第21話 戦場の港

 戦場の香りがした。

 カグツチにとっては日常の匂いで、フランツや兵士たちにとっては初めての匂いだ。

 盗賊の討伐のようなものとは規模が違う。命を磨り潰す闘争。そこにあるのは、どちらかが死ぬことによる利益を求める炎である。


 セザリアに向かったのは、『運命の導き』と呼ばれる首飾りの形をした神具の示す道に従ったものだ。

 自らの運命がどこに行くべきか教えてくれる、カグツチだけが持つことを許された神具である。

 物見櫓で、神具を手にしたカグツチは皮肉げに笑う。


 手のひらに収まる首飾りは、王侯貴族でから持ち得ない紫色の輝きを放っている。神秘の光に違いない。しかし、それは救いの光ではない。

 運命というものに縛られていることだけを感じさせる足枷だ。


「カグツチ様、地上のネズリルは撤退したようです」


 梯子を登ってきたフランツの問いに、カグツチは空の雲間を眺める目を細めた。

 ネズリルは地下に住まう怪物だ。

 人の脳を好んで喰らう。灰色の肌を持つ人型の異形である。


「あいつらは撤退なんてしない。姿を消してるなら、操っているヤツがいる」


「人食い姫でしょうか」


「見たら分かるよ。召喚杖、全部は壊せなかったね」


 神話の時代、アメントリルとその仲間はクァ・キンの神具を掻き集めた。それは今も財宝として、どこかに隠されているとも言われている。未だ遺跡漁りたちがその存在を信じている伝説だ。


「怪物を呼び出し意のままに操る神具ですか。お伽噺の類かと思っていましたが」


「メテオストライクの杖は全部壊したはずだし、召喚杖もそう。ガ・チャンを回した馬鹿がいるのかも」


 フランツにその言葉の意味は分からない。

 物見櫓からは、セザリアの港と海が見渡せた。


 カグツチたちがセザリアの港にやって来たのは今から五日前だ。

 街を襲おうとしていた飛龍を倒して、領主やら兵士やらに拝まれることになってしまった。

 そのまま、成り行きで港の防衛に手を貸している。


「カグツチ様、旅人のようですが、あれは……」


 遠目からでも、エルフの大鹿は目立った。

 フランツは千里眼の魔術でそこにいる者の顔を確認する。魔力の高まりと共に、見える。


「間違いなく、リリー・ミール・サリヴァンかと」


「ああ、人食い姫ってそんな名前だったのよね……。聞き覚えがあるわ」


 どこかで聞いた名前だ。

 頭の中に引っかかるものがある。

 いつだっただろうか、遠い昔に聞いたような気がする。


「姓以外は普通だと思いますが」


 何がしかの権威を持つ名前を女子につけるというのは稀だ。あるとしたら、神官や魔術師だろう。


「まあいいか。それより、東からデバウラーが四。兵士の死体で造られてる」


「了解しました。地上は私が対処します」


「空の守りが万全になったら出るから、それまで持たせて」


「それまでに片付けますよ」


 フランツは口角を吊り上げた。

 ここ数日で、フランツは人間臭くなった。

 戦場は良くも悪くも、いや、多くの場合は悪い意味で人を変える。

 きっかけは数日前のことだ。



 セザリアの港は多くの人々で賑わっている。

 帝国領内の各地へ行く船と、外国への船。渡航に訪れる人々は様々だ。

 帝都から逃れる貴族が増えていた。

 侍従と護衛に守られている少女、グレーテル・トゥラ・バルツアーという少女もまた、帝都よりの脱出組である。

 父より託された密書と共に、サリヴァン侯爵領へ向かおうとしていた。

 港までは追手もかからない旅路であった。しかし、船に乗り込むために人の列に並んだところで、それは起きた。


 最初は、誰も気にしていなかった。いや、目に入ってもそれを見間違いだと思ったのだろう。


 悲鳴が上がったのは、運の悪い水夫がそれに頭を噛み千切られてからだ。


 さんさんと照る真昼の太陽の下、それらは現れた。

 水死体が変じるものと信じられている怪物、ドラウである。

 悲鳴を上げると同時に、侍従が短剣を抜いてグレーテルの前に出た。その切っ先は震えていて、全身からは冷や汗が滴っていた。


 ドラウは青白い肌をした人型の怪物である。背は子供ほどだが、その両手は地につくほどに長く、指先には刃のごとき爪がある。

 侍従の短剣は弾かれて、ドラウは水死人そっくりの白い目でグレーテルを見た。


 あ、死ぬ。

 すとんと、腑に落ちた。


 誰も守ってくれない。そして、もう間に合わない。


「ギ・ドゥ・サン」


 今では使い手の限られる魔術の詠唱が響く。

 ドラウの顔面に炎が生じ、それは全身に燃え移る。

 疾風のごとき速さで肉薄したのは、貴族服を身に纏う眼鏡の優男。右手の細剣が、魔法のように突き出されてドラウの額を刺し貫いた。


「無事か」


「が、学院長さま」


 グレーテルは、今になってその場にへたり込んで、フランツ・カグツチを見た。

 怜悧な瞳だ。

 先ほどの激しい一撃が嘘のように、今は涼しい顔をしている。

 グレーテルは呆けたように彼を見つめていて、背後の騒ぎに気付けなかった。


 燦然と輝く神の槍から発した雷で、ドラウたちを一瞬の内に地獄へ還した戦乙女に対する畏怖。そして、降臨した女神のごとき姿に歓声を上げる群衆に、グレーテルは気づかなかった。

 ただ、食い入るようにフランツを見つめている。


 こんな風に助けてくれた好みの男に惚れないで、誰に惚れたらいい。


 対するフランツは、「どこかで見た気がするな」と思った後で「犬っぽいな」などとグレーテルを見て思うだけである。



 その後、領主の兵士たちの治療をカグツチの時戻しの術で行ったことから、熱心な信徒に黒の戦乙女カグツチであるとバレてしまった。

 どちらにしても、黒い羽を持った少女なのだ。すぐに露見しただろう。

 ドラウの襲撃だけなら英雄譚で終わるのだが、歓待を受けている時にやって来たのが空を飛ぶ巨大蜥蜴、ワイアームであり、それとも戦うことになってしまう。


 空を切り裂く黒い雷。


 空を飛べるだけの蜥蜴が太刀打ちできようもない。しかし、彼らは群れを成していた。そして、別の怪物までが現れる。


 たった一日で、セザリアは伝説の魔物が襲来し、黒の戦乙女が魔物と戦う戦場へと姿を変えた。





 デバウラーとは腐った死体をこねくり回して出来上がる怪物だ。

 全身から毒を垂れ流し、人の肉を好んで食らう。

 古の英雄譚では雑魚として描かれるが、実際に現れた場合は厄介につきる。

 彼らに喰われた者もまた、時をおいてデバウラーとなるからだ。

 闇狩りの類にとって、現代でも比較的見受けられる魔物の類だ。

 弔われることのなかった死体から自然発生するデハウラーは、アヤメをもってして多人数で駆除すべき魔物と言わしめる。



 昼日中に闊歩する腐乱死体。デバウラーの群れがセザリアへ向かっていた。

 デバウラーが狙っているのは、街に入ろうとしている人々だ。

 よろよろと歩いてい街の門を目指していたデバウラーだが、一たび獲物を見つければ、奴らは俊敏に動く。

 門の前には入場を待つ人たちがいる。入口で魔物かどうかを神官が調べている。

 そこに殺到しようとしていた。


 リリーたちはデバウラーの背後を突く形で行き会った。


「デバウラーの体液は猛毒です。一滴たりとも触れず、倒して下さい」


 と、アヤメはなんでもないことのように言った。

 リリーは、木刀を抜く。


「無茶を言ってくれる」


「いいトコ、見せてくれます?」


「やってみるさ」


 リリーは外套の襟ボタンをしっかりと止めると、駆けた。

 悪臭が鼻を刺した。

 腐乱した死体が動くのには何度かお目にかかっている。いつまでたっても、この手の魔物というものは気に入らない。


 そう思ったら、ちくりと胸が痛む。

 そうか、わたしも同じようなものか。

 鬼女であるならば、勇敢に散った兵士の亡骸であろうと、容赦なく叩けよう。

 息吹の呼吸と、鬼女の邪悪な魂の力が木刀に宿る。

 悪を倒すにはそれを上回る邪悪が必要だ。故に、魔に対しても魔。

 息吹は全てを凪ぐ自然の力だ。そして、今はそこに悪が乗る。


「キイエェェェ」


 裂帛の気合と共に、走り抜けて斬る。

 兵士の死体の頭を切り落とす。返り血を浴びないという境地には至っていない。それは、二人の師ならば造作もないことだったかもしれない。

 外套にかかった血飛沫は、酸い臭いの煙を上げた。

 リリーは背後からのデバウラーの一撃をしゃがんでかわすと、そのまま転がって距離を取った。


 呼吸が乱れ、息吹も乱れる。


 悪臭というのも奴らの武器である。ただの動く死体が恐れられる所以だ。熟達の闇狩りですら、デバウラーの餌食となるのは珍しくない。


「五体はきついな」


 言葉にしてみれば、いかに無謀なことをしているか分かる。だが、死ぬ気はしなかった。

 背後の一体が崩れ折れる。

 見やれば、飛来する鎖分銅がデバウラーの頭を叩き潰している。邪術の気配から、アヤメのものと分かった。

 ミシャの一座との戦いの後、死体漁りをしていると思ったら鎖鎌が目的であったらしい。


「あと、四」


 斬るのではなく、叩く。

 息吹は魔を滅する。それは、斬るだけに留まらない。

 地摺りの型より踏み込み、死体の胸を叩けば、デバウラーは動きを止める。

 リリーが飛び退れば、その体の穴という穴より沸騰した体液を溢れさせて倒れ伏した。

 この感触だ。

 師とシャザには感謝せねばならない。

 具体的な技は教えてもらってはいない。ただ、体の理を叩き込まれたに過ぎない。それだけで、怪物を殺せる。

 残りのデバウラーが唸りを上げてリリーに向かう。が、二体はこけた。足に受けた棒手裏剣が、踝を半ば断っていた。


「ウドか」


「お嬢様、お任せしました」


「応」


 こんな時にもお嬢様とウドはリリーを呼ぶ。

 デバウラーの首を目がけて横凪ぎに木刀を振るう。

 あとは分かりきった結果があった。


「お見事ですわね」


 こけてもがいていたデバウラーに止めを刺したアヤメが声をかけた。


「いや、外套は使いものにならんようになった。新しいものを買わねばな」


「修繕しましょうか」


「今度はもう少し洒落たのがいいんだ。刺繍があると嬉しい」


「そういう贅沢、やめませんか。虎の皮で充分でしょう」


「ぬう」


 贅沢と言われると肩身が狭い。


「それはさておき、デバウラーの供養を致します。放っておくと、また同じことになりますし」


 ウドは兵士を呼びに行き、アヤメとリーでデバウラーの死骸を一か所にまとめた。元は兵士であっただろう彼らの遺品をなんとか見つけてやろうかとも思ったが、毒血に塗れた死体に触れられず諦めた。


「二度と現世に戻ることなかれ」


 アヤメは聖句を唱えながら聖油を撒く。

 火打石を取り出そうとした時、背後に多くの気配がやってくる。


「旅の方、魔物の駆除をなされたか」


 振り向けば、武装した兵士たちと貴族らしき見覚えのある男だ。


「……フランツ・カグツチ学院長殿か」


「キミは、ひとく、いや、リリー・ミール・サリヴァンか」


「このような姿で失礼致します」


「いや、こちらも話があった」


 一目で分かる。

 やる気だ。


「左様か」


 リリーもまた、木刀の柄に手を伸ばしていた。

 すでに、男前の眼鏡な学院長は細剣の柄に手をかけていた。

 その柄と刀身には魔術の術式が彫りこまれている。

 魔術師でありながら剣も使う。噂の魔術剣士であろう。


「先に、デバウラーの供養をしたいのですが、どなたか火を貸して頂けませんか」


 アヤメの声で、膨れ上がろうとしていた殺気が霧散した。


「水を挿してくれる」


「火を貸して欲しいと言ったのですよ」


「私がやろう」


 フランツは細剣を抜いて小さく詠唱をした。そして、拳大の炎を発現させてデバウラーに着火させる。

 このような見た目に分かりやすい魔術は、今の時代には廃れていた。

 遣い手が限られることと、戦争では一人の魔術師よりも五人の弓兵の方が有用なことから、魔法と魔術は滅びいく定めにある。


「学院長の技、ですか」


 アヤメが呟けば、フランツは口角を釣り上げる。

 魔術の戦争における重要性は失われたが、一対一の武芸であればまた変わる。瞬時に炎を出せる者がどれほど厄介か。

 闇狩りであるアヤメにとって、これは魔との戦いにも通ずるものだ。だからこそ、脅威が分かる。


「おい、供養が先なんだろう」


「水を挿しますわね」


 ふふん、とリリーはしてやったりと得意げに笑う。

 アヤメは咳払いを一つ。


 朗々と聖句を唱えれば、皆が黙祷を捧げた。


 デバウラーと化した者たちを火葬にしたが、遺品を捜す時間は無い。兵士たちの中には、肩を震わせる者もいた。

 昨日笑い合った仲間の死体が動き出す地獄の戦場だ。

 聖油の香りは死臭を別のものに変える。哀しみを思い出す香りだ。

 兵士たちも、手形を持つ一行を咎めない。街の英雄たるフランツもまた同様に。

 こうして、セザリアの港に入ることを許された。



 懐かしい顔とよく会う日だ。

 リリーは不思議を感じている。

 街に入って最初に見たのは、フランツに駆け寄る少女の姿だ。

 生誕祭の前に顔を合わせたグレーテルである。


「学院長、ご無事ですか」


「あ、ああ。問題ない。それよりも、キミは避難しておきなさい」


「でも、わたくしも何かお役に立ちたくて」


「慣れぬことをするものではないよ」


 フランツは、壊れ物を触るようにグレーテルの手を取った。

 先日から、グレーテルは負傷した兵士たちの手当をしたりと、雑務を手伝っている。お世辞にも役立つとは言えないが、兵士たちの士気には貢献していた。

 うら若い令嬢に励まされて奮起しない男はいない。


 このような状況で、領主は姿をくらましていた。

 街の中で兵士たちが貴族に不満を持てば、士気は瓦解する。そんな中で、カグツチ、そしてフランツとグレーテル、街に残った騎士たちは一つの責務を果たしていた。

 それは、人々の盾であり最後まで街を守ると示すことだ。


「学院長、わたくしもお役に立ちたいのです」


「しかし、キミは一刻も早くサリヴァン侯爵領に行くべきだ」


「敵であるあなたが何を言うのですか」


 宮廷魔術師である父は、マフの軍門に下った。最早、皇帝陛下を御諫めできる立場ではない。


「私は、キミのような女性に好意を向けられるような男ではない」


「こ、好意など」


「迷惑だ」


 今の己は、どのような顔をしているだろうか。フランツは忸怩たるという感情を知る。

 たった数日。だが、死と隣り合わせの魔物との戦いで、街に戻りグレーテルがいるということに、安堵する自分がいた。

 フランツは恐ろしいとも感じている。

 カグツチと出会ってから、何かがおかしい。自分という人間は、女などに惑わされる男であっただろうか。


 目元を抑えて走り去るグレーテルの後ろ姿に、何もできなくて空を仰ぐ。





「挨拶はできんな」


 リリーはつぶやいて、アヤメを見た。


「そこで話しかけないだけ成長しましたわね」


「お前は私をなんだと思ってるんだ」


「剣の大好きな野蛮人」


「毒蛇司祭が」


 これは言い争いの始まる空気だ。

 ウドが見かねて割って入った。


「それよりも、魔物に襲われて士気を保っているのが驚きですな」


 アヤメとリリーは舌打ちをして、不毛な言い争いの気配を打ち切った。


「ウドの言うように、この街は良いな。まだ持つだろう」


 リリーが言えば、ウドとアヤメも頷いた。

 戦場は人を荒ませるものだ。

 怪物に襲われて、人々が秩序を保つというのは容易なことではない。

 街を眺めていると、太陽の陽射しが翳る。

 空をみやれば、物見櫓より飛び降りる小さな人影があった。

 頭から地面に堕ちていくそれは、半ばで黒い羽を開いて、とん、と小さな足で軽く着地した。


「なんと、あのお姿はカグツチ様そのもの」


 アヤメは魅せられたかのように、それを見入る。ギラギラと輝く信仰の狂熱がそこにあった。


「はじめまして。人食い姫、リリー・ミール・サリヴァンね」


 奇妙な声だった。

 甲高い、甘い声。

 誘惑の聖人とされるカグツチの甘い囁きだ。その美しさは、儚げな少女のように見えるが、どこかに後ろめたいほの暗さがある。


「いかにも。お初にお目にかかる」


「マフに言われて、殺しに来た。わたしは、カグツチという名前よ」


「伝説の聖人、黒の戦乙女殿か」


「好きな呼ばれ方じゃァないの、それ。本物よ。もう死んでるんだけど、マフの掘り返した骨から、仮初の命を得ているの」


 さもありなん。

 始祖の吸血鬼の異形と威容を目にした今なら、そんなこともあるだろうと思えた。


「しつこいお方だよ、齊天后殿も」


「執念深いと呼ぶのが正しい。今すぐといきたい所だけど、魔物の群れを駆逐してからでもいいかしら」


「……これは、齊天后殿の放ったものか」


「まさか。マフが本気でやってたらこんなもんじゃないわ。今頃、この国の半分が死んでる。あれは近づけばなんとかなるけど、距離を取られて時間を使われたら手の付けようがない」


 言外に、隙を突けと言っている。


「敵に塩を送る、か」


「ふふ、その言葉、アメントリルがやったことが元なんでしょう。あはははは、あいつの思った通りになってるなんて、あははは」


 カグツチはただの少女のように笑う。

 敵に塩を送る、とはアメントリルの為した義による無血開城の顛末より造られた故事成語だ。


「伝説の聖人も笑うのか」


「アメントリルはヒステリー気味だった。話を戻すけど、誰かが魔物を呼び出して操ってる。それを倒して」


「目星は」


「無い」


 お手上げだ。

 アヤメは食い入るようにカグツチを見ている。

 信心深い司祭は、敵に回るかもしれない。

 リリーは、不思議とその考えがあっても平静な心持だ。

 アヤメとは憎まれ口を叩くことがあっても、間違いなく仲間だ。しかし、譲れないものもあるというのなら、そうなっても構わない。


「カグツチ様、その任はこのわたくしめに」


 アヤメが言った。信仰に燃える瞳は、カグツチには見慣れたものだ。

 カグツチは寂しげに笑う。そして、胸元にあった紫色に輝く水晶の首飾りを外した。


「これは運命の道を教えてくれる。倒すべきものの所に導いてくれる」


 クァ・キンの神具。カグツチの首飾りは、運命の道筋を光で指し示すという。

 カグツチは、アヤメに首飾りを手渡した。

 アヤメは感激に瞳を潤ませて、うやうやしく首飾りを受け取る。


「カグツチ殿はいかがされる?」


「この街を護って、囮になる」


 リリーとカグツチは、しばし見つめ合った。


「これはきっと、あなたたちの試練(クエスト)」


「息吹に闇狩り、魔法剣士殿に戦乙女殿。これ以上は無いというものだ。負ける気がしない」


 リリーは冗談めかして言った。わざと笑みを見せる。

 首飾りの示す道先に、魔物を操る者がいる。

 戯れにやったものか、それともリリーを待ち受けているのか。

 元より地獄の旅路。


「この街を、わたしを殺すために襲ったとあれば、報いを受けさせねばなるまい」


 未だ、リリーに正しさは分からぬ。しかし、無意味に命を奪う者であれば、報いを与えねばならない。それを行使すべきは、元凶であるリリー己自身である。

 二人の師の教えではない。それは、リリーの持った意志であった。


「人食い姫、そいつをやったら、やろう」


「無論」


 見つめ合えば、互いに吸い込まれそうな瞳の中に、剣呑な輝きがある。


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