第7話 決意

 それからさらに数日が過ぎた。

 外に出る度に不審な視線を感じた。おそらく玉川たち漂流物対策課が監視しているのだろう。

 美桜には説明せずになるべく外に出ないようにと告げていた。信用してくれているからか、彼女が不満を漏らすことはない。


 ──いつまでこんな生活を続ければいいのか。


 焦燥感が胸に巣食った。玉川の接触に対して白を切るのも限度がある。今のところ強硬手段を取ってこないが、いつ踏み切るかわからない。

 泰介は覚悟を決めた。夕食後、テーブルを挟んで美桜と向き合う。


「話し合いって……どうしたの、泰介? 顔、険しいよ?」

「美桜、落ち着いて聞いて欲しい」

「う、うん」

「君がタイムスリップしてることを察知してる人間がいる」


 以前渡された名刺をテーブルの上に置く。美桜はそれを手に取り、いぶかしみながらまじまじと見た。


「町田市漂流物対策課……?」

「漂流物はおそらく美桜のことだ。別の時代にタイムスリップしてきた人や物を指すんだと思う」

「それじゃあ……」

「君をかくまっていられるのも限界かもしれない」


 泰介が一番言いたくない言葉だった。「もう協力できない」と言っているようにすら思えた。できることなら最後まで力になりたい。居場所が欲しいなら居場所になりたい。

 そんな想いを引き裂くように酷な現実が押し寄せてきたのだ。今だけは外で鳴く蝉の声がやけに鬱陶しく聞こえた。


「その人と話はしたの?」

「した。漂流物は排斥しなくちゃならないって言ってた。正直、信用できる人間かわからない。素直に君のことを話そうとは思えない相手だった」

「排斥……そうだよね。私はここにいちゃいけない存在だもんね」

「そんなこと……!」


 泰介は言葉を途中で飲み下した。俯いた彼女に「そんなことない」と言い切り、励ますことはできなかった。彼自身もいつか帰る時がくるのだろうと悟っていたからだ。


「幸い、玉川は美桜が漂流物だとは気づいていないみたい。まだやりようはあると思う」


 考えるより先に言葉がついて出た。

 なにもできずに終わるのは嫌だった。最後に美桜の役に立ちたい、最後まで足掻き続けたい。


「そうなの……?」

「ああ。明確に『女の子をかくまっている』と指摘されたことはないんだ」


 何回か玉川と言葉を交わす機会があった。その度に「漂流物を渡して欲しい」や「どこにあるのか教えてくれないかい?」などと尋ねられた。

 その口ぶりは『物』に対しての言い方に聞こえた。『者』ではない。彼はこの時代に紛れこんだ異物を泰介が隠しているとしかわからないようだった。


「美桜。君はまだ選択できる。どこか別の場所へ逃げるか。自力でもとの時代に帰る方法を探すか。それとも……玉川のところへいくか。僕は君の意思を尊重する。逃げたいなら僕も一緒に逃げる。君はどうしたい?」

「私……私は……」


 重い空気が沈黙へといざなう。

 泰介はあふれ出そうな言葉を押し殺すしかなかった。自分にできるのは美桜がどんな選択をしても協力することだ。彼女の覚悟を聞かなければならない。


「正直逃げたい。もとの居場所に帰りたいとはまだ思えないから」

「なら──」

「けど……これ以上逃げられないってことも理解してるんだ。夢はもうおしまいなんだって」

「夢……?」

「ここで過ごした時間は夢のようだったんだ。自分と同じ境遇の人と仲よくなって、友達としてわけ隔てなく接してもらえて……私が欲しかったものをここで見つけた。泰介にはいっぱい夢を見させてもらった」

「それは僕も同じだよ」


 美桜の想いがすっと胸に染み渡る。泰介も夢のような時間を過ごしていると感じていたのだ。むしろ夢を見せてくれたのは美桜の方だとすら思う。自分はただ手を差し伸べただけだ。


「でも夢はいつか覚めて、現実に帰らないといけない。次は現実に……自分の世界に立ち向かう番なんだ。泰介と過ごした時間をかてにして」


 それは美桜の口から聞きたかった言葉であり、一番聞きたくない言葉だ。

 泰介の心は矛盾をはらんでいた。帰したくないけど、帰さないといけない。一緒に逃げたいけど、立ち向かわないといけない。好意と使命感がせめぎ合っている。

 苦悩の末、彼も心を決めた。


「わかった。明日朝早くここを出よう。まだいってなかった郊外を探ってみよう」


 男に二言はない。泰介は震える唇を力ませる。

 寂寞せきばくとした部屋にひぐらしの鳴き声だけが切なく響き続いていた。

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