第57話 最終戦

 リリーは用意させた椅子には座らず、立ち尽くしていた。

 一度座ってしまえば、起き上がることができそうになかったからだ。

 足は、立っているだけで軋むような痛みを伝えてくる。

 息吹秘剣とはこんなに疲れるものだっただろうか。無理して遣ってしまったのがいけなかった。しかし、そうでもしないと死んでいた。


 半身であった鬼女はもういない。

 リリーは独りになった。

 この闘技場は、どんな場所より冷たい。

 誰にも手を借りられないというのは、こんなに心細いものだっただろうか。

 今までも、決闘のような戦いの連続だった。

 目を瞑れば、強敵のことばかり思い出す。

 教会騎士、秘剣ツチノコを繰り出す女細作くのいち、黄金騎士、カグツチ、死神、妖精、彼らとの決闘は正しく命がけだった。シャザとの戦いでは、死にさえしている。

 それでも、こんなに苦しくはなかった。

 身体のことではない。

 たった一人というのは、こんなにも苦しいものだったのかとリリーは思う。

 ある時、アヤメはリリーを仲間だと、友達だと言った。あれとは共にいて、一人にしなかったし、彼女自身も一人にならなかった。

 蛇蝎の間柄であったというのに、アヤメも丸くなった。きっと、自分が、ウドが、仲間たちがいたからだ。


 ウドも、ザビーネも、リシェンも、黄金騎士も、フレキシブル教授も、頼りない上に皮肉屋のラファリア皇帝陛下も、誰かにいて欲しかったのだろう。

 リリーが誰よりもいてほしかった人の心臓を貫いたのは、今日のことだ。


 目を開けてみたが、どうにも霞む。

 いけないな。ここまで疲れるのはいつ以来だろう。


 観客たちが何か騒いでいた。

 耳に入る音をうるさいと感じるが、言葉は何一つ聞こえない。

 進行役の芸人も何か叫んでいる。


 いつしか相手方の入場門が開かれていて、誰かが歩いてくる。

 神具らしき光を放つドレスを纏った女だ。


 たった一人、疲れ切った身体。

 まともに動けないからには、斬られて死ぬことも受け入れていた。それなのに、運命は巡り巡る。

 もう、誰か分かっている。


 懐かしい顔の少女が、眼前に立つ。

 堂々とした姫姿ひめすがた

 見違えるほど、立派になった。

 妖精打倒のための休戦の約定を交わした折には、儚さがあったというのに、今はこんなにも堂々としている。


「シャルロッテ・ヴィレアム、お相手致します」


 驚きよりも、納得するものがある。

 これ以上の人死には無駄だ。それならば、彼女は自らの命を賭すだろう。齊天后マフを選んだのは、シャルロッテ自身なのだから。

 何があったかなど、リリーは噂で聞くところ以上は知らない。それでも、シャルロッテであれば、決闘に横入することをいとわないむこうみずな少女であれば、こうなった責任を取る。


 リリーは息を大きく吸い込んだ。

 それだけで後ろにこけそうになる。


「リリー・ミール・サリヴァン、人食い姫である」


 名乗りには名乗りを返さねばならない。

 言葉を出すだけで、胸が痛んだ。それが、肉体のものか、心持によるものかリリー自身にも判然としない。


 短剣は懐の剣帯にしまったはずだ。いや、取り落としたままだろうか。懐を探れば、柄を握れた。

 もう、ここに立っていたくない。

 差し違えるのも悪くない。いや、シャルロッテは神具に守られている。そうなると、それも難しいように思える。


「シャルロッテ、ここは冷たい場所だよ」


 ふと、そんな言葉が口を突いて出た。

 戻れない間柄だというのに、昔のように言う。


「リリーさん、ここは寒いね。でも、もう終わり」


 シャルロッテは微笑む。

 寵姫と呼ばれ、帝国を惑わせた悪女は、こんなにも変わっていない。


「互いに、さいごのひとりだね」


 そう言いながら、リリーは足を前に出す。

 歩くだけで身体が痛む。修行の時だってこんなに疲れたことは無い。


「あの時、あなたに出会わなかったらよかった」


 鍛冶屋の店先で、岩人の店主と言い争っていた。

 学院制服の少女が剣を買いにくるなど前代未聞。厳めしい岩人の店主も、どうにか追い返そうとして困っていたのを覚えている。


 短剣が抜けない。

 斜めに刃を納めてしまったのだろうか。どこかに引っかかっている。

 また一歩、進む。

 今度は左手が痛い。

 今になって、師匠からの裏拳を受けた手が痛んできた。骨にヒビが入ったか、折れているかもしれない。


「寂しいことを言うな。お前は、大切な友達だよ」


 さらに一歩。

 身体が痛む。もう倒れてしまいたい。


 この距離に来て、ようやくシャルロッテの顔をしっかりと見れた。

 これが元は町娘であるか。

 外面と内面、どこに出しても恥ずかしくない立派な貴族の令嬢にしか見えない。


「リリーさんは友達だったけど、今は敵だよ」


 最後の一歩。

 見つめ合える距離まで来た。

 リリーは疲労の浮き出た半死人のよう顔色で、シャルロッテと対峙する。手を伸ばすだけで、互いの刃が届く距離だ。


「敵同士、そろそろ雌雄を決するか」


 こくりと、シャルロッテは頷いた。

 覚悟などとうに決まっている。


 シャルロッテは、守り刀であろう短刀を抱きしめるように胸元に握っていた。

 鞘には精緻な模様が施され、艶のある黒い染料が塗布されている。神具特有の淡い光を放っていた。

 マフが遺した神具であろう。


「マフさま」


 守り刀をひしと抱いてシャルロッテは主の名を呼ぶ。それは、祈りのようにも聞こえた。

 魔人たちと妖精はシャルロッテを主人公などと呼んだが、彼女は帝国の運命そのものだ。

 この時代、この時、リリーの手によりついえた運命の女である。


 リリーは短剣を剣帯から抜こうとした。しかし、どこかに引っかかったのか、引いても抜けない。


 シャルロッテは、短刀をすらりと抜き放った。白金色の燐光を放つ神具の刃が、陽光を受けてよりいっそう残酷に煌めく。


 リリーはようやく短剣を抜いたが、無理に力を入れたせいで、抜いた途端にその手から明後日の方向に飛んでいった。

 こんな時に取り落とすなど、しまらないものだ。


「くそ」


 運命を感じたこともあったが、そんなものは都合の良い思い込みがやるまやかしだ。

 生きて、死んでいくだけ。どこにも例外は無い。


 あの日、ザビーネもシャルロッテのような顔をしていた。ふと、懐かしい記憶をリリーは思い出す。

 川べりで過ごした奇妙な一日。

 余裕のある笑みを張り付けて、満足しているという顔をする。こんな時に強がる女は、みんなそうだ。


「さよなら、リリーさん」


 シャルロッテは、手首を返して短刀の刃を自らの胸元に向けた。

 神具の守り刀は、齊天后マフが渡したものだ。ここに至り、シャルロッテは忠義を尽くす。

 彼女が選ぶのは、殉死。


「寂しいことを言うな」


 そうすることが分かっていた。ザビーネも、家名と兄のためにそうしたからだ。

 シャルロッテが神具の刃を自らの胸元に差し込まんとする一瞬に、リリーの手は間に合った。

 

 神具の刃を素手でつかむ。


 当然、刃は指に食い込んで皮膚を裂き、骨に当たる。

 幸いなことに指は落ちていない。痛みには慣れた。こんなもの、首を落とすものに比べたら、辛くない。痛いだけだ。


「どうして」


 神具の力はリリーにだけ発揮しない。不確かなもの、理外のもの、魔人の奇跡、それらをリリーは退ける。

 世界は、それを必要としなくなった。だから、リリーには効かない。


「マフに、……頼まれた」


 齊天后マフは、リリーに頼むと言った。

 不倶戴天の敵同士であればこそ、死に際の頼みを断る訳にもいくまい。


「でも、マフさまは」


 マフは死んだ。リリーが殺した。


「あいつの願いだ。聞いてやれ」


 シャルロッテの顔が歪んだ。

 寵姫ではない。シャルロッテは、子供のように泣いた。

 泣き顔はくしゃくしゃで、恥も外聞も捨て去った大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちる。


「イヤだよ、一人でなんて、無理だよ。……生きて、いけないよ」


 リリーは何を言っても無駄だろうな、と思う。

 その理解は正しい。

 愛とはそういうものだ。どれだけ親しい友達や家族が何を言ったところで、愛を覆すことはできない。

 リリーには、シャルロッテの涙を止めることなどできようもない。


 シャルロッテは泣く。ただの町娘のように泣いている。 

 リリーは息を吸い込んだ。

 刃物をつかんでいる手が痛すぎる。泣きたいのはこっちのほうだ。


 死ぬしかなくて泣く者。生きたくて泣く者。死にたくなくて泣く者。生きていたくなくて泣く者。

 巡礼の旅で、様々な涙を見た。

 だから、リリーは言える。

 間違いが無いと信じられる言葉を言える。



「そんなこと、知るか」



 人も魔人も、生きることには変わらない。

 リリーの仲間たちもみんなそうだ。意味のあることに命を使いたいと言って死んでいった老いた奴隷たちがいた。

 ウド、アヤメ、リシェン、影法師、フレキシブル教授、果てはラファリア皇帝陛下。みんな死にたがりだ。生きる意味やこだわりなどという不確かなもののために、死にたがる。死んでいいと言う。

 みんな、本当は死にたくない。当たり前だ。

 何も言えないでもいるシャルロッテを見やって、リリーは続く言葉を吐き出す。


「独りでも、生きろ」


 命など、最初から価値も無ければ意味も無い。ただ、あるだけだ。

 そんなこととは無関係に、生きていさえいれば、笑うこともある。


「マフ様を、返してっ、返してよぉ」


 シャルロッテの手から力が抜ける。

 神具の守り刀が、乾いた音を立てて大地に転がった。


「う、うぅ、わああぁぁぁ」


 シャルロッテは、膝をついて泣き崩れる。

 リリーはそれを見下ろして、旅の終わりを知った。

 誰の目にも勝敗は明らかだ。このに及んで首を落とせなどと言う者がいたら、そいつの命で償わせてやる。

 今日この日、ようやくリリーは自分にとって正しいことができた。

 この、訳の分からない長い戦いの旅が、今、終わる。


 嗚咽を漏らす寵姫にかける言葉を捜したが、都合のいい言葉は見つからなくて、人食い姫は空を眺める。

 茜色に染まる前の冷たい青さが広がっていた。

 もう少ししたら、暖かくなる。季節は当たり前に巡るのだから。



 観客がざわめき始めた。

 この呆気ない最終戦の結末にではない、畏怖のこもるざわめきだ。マフが入場してきた時のものに似ている。


「来たか」


 後始末をすれば、休める。

 もう戦いたくない。

 剣など持ったのがそもそもの間違いだった。いや、そうせねば、予定調和の未来で人鬼へとなり果てていたのか。


 いずれにしろ、これ以上は命の取り合いなどという馬鹿げたことをしたくない。そのためには、後の始末をつけねばならない。



 進行役の芸人は、大声の魔法を使って何か言っている。ああ、耳に響く。頭が痛くなってきた。

 リリーが振り向けば、ラファリア皇帝陛下がいた。

 お召の衣装は金襴緞子きんらんどんすで仕上げられ、きらびやかすぎて道化のごとき有様。

 腰に佩いている金銀で飾られた鞘に収まるサーベルが、よりその姿を間抜けに見せていた。

 民に流布されている狂った皇帝そのままの姿である。

 帝国臣民の求める狂皇の姿で、ラファリア皇帝は闘技場に現れ出でた。


 リリーはため息を一つ。そして、口を開く。


「ラファリア皇帝陛下、この人食い姫、約束を守りましたぞ」


 予定されていた言葉を言うと、皇帝陛下は笑みで返した。無理に作った悲痛な笑顔だ。 

 許嫁であるこいつが描いた台本通りの言葉である。

 この男のキザで卑屈で露悪的な所は好きになれない。いや、嫌いだ。虫唾(むしず)が走る。


「おお、我が愛しのリリーよ。人食い姫よ、よくぞ齊天后マフを打ち破った」


「はやく進めろ。もう疲れた」


 勝った後、台本通りに喋る予定だった。

 無事で済むと考えていなかったせいで、リリーは最初の掛け合いしか覚えていない。


 皇帝陛下はリリーの脇を通り抜けて、泣き崩れているシャルロッテを無理矢理に立ち上がらせた。


 シャルロッテは身を固くしたが、装いと先ほどの言葉とは裏腹なラファリアの鋭い目に射すくめられる。


「齊天后殿と取り決めをした。喋らなければそれでいい。適当に合わせろ」


 小声でラファリア皇帝がそう囁いた。

 寵姫の返答を待たずに、皇帝は芝居を続ける。


「おお、なんと美しい。骨の貴婦人の寵愛を受けただけはある。此度の戦い、何も得られぬのは興ざめであるな」


「そうか」


 芝居がかっているのは皇帝陛下だけだ。

 馬鹿げたことと知りながら、続けねばならない。


「そこな、寵姫殿を戦利品としよう」


「そうしろ」


「我が人食い姫、そなたとのかねてからの約束の通り、正妃として迎え入れる」


 リリーは瞳を閉じた。


 皇帝陛下がそれを言う気持ちは分からないでもない。ここでそれをすれば、円満に終わると考えたのだろう。責めたところで、後のことは自分で始末をつけるとでも言うのが目に見えている。


 人食い姫は皇帝陛下の眼前まで歩を進める。

 握りしめた手からは血が流れ落ち、歩みと共に点々と跡をつけた。


 ラファリアと見つめあえば、ひねくれた優男の顔には余裕の一つも無いと知れた。いつも余裕に満ちた顔をするキザな男が、土壇場でこんな顔をする。

 リリーは、口でも吸おうかというほどに顔を近づけた。


「この馬鹿者が」


 言うが早いか、リリーは皇帝の顔面を血に塗れた拳で殴りつけていた。

 無理に腕を振り回した、無頼漢のような右の殴打。

 血が止まらない手を握りしめて作った拳が、ラファリアの鼻先に埋まる。

 真後ろに倒れ伏す皇帝陛下。

 リリーは肩で息を吐きながら、倒れないように踏ん張った。もう、休ませてくれ。


「ラファリア、予定通りにしろ」


 誰が聞いていようが、どうでもいい。

 話の筋を変えるなど許さない。そのために、リリーはここに来たのだ。


 皇帝陛下のご尊顔からは、無残にも鼻血が流れている。

 起き上がる前に、ラファリアは手の甲で鼻を拭った。殴られた鼻は、刺すように痛む。顔についた血は、自らのものだけではない。リリーの手から零れた血も、そこに混じっていた。


「お前は、いつもそうだ。男の言うことを聞かん」


 立ち上がりながら、ラファリアは言う。それは、芝居ではなかった。そこに込められているのは哀しみだ。

 ラファリアは自らの足で立ち上がる。そして、腰に佩いた細身のサーベルを引き抜いた。


「人食いのバケモノめがっ、ここで無礼打ちぞ。寵姫がおれば、お前などいらん」


 泣きそうな顔でラファリアは言い放つ。

 リリーは呆れたように薄く笑う。


 予定では、最初からこうするはずだった。

 寵姫に魅せられた狂皇は、許嫁であり、自らのために戦った人食い姫を刺し殺す。


 マフ派閥と皇帝派閥の統合には生贄が必要だった。


 この後、皇帝に反する者をサリヴァン侯爵家に集わせる。そして、反乱分子が一丸となった後に、サリヴァン侯爵家は皇帝と和睦する。

 残るのは梯子を外された反乱分子だけとなる。

 いくら帝国が女の権利に寛容であろうと、無礼打ちにしたリリーは、嫡男でなし。和睦は成る。

 リリーは帝国再編の贄であった。


 これをやらねばならない理由はもう一つある。


 齊天后マフが帝都に遺した全ては、この闘技場を含めてシャルロッテが死ぬと崩れ去るように仕掛けられている。勝ち負けに関わらず、シャルロッテを生かさねばならない。

 齊天后マフと生前に交わした密約であった。


「よし、やれ」


 仁王立ちで、リリーは言った。

 胸の辺りをさすり、具合を確かめる。

 リリーの身体は疲労の極みにある。今にも倒れてしまいそうだった。


「いざっ」


 頭から冷や汗を流して、ラファリアは気合の声を発した。

 迷いを断つための声である。

 なかなかいい声だ、とリリーは初めて思った。ラファリアがそれなりに鍛えているのは知っている。露悪趣味がなければ、もっといい男ぶりだったろうに。


「来やれ、皇帝ッ」


 ラファリアは刃を構えたまま、動けないでいる。

 歯を食いしばり、足を動かそうとしていた。しかし、かつての前世では虐殺者であった皇帝にすら、刺せない。

 自らの心が許さぬものがある。


「覚悟せい」


 歯を食いしばり、武者の顔になったラファリアの瞳から、涙が一筋零れ落ちた。

 情愛ではなく、畏敬と感謝の涙である。

 ラファリアにとって、リリーは特別で自由を奪えない尊く気高いものであった。配下として扱っても、それは上下にあるものではない。

 政治などという下賤なものに関わらせたくなかった。だというのに、こんな計画を立てた。

 己のために、死ねと言わねばならない。


 にらみ合いが続いた。

 ほんの束の間が、両者にとっては長い時間に感じられた。


 リリーが動いた。どこか暢気さを感じるような足取りで、ラファリアに歩み寄る。


「まったく、そろそろ休ませろ」


 ラファリアの向ける刃に手を添えて、自らの胸元に押し当てる。

 リリーが息を吸い込む音を、ラファリアは確かに聞いた。


「リリー、お前は」


 リリーの顔には、仕方のないヤツだとでも言いたげな表情が浮かんでいた。

 サーベルの薄い刃を、リリーは自らで受け入れる。

 自らの手で刃を押し込む。刃は肉を刺し貫いて進み、そのまま背からその先端を覗かせるに至って、止まった。


 ラファリア皇帝陛下はサーベルの柄から、手を離した。

 リリーは刃に貫かれたまま、ゆっくりと地面に膝をつく。

 両膝を地面につけて、膝立ちから正座の姿勢になり、そのまま動かなくなった。


 このような終わりを誰が予想しえただろうか。

 あまりのことに観客は静まり返り、進行役の芸人もその場で凍り付いたように動かない。


 ラファリアは、リリーに詫びたかった。

 許されるのならば、皇帝の立場を捨ててでも、そうしたかった。


 呆然とそれを見ていたシャルロッテは、我に返って取り落とした守り刀を拾おうとしたが、それはいつの間にか忍び寄っていた小者に止められる。

 止められねば、守り刀でラファリアを刺すつもりであった。


「寵姫殿、邪魔者は消えたぞ。そなたを正妃とする。ははは、美しき寵姫のしとね、今から楽しみだ。これより、帝国は強きものが支配する国と変わる、それを見届けよ」


 セリフとは裏腹に、ラファリアの顔は強張り、涙だけが流れ続けている。

 それは、あまりにも哀しい顔であった。

 シャルロッテは、これが望まぬ天上人の定めと知る。彼女自身の選んだ世界は、こんな場所だ。庇護者であったマフはもういない。


 狂皇は寵姫の背中に手を回し、臣民に手を振りながら去っていく。

 闘技場に集う臣民たちのざわめきと怒号が、鳴動のように響き渡った。



 勝者などいない。

 さいごのひとりは、闘技場の真ん中で屍をさらしている。

 人食い姫は、座して死ぬ。

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