第4話 水のおくすり~王都パレス~(4)

 師弟での食事は、昨日の夜のこと。

 お師匠は、真夜中から朝にかけて、ずっと厠の人にこもっていた。

 苦しそうな顔のお師匠は、顔から上半身にかけて汗だく。

 確かに夏の夜だった。でも、滝に打たれたように汗をかくくらいじゃない。寝苦しい暑さはない。

 物音で私は起きた。手の甲で目をこすりながら、お師匠が厠から戻ってくるのを確認した。

 私は半分、寝ぼけて声をかける。


「お師匠、具合が悪いんですかぁ」

「うーむ。気力が身体から出て行くようだ。身体が魔力不足のときのようにだるい」

「お水飲みましたぁ?」

「あぁ、飲んでも飲んでも、身体から出て行くようだ」

「それは身体の吸収が悪いんですよぉ……。冷え切った水は逆にお腹壊しますよぉ」


 椅子に腰を下ろして、くたびれた顔のお師匠。


 私は魔法薬をお湯で沸かした。

 鍋にお水をそそぎ、おくすりを入れて、木のお玉でかき混ぜる。沸騰して焦げないように、お水を足しつつ。

 そして火が弱まったら、煮詰めていく。

 入れた水の量が半分になったら、火を消す。

 後は、おくすりのカケラをこして除く。

 これで煎じくすりの完成だ。


 お師匠はお湯で良いと、白湯の状態で飲んでいた。

 それでも身体に力がない姿勢。私はカップにおくすりを注いだ。


「はい、どうぞぉ」

「あぁ、頂こう」


 幸いに、私が作った激マズい料理と違って、お師匠はのどの奥におくすりを流し込んでいく。

 弱々しいが動くことが出来るようになったらしく、私の頭を軽くなでる。


「ありがとう。これで大丈夫だろう。まず、もう寝なさい」

「うーん、はぁい」


 猫みたいに丸くなって、私は寝台に寝ころんだ。

 お師匠は、しばらく私の顔を見守ってくれていた。目の奥は真っ暗だけど、安心感があった。

 その気配は薄れていく。


 朝になると、お師匠は元気になっていた。

 朝食代わりに、あの煎じくすりを飲んだらしく、お腹の調子も良いらしい。

 私は薄いパンを焼いて、お師匠が残した煎じくすりを飲んだ。

 残すのが嫌だったというより、私もお腹が下ると嫌だったからだ。


 私が食器を水で洗っていると、隠れ家の木のドアを叩く音がした。

 来客だ。

 お師匠に目を合わせると、私が応対するようにと目線を送られた。

 私はドアを開ける。

 そこには青ざめた顔の都市学者の青年が立っていた。赤いローブが川にでも落ちたのか、ずぶ濡れであった。


「あ、学者さんじゃないですか?」

「クロウド先生は……」


 お師匠の名前をモゴモゴとこもった声で言うと、彼はその場で気を失って倒れた。

 彼を支えようとしたが、身体の大きさが1.5倍はあるので、私は潰されかけた。


「お師匠ぉっ!」

「おー、大丈夫かー」

「大丈夫かー、じゃないですよ!」


 お師匠は落ち着いていた。急な事件で、焦りは良くない。

 それは、分かるけど。

 下敷きになったような状態から、不機嫌な顔の私は救助された。


 お師匠が運んで、寝台に寝かされた学者さん。

 ずぶ濡れの彼は、どうやら汗をすごくかいていたようだ。

 まだ太陽が高いところにないので、それほど外も暑くない。

 私は押しつぶされたときに気づいていた。


「学者さんは、身体が熱すぎます。夜明けのお師匠と同じです」

「うーむ、体調不良というわけか。回復魔法よりも……そうだな。マリィ、またお湯を沸かしてくれ」


 身体の中の水分をいっぱい失い、気絶していた学者さん。その口に、出来た煎じくすりを少しずつスプーンで流し込む。

 まぶたを震わせ、彼は目を覚ました。

 ようやく声が出るようになったらしい。お師匠に、彼は弱々しい声で、お願いをする。


「申し訳ありません。クロウド先生、助けてください。昨晩から王都では、原因不明の腹痛を起こしている病人たちが大勢います。お願いします……」

「魔法の攻撃ではなさそうだね。こうして魔法薬が効いている」

「しかし、回復魔法が全く効きません。どういう呪いでしょうか……」

「分からん! だが、王都の招きには従おう。まずは現場を見て、それから対策を立てよう!」


 お師匠は先に、学者さんに導かれ、王都の魔法医たちがいる病院へ向かった。

 煎じくすりはなるべく多く持ってきてくれ。

 お師匠は、私にそう伝言した。

 私は魔法薬を瓶につめて、それを背負った。そして私も、野戦病院のように病人たちが倒れている現場へ入った。

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