熱き教育実習と登校拒否⑨




熱司を含め琉生以外の全員が目を丸くしていた。 いや、本当は予想通りなのかもしれない。 だが実際に琉生のやつれた姿を目の当たりにすれば、かける言葉がすぐに出てこないのは当然だった。


―――琉生、くん・・・!?


食事は用意していただろうとは思う。 ただそれをきちんと摂っていたのかは分からない。 部屋の中にいれば自然と運動量は減る。 ということは、ほとんど食べていなかったということだ。 

琉生の母は慌てて琉生に駆け寄っていく。


「琉生・・・ッ! ごめん、ごめんね。 騒がしくして」


その瞬間乾いた音が響いた。 息子に触れようとした母の手を琉生が払ったのだ。


「琉、生・・・?」


母は驚いた顔をしていた。 琉生はゆっくりと視線を動かし熱司と目を合わす。


「は、話したい。 熱司先生と」


言葉を上手く発せられないのか、とてもゆっくりで聞き取りにくかった。 それでも彼の気持ちは届いていたため熱司は頷いた。


「あぁ。 もちろんだよ」

「琉生、そんな・・・! 私でも話してくれないのに」


母を無視し琉生は熱司は玄関の方を指差しながら言う。 斎藤先生も教頭もまるでいないかのように振舞っている。


「そ、外、行きたい」

「え、それは大丈夫なのかい? 無理しなくてもいいんだよ?」

「逆に、ここだと、落ち着かないから」


ここにいる面々に冷たい視線を向けていた。


―――確かにこれだけ大人がいたら、そりゃそうだよな。


「分かった。 行こうか」


頷いて手を差し出すと、ゆっくりと手を取ってくれた。 当然母は息子の意思には反対できなく外出許可を出してくれた。


「部屋から出てきてくれて嬉しいよ。 寒くない?」


琉生は頷く。 やはり外は怖いのか少し怯えているように見えた。


「どう? 久しぶりの外は」

「・・・風が、気持ちいい。 空気も、美味しい」

「そう、よかった。 何かあったら俺がちゃんと守るから安心して」


そう言うと琉生は頷いた。


「ところで、どうして部屋から出てきてくれたの? よかったら理由を聞かせてくれる?」

「・・・僕を気にかけてくれたの、熱司先生が初めてだったから」

「ッ・・・」


言葉に詰まったのは予想通りだったからだ。 結局、臭いものには蓋ではないが、母も学校も琉生に正面から向き合おうとはしていなかったのだ。 

ただ琉生にとってその方がいいのだと、勝手に思い込んでいただけだ。


―――・・・ほら、やっぱり思った通りだったじゃないか。


「そっか。 琉生くんと出会えてよかったよ」


そう言うと琉生は嬉しそうに頷いた。 二人は近くの公園のベンチへ向かう。


「琉生くんは好きなこととかあるの?」

「・・・絵を描くことが、好き」

「絵か! それは風景とか?」

「風景も描くし、人も描く」


そう言って地面の砂利で人の絵を描き始めた。 それは想像していた以上の出来だった。 砂利でここまで描けるのは素直に凄いと思った。


「この人は、熱司先生」

「やっぱり!? 似ていると思ったんだよ!」

「・・・本当?」

「あぁ! 琉生くん、絵が物凄く上手いんだな! 才能があるよ!!」

「・・・ありがとう」

「琉生くんのペースでいい。 絵のように好きなことを見つけて、それを続けていくんだ。 そしたらきっと道が開ける。 琉生くんの夢を俺は応援しているよ」


「・・・熱司先生が、担任の先生だったらよかったのに」


「え?」


思わず聞き返したその時だった。


「キャー!!」


突然近くで子供の叫び声が聞こえたのだ。



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