第9話 森の守護神

 シンとブライアンは大樹に向かい歩いている。

 遠くから見た時から、とんでもなく大きいと分かっていたが、近づいてみると、その大きさが桁違いであるのがよく分かった。


 最初に思ったのは「木の壁」である。

 幹の太さだけで東京ドーム位の大きさであり、高さは異次元すぎて全くわからない。


 そして、大樹まで後少しといったところで、人の声が聞こえてきた。


「この先は何人も通すことはできぬ、直ぐに立ち去れ!」

 

 どこからか聞こえてきたその言葉には、尊厳さと怒りが込められているのが伝わってくる。


  ドーーーーン!!


 俺達はその言葉を無視して進んでいくと、目の前に何か巨大な物が落下してきた。


 落ちてきたのは巨大なパンダ。

 大きさは5メートルはありそうである。


 え? パンダ?

 っつかデカすぎ!


 俺はあまりの大きさに動揺するも、とりあえず話しかけてみる。


 相手が虫ではなく言語を介する動物ならば、もしかしたら対話できるかと淡い期待をもったのだ。


「ここがどのようなところかわからず来てしまった事は大変申し訳なく思っております。しかし、どうしても探さなければいけない大事な仲間がいるのです! ご迷惑をかけるような事はしませんから、通してもらえないでしょうか?」


 俺は丁寧にそのパンダに事情を説明し、何とか穏便に争うことなく進もうと考えていた。

 しかし、それは大きな間違いだった。


 パンダ達は降りてきた瞬間から、俺とブライアンを問答無用で殺すつもりであったが、殺気に鈍感なシンは気付かない。


 しかし、幾度も鬼族と争ってきたブライアンだけは違う。

 殺気に敏感であったため、すぐに動いた。

 ブライアンは俺の前に立ちふさがる。


 ブライアンが俺の前に立ちふさがった時には、パンダの1匹が風を切る速さでシンの方へ接近していたのだ。

 そして、するどい爪を立たせた手を振りかぶって、殺しに掛かってくる。


「え?」


 俺は状況が飲み込めず呆気に囚われていると、ブライアンはなぜか俺の方に向き直して四つん這いになった。

 そして、襲い掛かってくるパンダに対して片足を垂直に蹴り上げ、馬キックで応戦する。


 普通に立って蹴ればよくね?

 ってかこの状況何?


 パンダが振り下ろした爪は、四つん這いになったブライアンに届くことはなく空振りし、ブライアンの馬キックが隙だらけになったパンダAの腹に直撃した。


 バコーーーーン!!


 パンダは馬キックにより、木々をなぎ倒しながら後方に吹き飛び、そして電池の切れたロボットのように動かなくなる。


「相棒下がんな! こいつらと話すのは無理だ、俺に任せろバーロー!」


 そういうと、ブライアンは再び立ち上がり、今度は右手を振り上げて、もう一匹のパンダに突っ込んだ。

 ブライアンは、幼い頃から数多くの修羅場を潜ってきている。

 その戦い方は一見すると「馬鹿なの?」と思える行動に見えるが、実際には理に適っていて、その才能は他の馬族とは比べ物にならない。


 ブライアンは物凄い速さでパンダに近づくと、振り上げた右手をパンダに向けて振り下ろす


ーーが早すぎたせいで空ぶった……ように見えて、実は違う。

 どうやら右腕を振り上げて突っ込んだのは殴るのが目的ではなかった。


 俺はその光景をみて、目を疑う。


「え? なんでそこでヒップアタック?」


 ブライアンは振り上げた右手を空ぶることでその遠心力を利用し、体を反転させてパンダBの顔面にヒップアタックをかましたのだった。


「ヘイ! ホホーイ!!」


 奇妙な声を上げて繰り出したヒップアタックの威力は、さっきの馬蹴りとは比べ物にならない程の破壊力を有しており、直撃したパンダは


 プギャーーーー


と情けない叫び声を上げながら、まるで某バイキン男のように空高く吹き飛んで消えていく。


 え? なにこれ?

 真剣バトルに突入したと思ったら、まだこれギャグパートなの?


 ギャグのような戦闘であったが、現実には銃を持っても到底倒せないような強大な敵に襲われて瞬殺するという大金星。

 ブライアンは、まるで何事もなかったようにシンのところに戻ると、気持ち悪い決め顔で


「またつまらないものを斬っちまったぜバーロー」


とわけわからない事を言うが、断じて何も斬っていない。切れてるのはアゴだけだ!


「おい……ブライアン。いやまじですっげぇけどさ、なんでいきなりぶっ飛ばしてんの? 俺は話し合いで解決しようとしてたのにさ。」


「お? 話し合いってなんだ? あいつらは最初から俺っち達を殺す気だったぜバーロー」


「いやいや、俺話しかけてたじゃん? まぁぶっ飛ばしたちまったもんはしょうがないけどさ、次からは戦う前に相談してよ。」


「お? よくわかんねぇけど、わかったぜ相棒!」


 俺はブライアンの突然の攻撃に苛立つものの、パンダ達は、話しかけているにも関わらず、問答無用で襲ってきたのも事実である。

 もしブライアンが動かなかったら自分は死んでいたかもしれなかったので、怒っていいのか感謝していいのか複雑な心境だった。


 パンダとの戦闘が終わり、俺達は気を取り直して再び大樹に近づいて行くと、またさっきと同じ声が聞こえてくる。


「我の僕しもべに勝ったか。だがしかし! 絶対に大樹に近づくことは許しはせんぞ!」


 その声は先ほどよりも強い怒りの篭った声であり、同時に、大樹の上から先ほどのパンダとは比べ物にならないような巨大な影が落下してきた。


   ズドーン!!


 森全体が震える。

 まるで直近に雷が落ちてきたような音と衝撃であり、地面だけでなく大気すら揺れていた。

 そして俺達の目の前に立ちはだかるのは10メートル巨大なシロクマ。


 パンダの次はシロクマかよ。

 さっきとはスケールがケタ違いだ!

 あのパンダですら巨大な化け物だったのに、こいつは動物というよりも怪獣だな。

 こいつとまともに戦えるのは3分だけ戦える光の巨人くらいだろ。


「ブライアン、今回は攻撃されるまで動かないでくれ。ちょっと俺に任せてくれないか。」


「お? わかったぜ相棒。相棒がやられたら俺は動くぜ!」


「いや! そこはやられる前に守ってよ!!」


「話は終わったか? 立ち去らぬようだから処分する。」


 シロクマは有無を言わせずに攻撃態勢に入ろうとしていた。


「ちょ! たんまたんま! ちょっとまってくれ! 一つだけ聞かせてくれないか? なんで大樹に近づいてはならないんだ?前にここにいる馬族が大樹に登ったって言ってるけど、どうして今回はダメなんですか!?」


 焦った俺はすぐさま必死に弁明する。


「ほう、そいつが前に……。ん!? お前か! また性懲りもなく来やがったな! 今度こそ息の根をとめてやろう!」


 また? 今度こそ?

 ブライアンを知っている?


「話が見えないんですけど。シロクマさんはブライアンを知っているのですか?」


「知っているも何も、以前その馬族がこの森で大暴れして、わしのペットのゴルちゃんを拉致した挙句、ゴルちゃんに乗って森中を駆け回っては周りの木々をなぎ倒し、動物達にケガを負わせたのだ。あげくの果てにゴルちゃんが過労で倒れると食べやがった! コイツだけは絶対に許せん!!」


 なんか襲われた理由がわかった……。

 犯人はコイツか。

 つうかブライアンはなんでも食べるのな……。


 俺はブライアンをジト目で見つめるが、ブライアンは何食わぬ顔で鼻をほじっていた。


「お? 俺っちの顔がどうかしたか??」


「いや、今お前の話をしてたんだよ! お前の顔はどうしたも何もきもいだけだ! なぁ、ブライアン。前にここ来た時、カブトムシを探しに来たっていってたけど、そのカブトムシどうした?」


「おお、最初は元気で飛び回ってたんだけどよ、なんだかどんどん元気なくなってよ、動かなくなったから可哀そうだと思って食ったぜ! あんま美味くなかったけどなバーロー!」


「やっぱりお前かぁ! つまりその件があってから大樹に近づけなくなったんか!」


 何喰わぬ顔でのたまうブライアンを睨む。

 しかしだからと言って、ブライアンを生贄に出したところで自分が確実に助かるわけでもなさそうだ。

 それに、ブライアンが居なければそもそもこの森から出られない。

 

「あの……シロクマさん。やっぱり帰ることにします。お騒がせしました! それではお元気で!」


 そういうと俺は直ぐに踵を返して立ち去ろうとした。


「お? 相棒いいのか? チビ助どうすんだ?」


「バカいいんだよ! とにかく今は逃げるぞ! アズのことは後だ!」


 俺は焦りつつも小声でブライアンにそう伝え、走り出すが既に遅かった。


「逃がすと思ったか? もはや、お前たち二人はこの森の養分になることは決定事項だ! ゴルちゃんの恨み、ここで果たさせてもらう!」


「ちょっ! ま! 何で俺も入ってんの!」


 俺は、完全にとばっちりの死刑宣告に驚くも、逃げる足は止めない。

 シロクマはゆっくりと追いかけてくる。 

 シロクマの動きはゆっくりに見えたが、実際には大きさが桁違いに違うため、数歩歩くだけで俺達に接近する。


「ブライアン! 頼む、守ってくれ!」


「お? やっていいのかよ? バー……」


「死ね!!」


 ブライアンが返事を返している最中、シロクマの左手はブライアンの身体全体をなぎ払った。

 本来ならば、ブライアンは本能的なセンスでそんな攻撃を食らうはずもなかったが、俺から許可するまで動くなと言われていたため、返事をしていた分反応が遅れてしまった。


「ブライアン!!」


 シンは叫ぶがブライアンは生死不明で吹き飛んでいく。


 俺のせいだ……。

 俺があんなこと言わなければ……。

 

 

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