第7話 酔っているお姉さん

 キッチンにスーパーの袋を置く。


「冬馬くん、ご苦労さま」


「これくらい、お安いご用だよ」


「男の子って、頼もしいのね」


「い、いやぁ~」


 って、俺は本当に単純な男だな。


 美人で巨乳のお姉さんに褒められたくらいで、もうデレデレだ。


 ここは男として、気を引き締めないと。


「よしよし」


 可奈子さんは俺の頭を撫でてくれた。


 うん、もう完全に降伏して幸福になります。


「じゃあ、手を洗ってお料理しましょう」


「うん。俺も何か手伝えるかな?」


「もちろん。揉んでもらっても良い?」


「えっと、何か肉の具材をこねる感じ?」


「ううん、肩を」


「えぇ~?」


「じゃあ、特別に……おっぱい揉んでも良いよ?」


「ぶふっ! か、可奈子さん?」


「うふふ、冗談よ。けど、冬馬くんがどうしてもって言うなら……」


 可奈子さんは意味深な流し目をして来る。


 特別、胸を強調している訳じゃない。


 むしろ、清楚な服にちゃんとお行儀よく包まれている。


 けど、だからこそ、めちゃくちゃエロく感じてしまう。


「あ、冬馬くん。ジッと見ちゃって。イケメンのくせに変態くんだ♡」


「イ、イケメンじゃないよ」


「でも、学校でモテるでしょ?」


「まあ、バレンタインは何個かもらったけど……」


「ふぅん? 将来、浮気が心配ね」


「か、可奈子さん、美人が怒ると怖いから」


「あら、口が上手いのね。あ、今のは別に深い意味はないわよ?」


「初めからそんな考えはありません」


「じゃあ、お鍋を作るから。冬馬くん、白菜を剥いてちょうだい」


「良いね、白菜。鍋の定番の具材だ」


「そっか、冬馬くん、ちゃんと料理する子だったわね」


「うん。まあ、可奈子さんほど上手じゃないけど」


「私はお姉さんだから。冬馬くんよりも、いっぱい経験があるだけ」


「さすが」


「でも前にも言ったけど……恋愛方面は全然だから。冬馬くんがちゃんとリードしてね?」


 急に上目遣いをして来た。


 それ、反則だし。


「は、白菜やりますね」


「じゃあ、私は他の具材の下ごしらえをするから」


「うん」


 こうして、2人で調理タイムがスタートした。




      ◇




 リビングのテーブルの中央で、ほかほかと湯気が立つ。


「美味そうだ」


「じゃあ、早速いただきましょ」


「可奈子さん、お酒飲んでも良いよ」


「え、良いの?」


「だって、スーパーでビール買っていたじゃん」


「バレてたか」


 小さく舌を出す可奈子さん。


 いちいちチャーミングな人だ。


「もっと可愛いお酒を買えば良かった」


「大丈夫だよ。可奈子さんはいつだってちゃんと可愛いから」


「……ねえ、冬馬くん」


「あ、ごめん。気に障った?」


 俺は少し焦って言う。


「……あまりドキドキさせないで。私、もうおばさんなのに」


「お、おばさんって……可奈子さんはいつまでもきれいなお姉さんでしょ」


「もうダメ、熱い」


 可奈子さんは両手で顔を扇ぐ。


「ビール、注ぎます」


「あら、気が利くのね」


「じゃあ、いただきます」


「召し上がれ」


 俺は可奈子さんお手製の鍋をつつき始める。


「……うん、美味い。にんじんって処理が難しいけど、ちゃんと甘い味がして美味しい」


「良かった。冬馬くんが剥いてくれた白菜も美味しいわよ」


「ただ剥いただけだけどね」


 それから、2人で談笑しながら楽しく食事の時間が進む。


「ねえ、可奈子さん。ちょっと聞いても良い?」


「何かな?」


「その、可奈子さん、恋愛経験は何もないって言ったけど……本当なの?」


「ん?」


「だって、こんなに美人で性格も良くて……おまけに巨乳だし」


「こら、おませさん」


「ごめんなさい」


「……まあ、自分で言うのもなんだけど、告白はよくされたわ」


「や、やっぱり。カッコイイ人とかいなかったの?」


「何人かいたけど……何となく、そんな気分にならなかったの」


「そういうもんかな?」


「うん。でも今この歳になってやっと……初恋できました」


 可奈子さんはチラッと、また上目遣いに俺を見た。


 お酒が入っているせいもあってか、より色っぽく見えた。


「……お、俺なんて、ガキなのに」


「可愛い男の子よ♡」


「可奈子さん、酔っている?」


「うん、ちょっとだけ……」


 コト、とコップを置く。


「ねえ、冬馬くん。さっきも言ったけど、肩揉んでくれない?」


「え? まあ、良いけど」


「ごめんね、どうしても凝っちゃうの」


「あー……」


 可奈子さんの背後ににじり寄ると、俺は改めて実感する。


 正面から見るよりも、少し俯瞰したこの角度から見る彼女の胸は……または迫力がすごい。


 ていうか、ちょっと隙間から谷間が見えそうになって……


「冬馬くん?」


「あ、ごめん。揉めばいいんだよね?」


「うん。あと、コリコリもして欲しいな」


「コ、コリコリ!?」


「うん。肩の付け根辺りを……コリコリして?」


「あっ……はい」


「ふふふ、何を想像したの?」


「いや、想像というか……もう圧倒的な現実が目の前に」


「こら、誰が富士山だ♡」


「可奈子さん、やっぱり酔っているでしょ?」


「あなたに酔っています」


「……罪なお姉さんだ」


「逮捕されちゃう?」


「……いや、俺も同罪ってことで」


「さすが、未来の旦那さま。ていうか、もう旦那さまよね?」


「あ、えっと……」


「何よ、ここまで私の気持ちを掻き回しておいて、捨てるの? やっぱり、年増だから?」


「だから、可奈子さんはまだ若いって。……むしろ、俺の方が捨てられないか心配だよ」


「憶病な気持ちはお互いさま……じゃあ、お互いにゆっくりと温かく触れ合いましょう」


 可奈子さんの指先が俺の頬に触れる。


 いい意味で、ゾクリとした。


「そういえば、お風呂まだだったね」


 ウィスパーボイスで囁かれる。


「う、うん。沸かそうか?」


「私、お酒入っちゃったから」


「あ、じゃあ……」


「でも、女の子だし、大好きな人と一つ屋根の下にいるから、ちゃんと入りたい」


「そっか、そうだよね」


「ていうことで、一緒に入りましょ?」


「あー、はいはい……って、えっ?」


 動揺する俺の目の前で、可奈子さんはいたずらに笑みを浮かべる。


「やっぱり、酔っているだろ?」


「うん。だから、今の私には何でもし放題だよ?」


「しないよ、そんな状態の相手に」


「紳士なのね。ますます惚れちゃう」


「可奈子さん、水のみなよ」


 俺は立ち上がろうとするけど、


「そこにあるのもらって良い?」


「あ、それは俺の……」


 と、止める前に。


 可奈子さんは俺が口を付けたコップに触れると、そのまま自分の口に運んだ。


 コクコク、と喉を鳴らして飲む。


「……ぷはっ。冬馬と間接キスしちゃった」


「え、呼び捨て?」


「ダメ? たまには良いでしょ?」


「うん、まあ……」


「私も呼び捨てにして良いよ?」


「いや、それは……」


「お願い、一回だけ」


「……可奈子……さん」


「このチキン野郎」


「ぐふっ」


「冗談、冗談。冬馬くんはきっと、いざという時には頼りになる男の子だから……ちゃんと、私をエスコートしてね?」


「さ、最大限に努力します」


「期待しています、旦那さま」


 俺はもう、可奈子さんの魅力にノックダウンされた。







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