第14話 デートのお誘い

 恋人役のプロとして、最後まで仕事をやり遂げる。そう、自分に宣言をした五日後——。

 ヴェサリス執事から、新たなる恋愛マニュアルを与えられた。



【恋愛マニュアルその三。アルオニア様とデート。更に距離をちぢめちゃおう💗】



「これって……マニュアルっていうか、単なる指示なんじゃ……」


 わたしのぼやきに、オルランジェは明るい笑い声をあげた。


「うふふっ、そうなの? 気がつかなかったわ。でもねリルエちゃん、大丈夫よ。最近のアル様、物思いに耽っていることが多いの。リルエちゃんのことを考えているに違いないわ」

「なにが大丈夫なのか、わからないのですが……」

「お忍びデートだから、目立たないよう護衛の人数は最小限にしたい。そういうわけで、観劇がいいんじゃないかと思うんだ。リルエちゃんは劇に興味がある?」


 マッコンエルに質問され、わたしは「ま、まぁ、興味がないわけではないです……」と曖昧な返答をした。

 劇なんて一度も見たことがない。


「よしっ、観劇デートで決まり!! 護衛は俺に任せて。離れたところからしっかり見張っている。誰にもデートを邪魔させない!」

「ええと……いつ、デートをするのですか?」

「二人で相談して、都合の合う日を決めなよ」


 マッコンエがさらりと放った発言に、わたしは悲鳴をあげた。


「わ、わたしがアルオニア様と相談して決めるのですか⁉︎」

「だって、彼氏と彼女だろう? デートする日を決めるのは自然なことだよ」

「うふふ、第三者が口を挟むのは野暮ってものよ。デートの相談をするなんて、遠い昔を思いだすわぁ。リルエちゃん、頑張ってねぇ」


 黙って見ているヴェサリスに、助けの目を向ける。するとヴェリサスは、朗らかに笑った。


「アルオニア様にはデートのことは話しておりません。ぜひ、リルエさんの方からデートにお誘いください。その方が、アルオニア様が喜ばれるでしょう」


 三人揃って、放任主義なんだから!!

 わたしには恋愛経験もなければ、言葉巧みに誘う技術もない。それなのに、アルオニア王子をデートに誘うなんてハードルが高すぎる!



 ◆◆◆



 王子の部屋に向かう足取りが重い。


「アルオニア王子が見かけほど冷たい人ではないって、わかっている。でも、だからってデートに誘うなんて……。どんな反応をするのか、考えると怖いよ」


 不安が鎌首をもたげて、嫌な想像をかきたてる。

 たとえば、「彼女ヅラされても、困る。ただの契約なんだから、本気にしないでよ」と鼻で笑われたり。

 または「君とデート? つまらなそう。行きたくない」ときっぱりと拒絶されたり。

 胃の辺りがキュッとして、足取りが自然と重くなる。

 それでもわたしは、ドアの前で時間を浪費することなく、すんなりとノックすることができた。

 開いたドアから、ジュニーとトビンの元気な声が飛び込んでくる。

 アルオニア王子が我が家に来た日。ジュニーとトビンに勉強を教えると言ってくれたが、それはその場限りの口約束ではなかった。王子は二人を屋敷に招いて、文字の読み書きから教えてくれている。

 わたしの姿を認めたジュニーとトビンが駆け寄ってきた。


「あたしたちね、勉強頑張っているよ!」

「お兄ちゃん、教えるのがすごく上手だよ!」

「お兄ちゃんって……その呼び方はちょっと……」


 相手は、大国エルニシアの第二王子なのだ。気軽に、お兄ちゃんと呼んでいい存在ではない。

 呼び方を改めるようトビンに注意すると、王子がやんわりと口を挟んだ。


「いいんだ。僕が、そう呼ばれたい。ジュニー、トビン。お兄ちゃんって呼んでいいよ」

「本当に? でもお姉ちゃんは、アルオニア様って呼べって……」

「僕には兄が一人いる。けれど、本当は妹と弟が欲しかった。お兄ちゃんって呼ばれてみたいって、ずっと思っていた。その夢を、ジュニーとトビンが叶えてくれる?」


 二人は声を揃えて、「お兄ちゃん!」と呼んだ。その笑顔はキラキラしていて、王子を心から慕っているのが伝わってくる。

 わたしは王子の好意に甘えることにして、礼を述べたのだった。



 その後ジュニーとトビンは、一足先に食堂に向かった。

 机の片付けをしている王子の背中に、詫びを入れる。


「夕食まで用意してくださって、すみません。迷惑をおかけして、申し訳ないです」

「別に僕が夕食を作るわけじゃない。なにも迷惑ではない」


 片付けが終わって、部屋から出ようとする王子。デートに誘うのは今しかないと、わたしはなけなしの勇気を振り絞った。

 

「あ、ああああ、あああのあの、わたしと、おおおお、おでかけしませんか⁉︎」


 緊張しすぎ。吃りすぎ。声が裏返りすぎ。

 変な汗をかいているわたしを、王子はポカンとした顔で見つめ、それから大笑いした。


「リルエ、どうしたの? 僕と、どこに出かけたいって?」

「あ、えぇと、ば、ばしょなんですけれど、観劇はどうでしょう⁉︎」

「観劇?」

「はいっ! つまりこれって、その……デートのお誘いですっ!!」


 野となれ山となれの気分。わたしはデートに誘ったのだから、王子が断ったのはわたしの責任ではありません。という、ヴェサリスたちへの言い訳が頭をよぎる。


「あ、あの、嫌なら、断ってもらってかまいません。わたしとデートしても楽しくないと思いますし……」

「今週末でいい? 公務がないから、一日中空いている」

「え、嘘……。あ、でも、一日中じゃなくても、少しの時間でもかまわないのですが……」


 王子はクスクスと笑った。


「観劇は少しの時間じゃ終わらないよ。それにせっかくのデートなのだから、時間を気にしたくない」

「そ、そうですよね!」


 断られるものだと思っていたのに、まさかの承諾。おまけに、一日空けてくれるなんて!

 どうしよう。頬がにやけてしまって、元に戻らない。「ふふっ」と喜びの笑いがこぼれてしまう。

 王子は驚いた顔をした。


「僕とデートをするのが、そんなに嬉しい?」

「はい! わたし、デートをしたことがないんです。初めてのことなので、すごくドキドキします」


 同年代の子たちがデートをする様を横目で見ては、羨ましく思い、でもわたしを好きになってくれる人なんていないと自分を貶めて、気持ちに蓋をした。

 その蓋を開けて素直になってみたというのに、王子は微妙な表情をした。


「デートのことを聞いたんじゃなくて、僕とデートをするのが嬉しいのか、聞いたんだけど……」

「あ、ごめんなさい! すごく、すっごく嬉しいです。嬉しすぎて、今夜は眠れそうにないです」


 デートへの憧れが、気持ちを舞いあがらせている。普段のわたしだったら、ここまで素直な気持ちを口にはできなかっただろう。

 王子は目尻を下げた。


「僕も、楽しみだ。——嫌なことを思い出させるようで気が引けるのだが……だが、大切なことだから話しておきたい」


 話題が変わったためなのか、王子は低い声をだした。


「先日。借金の取立て屋がいる場にたまたま遭遇したから、助けてあげられた。だが、もしマッコンエルが道を間違えなかったら……。もし、時間がずれていたら……。そう考えると、ゾッとする。あの男たちは、女性たちを売り物にして荒稼ぎをしていた。リルエもそうなっていたかもしれないと考えると……」


 王子はためらいの色を見せ、続く言葉を飲み込んだ。


「どんなに些細なことでもいい。困ったことがあれば言ってほしい。頼ってほしい。僕に話しずらいことなら、ヴェサリスでもオルランジェでもいい。一人で抱え込まないでくれ。君になにかあったら……」


 王子は吐息混じりに、「嫌なんだ……」とつぶやいた。

 わたしは頷いてみせたものの、喜びよりも困惑のほうが大きかった。


 頼ることには、抵抗がある。

 病気で床に伏せることの多かった父の世話をし、働き通しだった母のために家事をした。父が亡くなった後は、恋人ができて変わってしまった母の代わりに弟妹の面倒をみた。

 そうやって、生きてきた。

 頼り方がわからない。自分の問題を他人に打ち明けるなんて、迷惑ではないのかと身構えてしまう。

 それになにより、母のように恋人なしではいられない人になりたくない。

 


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