第9話 初めてだから……

 朝食を終えた後、歯磨きを済ませてから、可奈子さんは軽く掃除を始めた。


 俺はなるべく邪魔をしないように、端っこの方で待機している。


「冬馬くん、テレビ見ないの?」


「いや、大丈夫」


 正直、今はテレビよりも、家事をこなす可奈子さんを見ていたかった。


 って、俺は変態かよ。


「ふんふふ~ん♪」


 可奈子さんは機嫌が良さそうに鼻歌を歌う。


「そうだ、冬馬くん。今日、何か予定はある?」


「えっ? いや、特に無いけど……」


「だったら、午後からショッピングに付き合ってくれない」


「うん、良いよ。何を買うの?」


「お洋服が欲しいなって。冬馬くんに選んでもらいたいの」


「え、俺が? そこまでファッションセンスに自信はないよ?」


「良いの。だって……あなたの好みに染まりたいから。選んで?」


 グラリ、と椅子から転げ落ちそうになった。


「どうしたの?」


「いや、その……」


「言っておくけど、エッチな服はダメだよ? まあ、冬馬くんがどうしてもって言うなら、がんばって着るけど……」


「そんなの選ばないから。だって……俺以外の人に、可奈子さんのそんな姿見せたくないし」


 俺は少しうつむきながら言う。


「……うん、ありがとう。じゃあ、パジャマはエッチなの買っちゃおうか」


「いや、それは……ご自由にどうぞ」


「まあ、寝る部屋は別だから、そんなに誘惑できないか」


「可奈子さん、もう勘弁して下さい」


 俺はさっさと白旗を上げる。


「ごめんなさい、冬馬くん。君があまりにも可愛いから、いじめたくなっちゃったの」


「いじめだったの? ひどいな~、今度仕返ししちゃうぞ?」


「うん……楽しみにしているね」


「な、何だよ、その発言。Mっぽいな」


「うん。私はきっと……好きな人に対してそうだと思うから」


 さらっと流し目を向ける可奈子さんを見て、俺はゴクリと息を呑んだ。


「午後から出掛けるし、お昼ごはんは軽めにおうどんで良いかしら?」


「あ、うん。良いね」


「よいしょと」


 可奈子さんがこちらに背を向けて、クッションをどかそうとする。


 その際、ズボン越しにヒップラインが浮かんで、またゴクリとしてしまう。


 正直、ヤバい……これはもう、目に毒だ。


 良くも悪くも、ね。




      ◇




 可奈子さんの車に乗って、ショッピングモールにやって来た。


「やっぱり、休日だから混んでいますね」


「そうね……じゃあ、手でもつなぐ?」


「えっ? いや、それは……」


「良いじゃない」


 可奈子さんはスッと俺の手に触れた。


「あっ……」


「ダメかな?」


「そ、そんなことはないです……」


「じゃあ、私の手を握って?」


「は、はい」


 俺はまたゴクリと息を呑んでから、可奈子さんの繊細な指先に触れる。


「あっ……」


「へっ? ど、どうかしました?」


「う、ううん。ごめんね、変な声を出しちゃって」


「いや、大丈夫ですけど……」


「私、緊張しちゃって。こんな経験、初めてだから」


「えっ、手をつなぐのも……初めてなの?」


「ダ、ダメかな?」


 可奈子さんは少し照れて焦った様子を見せる。


 か、可愛い……可愛すぎるぞ。


「最高です」


「えっ?」


「あっ、いや……俺も初めてなんで。お互い様だよ」


「ふふ、ありがとう。じゃあ、優しく握ってね?」


「う、うん」


 俺はドキドキしながら、可奈子さんの手を握った。


 しっとり滑らかで、少しだけ冷たい。


 可奈子さん、本当に緊張しているんだ。


 そのことに気が付くと、俺は年下だけど、男として彼女を守らないといけないと思った。


「行こう、可奈子さん」


「うん」


 可奈子さんは笑顔で頷いてくれた。







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