする話など無いわ! 剣を返さんか!」


 謎の血気盛んな男は、カルストが例の剣を抱えているのに気づくと、軽やかな跳躍でカルストへ挑みかかる。

 一方、本職暗殺者(仮)のカルストも負けてはいない。

 提げた袋を男めがけて放ると、中からうにょうにょの植物のツルが一気に男めがけて伸びた。


「何!?」


 男が剣を振るい、一瞬のうちにツルを叩ききる。

 ほんの短い足止めだったが、俺達には十分だった。

 カルストは剣を携えたまま出口へ突撃。


「いけるか」「仕方ねえな!」


 短いやり取り。俺もすでに走り出していて、一緒に宿を飛び出す。


「待て、逃げるとは卑劣な……許せん!!」


 怒りに満ちた男の声が後ろで聞こえ、そして俺たちを追いかけてくる。


「レイン、飯代と修理費はー?」

「後で!」


 バルツの声が聞こえた気がしたので、とりあえずそう叫んでおいた。

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