十三話 脆くて弱い半人前霊能力者と『独り』を『一人』に変えられるデブ猫①


 

 勝つ手段は――――――ない。




『グウオオオオオォ‼』



 牛鬼が再び棍棒を振り回す。



「ぐうううッ‼」



 頭部を狙ったその一撃に、結界を張り直すがやはり駄目。突破されて咄嗟に左腕で頭部を守るが、脳を揺さぶられて意識が飛びそうになった。



「ぐがッ……‼」

「みゃあ‼」



 背後でドブが鳴いている。優太の結界を少しでも分厚くしようと妖気を込めているのはわかっている。しかし、焼け石に水だ。意味を成さない。



「お、おい……⁉ あれ、どうしたんだ。あの人なんか叫んでるぞ」

「え、やだ……怖い」



 優太を見た通行人が立ち止まる。それは野次馬を呼び、人だかりを大きくする。



「危険です。離れてくださいッ‼」



 彼らには牛鬼の姿は見えていないようだ。牛鬼の霊力密度は高いのでおはぐろべったりよりもよほど視認されやすいはずだ。弥勒がなんらかの霊術を施したのか。



(さすがに一般人には手を出さないはず。霊能力者の中にはそういう暗黙の了解がある。どっちみち周囲を守る力はないけど……ッ‼)



 牛鬼が棍棒を横薙ぎにする。



『グウオオォ‼』

「くッ……‼」



 結界を展開しながら後退して、なんとか薄皮一枚で回避する。


 あと数センチメートルずれていれば?

 想像して、ぞっとする。


 精神が削り取られる。こんな攻防は一分いっぷんでもごめんだ。そもそも敵わない相手であることが重圧に拍車を掛ける。



(ドブを攻撃されないこと、僕が殺されないこと、一般人に危害を加えさせないこと。それだけでいいんだ)



 負傷した左腕が満足に動かせないことに気づいて、舌打ちしながら少しでも距離を取る。



(弥勒も僕を殺すまではしないはずだ。殺して織成家と拗れる事態は避けたいはず。だけど、これほど攻撃力があると下手すれば死ぬ…………一般人に被害が出ないやり方で力を借りるしかない)



 気の進まない方法だ。しかし、優太も死ぬわけにはいかない。



「破ッ‼」



 優太は目撃者の霊視力を一時的に引き上げた。直後、



「きゃああッ‼」

「あれってやばいんじゃないのか⁉」

「警察⁉ 警察呼べばいいの?」



 周囲に牛鬼を視認させることに成功する。そして、ありがたい。気の回る人物がいたようだ。



「通報してくださいッ‼ 皆さんは離れて。あと、僕の後ろにいる猫も連れて下がってください」

「みゃッ……⁉」

「……はいッ‼ わかりました‼」



 近くの女性がドブを掴み、後退する。



「みゃあ‼ ふしゃあああ‼」

「ドブッ‼ 今回は駄目だッ‼ 言うことを聞けッ‼」



 問答無用で怒鳴りつける。ドブが棍棒を受ければ致命傷を負う。そんな未来は死んでもごめんだ。しかし、悠長に説明している暇がない。



「ふしゃああああッ‼」



 ドブは激しく暴れたが、女性に連れられて下がっていった。



(よし。これで一安心――)



 その時、牛鬼が眼前に。



「しまっ――」



 咄嗟に結界を張るが時すでに遅し。棍棒が優太の左脇腹を打ち払った。



「ぐがッ…………あッ………⁉︎」



 優太の身体は右方向に吹き飛び、頭がコンクリートに打ち付けられる。

 その硬質な衝撃に、意識が……揺ら、ぐ。



(ぐっ……くそ…………脳震盪を……起こして、る? 警察は……?)



 優太が考えつく限りで決着は二通りだ。まずは弥勒が満足して牛鬼を引かせるパターン。次に騒ぎを大きくして警察を呼び弥勒を牽制するというやり方。後者に関しては弥勒が警察沙汰を避けたいはずだという推測が前提になってしまうが。



「ごほッ…………⁉︎」



 呻きと共に唾液を吐き出す。やけに粘着質で喉に絡んでくるのが不愉快でならない。優太は両手で踏ん張り、なんとか半身を起こす。

 


「みゃあああああおおッ‼」



 ドブが吠え散らかしている。女性の腕の中でめちゃくちゃに暴れているが女性も必死に押さえている。初対面だが彼女に心から感謝した。ドブが牛鬼に突っ込んで大怪我でもすれば目も当てられない。



 視界が、揺れる。周りの景色が……霞んで、見える。


 この状態で頭部を殴打されたらどうなることか…………牛鬼がゆったりとした歩みで近づいてくる。



(く……そ……なん、で……僕は…………こ、んなに…………)



 こういう時。こういう時だ。純粋な強さへの渇望と嫉妬心が胸を埋め尽くす。強さへの憧れと未練を捨てきれない自分が出しゃばってくる。



(僕が……もっと…………)




 歯を食い縛る。悔しい。弱いという事実が悔しい。他の霊能力者が努力していないとは言わないが、呼吸するように、当たり前に攻撃霊術を扱える術者が憎たらしい。自分は霊装術を使うために、手の限りを尽くしたのに。それでも、駄目だったのに。


 そんな僻みが脳内を埋め尽くしそうになって、ハッとする。



(違うッ‼ 違わないけど今はッ……‼)



 優太は自分に言い聞かせる。

 自分が強ければ?

 もっと才能があれば?

 そんなものは現実逃避で思考停止だ。



(落ち…………着けよ……ッ‼)



 牛鬼に頭部を打たれれば死ぬかもしれない。だが、弥勒もそれは避けたいはずなのだ。よもやすると、優太が想像以上に脆すぎて慌てている可能性もある。


 弥勒が牛鬼を止めるのが先か警察が到着するのが先か。しかし、脳が揺れたせいですぐに立ち上がって逃げるのは困難だ。ならば、自分にできるのは時間稼ぎ。苦肉の策だがそれだけだ。自身の命運を他者に委ねなければならないのはみっともない。しかし、それが最善ならば実行あるのみだ。



 優太は肉体に鞭打って亀のように丸まった。頭部を両腕で覆い、全身を結界で守る。さらに頭部の結界を分厚く強固に展開する。はたから見れば情けない恰好だ。しかし、構うものか。頭の防御を最優先する。もはや、四肢をどれだけ打たれようが構わない。



 殴られたら痛い。しかし、予期できれば耐えられる。優太は歯を食いしばった。



「……ッ‼」

『グルアアアアッ‼』



 そして、左臀部に衝撃。

 尻の肉を丸ごと抉られたかと思った。



「ぐうううあああッ……‼」



 尻が燃えるように熱い。奥歯と一緒に痛みを噛み潰す。のたうち回りたい。今すぐヒーリングしたい。しかし、頭部を手薄にするわけにはいかない。



「はあッ……はあッ……あぐッ……ッ‼」



 全身から汗が噴き出す。尋常ではない。神経に、溶かした鉄をくべたかのごとく体内が熱い。涙が出そうになる。


 

 それでも、耐えるのだ。

 時間を稼ぐのだ。

 それしか、できないのだから。

 弱いとは、そういうことだ。



 優太は奥歯を噛み、次なる衝撃に備えた。



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