九話 大切なこと②


「それがわかってても、結婚したいのかな? キヨは」



 紅貴の瞳が寂しそうに、揺れた。人が妖怪を想う気持ちも妖怪が人を想う気持ちも正しい。ただ、生憎と互いの幸福は交わらないことが多い。




「霊魂にとって成仏は何事にも勝る幸せなんです。でも、キヨさんは紅貴さんと結婚することで成仏したがってると思いますよ?」

「あんたが、俺の立場ならどうする?」



 優太は想像する。愛する存在が成仏を望んでいる。優太とて叶えたいが、それは別れを意味する。成仏しなくても終わりが近い。ならば、優太の答えは――



「曖昧な答えになってしまうのですが、正しいと思った道を選びます」

「そう、だな……そうだよな。いつかは、とは思ってたんだ」



 紅貴が噛み締めるように頷く。



「本当にキヨさんがお好きなんですね?」


「ああ。イカれてるって思われるかもしれないが、本気なんだ」


「そんなこと思いません。お二人が幸せでいられるように祈らせてもらいます」


「やっぱ良い奴だな」



 紅貴が軽く微笑む。どこかすっきりした顔をしている。紅貴とキヨの関係は絶対に終わる。その結末は変わらない。しかし、向き合いかたはいかようにも変えられる。人生は心持ち次第だ。そして、依頼人の笑顔を見られるのは霊能力者の醍醐味の一つである。



「あと二か月くらいって言ってたよな?」


「はい。おそらく」


「自分の気持ちを伝えるよ。好きってことを。そのうえでぎりぎりまで一緒にいてからプロポーズしたいって伝える」


「余計なお世話かもしれませんが婚前旅行なんてどうですか? きっと楽しいと思うんです」


「いいな。それ」


「ですよね?」



 紅貴が笑う。楽しい時間を想像するのは、とても愉しいものだ。



「そういえば、結婚してるのか?」

「僕はしてないですね。彼女もいません」

「意外だな。モテそうなのに」

「それ、喜んでいいですかね?」

「さあな」



 意味深に微笑む紅貴。優太もとりあえず微笑み返す。実はこの手の話題は苦手である。実際に女性と付き合った経験もないわけだが、それを深堀ふかぼりされるのがあまり好きではない。ミルクティーを飲み干してゴミ箱に投下する。



「ともあれ、僕は紅貴さんを応援します」

「ああ、頼むよ」

「はい。では、アパートに戻りますか?」

「そうだな」



 それから歩いて、住居に戻る。



「ただいま」

「お邪魔します」

『おかりなさい。紅貴さん』

「みゃあ」



 足を崩したキヨが振り向く。その太腿にドブが寝転がっている。



(相変わらず、自由だなぁ)



 そこがドブの良いところなのだが。



「キヨ。出かけよう」

『わかりました。どちらに行かれるんですか?』

「俺の家族に会ってほしい」



 キヨの動きが、固まった。



『え、えと……それは』

「話したいんだ。理解してもらったうえで一緒にいたい」

『わかりました。でも、大丈夫でしょうか?』

「大丈夫だ」



 断言する紅貴。その声は心強い。



「そうですね。僕も大丈夫だと思います。お二人は今すぐ向かいますか?」


「そうだな。おふくろと妹に先に話して、親父が帰ってきたら親父にも話す。それまでにキヨといろいろと話したい」


「それがいいと思いますよ。キヨさんのことを説明するうえで同席した方が良ければ協力します」


「あんた、本当にいい奴だな。頼むよ。だが、妹とおふくろには俺から話すよ。親父の方が手古摺りそうだ」


「わかりました。お父様が帰宅するまで時間ありますかね? それまでに用事を済ませておきます。お父様が帰宅する時間がわかったら連絡もらえませんか?」


「ああ」



 本日、他の仕事はない。各種支払いを済ませてから、以前から気になっていた格安スマホの話でも聞きに行こうか。



「それでは」

「助かったよ。あんたと話せてよかった」

「ありがとうございます」



 紅貴の一言は本気で嬉しかった。霊能力者をやっていてよかった。それを強く実感できた瞬間だった。



「ドブ、行くよ」

「…………」



 ドブがキヨの足に陣取ったまま優太を無視する。



「ドブ? 聞こえてる? キヨさんも行かないといけないの。だからおいで」

「……みゃあ」



 ドブがしぶしぶキヨの膝から立ち上がる。その動作はノロノロしており、時間稼ぎに違いなかった。



「ほら、行くよ」



 優太は問答無用でドブを抱き上げる。ドブは『みゃああああああ‼』と首を振りながら駄々っ子みたく暴れたが、爪や牙を立ててまでは抵抗しなかった。



「お利口だから、ね?」



 ドブが不機嫌そうに、ぷいっとそっぽを向く。やられた、不覚にも可愛いなと思ってしまう。



「キヨさんのことが気に入ったみたいです」

『それは嬉しいです。ドブちゃん、またね」



 優太に抱えられたドブの額をキヨが撫でる。



「みゃあ‼」



 ドブがキヨに近寄ろうと暴れる。優太はそれをしっかりと抑える。



「あとで会えるから。もう行くよ。すいません。それでは」



 別れの挨拶を済ませて、外に出る。ドブを自転車カゴに納めて自転車に乗る。ペダルを漕ぎはじめて、ふと後方を振り返ると二人がちょうど家を出たところだった。駅の方角に歩いていく。優太とは別方向だった。



 今回の仕事は大方終了した。内容には満足している。不必要に誰かが傷つくこともなかった。しかし、不可解も残る。優太はペダルを漕ぎながら思い返す。



(キヨさんが包帯とマスクを身につけてる理由も、紅貴さんと会う前になにをしていたのかも、それを話せない事情も、茜さんがこの仕事から僕を遠ざけようとした理由もわからない)



 喉に複数の骨が引っかかっている感覚。重大ななにかを見落としてやいないだろうか。



(そうだ。茜さんに……)



 優太は茜に発信したが応答したのは留守番電話サービスだった。余計な心配を掛けたくなかったが改めることにする。



(でも、ご家族と話し合いができれば解決だし、とりあえず連絡を待って……しまった。連絡先交換するの忘れてた)



 しょうもないミスだ。自分が少しだけ情けない。引き返して、二人を追う。まだ遠くないはずだ。直進して右へ。そこで、優太は見つけることになる。



「なにしてやがんだッ⁉ てめぇ‼」

「……ッ‼」



 三人の強面に囲まれつつ紅貴とキヨを。


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