「私を探して」part.10

(よかった、行ってくれた)


 タケキを背中で見送ったホトミは、三つの人影に意識を集中させた。タケキなら必ず敵を突破して目的を遂げるはずだ。ならばホトミの役割は決まっている。タケキの背後を守ることだ。

 距離があるため輪郭しか捉えられないが、カミガカリの生き残りか、それと同等の相手が最低三人。

 同胞かもしれない相手と戦うことへの感傷は、ホトミには全くなかった。襲ってきたのであれば、それは敵だ。

 そして、タケキを邪魔するのであればホトミにとっての悪だ。油断せず、恐れもせず、全身全霊をかけて確実に潰すのみだ。

 第四射が来る。小さな瓦礫では止められると判断したのか、事務机や椅子等が多数、目にも止まらぬ速度で飛来した。だが、その全てがホトミの眼前で停止する。


「舐めるな」


 吐き捨てるように呟く。そんなものではホトミの盾は貫けない。普段タケキを見つめる柔らかな視線は消え去り、状況を認識するためだけの器官となった瞳が薄明かりの先を伺う。

 ホトミの足で十秒弱の距離といったところか。今のところ、敵の行動は遠距離から物を飛ばすことだけだ。恐らく、他の行動はしない。

 カムイを直接行使できるような者たちは、得意とする使い方に個性が出る。カミイケで再現できる程度の事であれば誰でもそつなくこなせるが、戦闘行動のような強い力が必要な場合はそれが顕著に表れる。

 タケキは薄く鋭い刃を形成し切り裂くことに特化していて、ホトミは大きく分厚い盾を形成し守りを固める。

 レイジは特殊で、物理現象ではなく人の意思の方向性を読む。個人の能力を使うだけでなく、お互いの特性を理解し、生かし、助け合い、頼り合う事がカミガカリの強さでもあった。

 当初は三人の敵がそれぞれ別の特性を持っていることを想定していたが、どうやら違っていたようだ。そうであれば、既に別の手を打ってきている。

 ホトミは側面や背面にも形成していた盾を解放した。そろそろ一本目のカムイが尽きる。


 カムイを行使するには、一定以上の濃度であることが条件となる。カムイそのものは大気中に薄く存在しているのだが、それだけでは物理的な力を発揮することはできない。

 古くは、王となる者だけがカムイを集め、力を使うことができた。だからこその王であった。

 二十年ほど前からはカミイケの応用でカムイを収集、圧縮し散布する技術が進み、王程ではないが資質のある者――タケキ達のような――でも訓練すれば濃度次第でカムイを操ることができるようになっていた。

 それを軍事転用した結果、カミガカリが組織される要因ともなった。戦時中であれば、航空機からの散布や後方からの砲撃支援によりカムイは供給されたが、今はこの小さな金属の筒が生命線だ。

 筒から散布されたカムイは、力を行使するたびに拡散し濃度を落としていく。


 敵も同様に散布しているのだろうが、物量はホトミが劣るだろう。人数差があり、相手が持つカムイの量も不明だ。

 それに、広い範囲に形成する盾は消費が激しい。第五射を受け止めたところで一本目が尽きた。あちらも焦っているのだろうか、飛来する物に節操がなくなっている。

 これまでは通路に転がっていた瓦礫や設置してある備品だったのだが、研究室の出入り口だったのだろう金属製の扉まで弾丸代わりに使い始めた。弾丸というよりは砲弾か。


(どうするかな……)


 二本目の蓋を開けながらホトミは思案する。このまま消耗戦を続けるのは得策でないのは明らかだ。盾が形成できなくなった後は、高速の瓦礫に文字通り粉砕されるだろう。闇雲に突撃しても距離を取られるだけだ。

 せめてもう一本筒があれば手段はあるのだが。何か使えるものがないか、周囲に視線を巡らす。


「タケ君のばか」


 ホトミの足元左側、手を伸ばせばすぐ届く位置にカムイの筒が一本落ちていた。タケキがこの場を離れる際に置いていったものだろう。タケキの性格を考えれば、未開封の方だと確信できる。

 ホトミは瞬時に状況を理解し、先ほど考えていた方法を実行に移す。タケキへのお説教は生き残った後だ。

 三本目の蓋を開けると、ホトミの周囲に濃密なカムイが漂う。基本的には不可視のカムイだが、濃度が高いと光を屈折させ陽炎のように見える場合がある。陽の光の中で今のホトミを見たとしたら、ゆらゆらと歪んで見えるだろう。


 低い姿勢でホトミは走り出した。顔、胴体、太い血管といった急所のみに盾を形成しカムイの発散を最小限に抑える。

 そして、カムイを使って身体を前方に弾き飛ばす。加速を特性とする者には速度も効率も劣るが、この距離ならばホトミの技術でもなんとかなる。

 六射目の瓦礫を弾き飛ばしながらホトミは敵に急接近する。盾のない部分に多数の破片が掠めるが、今は無視できる範囲の痛みだ。

 三人の敵影を捉える。黒い覆面をした敵は次の攻撃準備をしており、ホトミに反応できていない。横並びで棒立ち、まるで素人だ。

 カミガカリの生き残りでないのは明らかだった。ただ、ホトミにとってそれは重要なことではなかった。敵が動き出す前に、防御に使っていた盾を解除し、三人の前にそれぞれの全身を覆う大きさの盾を形成する。


「ハッ!」


 短い掛け声に合わせて、盾を動かした。左右の壁と天井に敵を押し付ける。身動きの取れなくなった敵は僅かな隙間で身悶えるが、もう遅い。

 ホトミは再び力を籠めた。敵と盾が壁にめり込む。ホトミはその間、骨の折れる感触や肉が潰れる感触をカムイを介して感じていた。

 盾を使った圧殺。その不快な感触は慣れてしまえるような類のものではないが、耐えることはできた。

 敵が動かなくなった事を確認すると、ホトミは盾を解除した。同時に、三本目の筒も底をつく。


「あー、ぎりぎりだったよタケ君」


 上に押し付けていた敵が落下するのに合わせて、天井が崩落し一階と繋がった。久しぶりの全力に疲労したホトミは、床に座り込み目を閉じた。

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