第13話 初めまして、虎太郎さん④

初詣は住吉大社。源氏物語にも出てくる由緒ある大きな神社である。今回、住吉大社に決まったのは美和が住吉大社に行きたい!と強くリクエストしたためだった。いろいろと理由を上げたものの美和の目的はただ一つ。


 美和ともと子は今日が初対面。虎太郎と並んで待ち合わせ場所の南海電車のなんば駅三階コンビニ前に現れた美和は弾けるような笑顔でリュウの前にやって来た。

「リュウさん、お久しぶりです。」

「おう、美和ちゃん。元気そうやな。」

お陰さまで、と返事をすると、人懐っこい美和はニコニコして、リュウの隣に立つもと子の顔をのぞき込んだ。

「あなたがもとちゃん?私は大垣美和。こーちゃんの彼女です。」

明るい茶色の肩まで伸ばした髪にウエーブをかけた美和はモスグリーンのコートに黒のパンツが長い足に似合っていた。色白の顔に黒目がちの大きな目をクリクリさせてもと子に話しかけてきた。

「こーちゃん?あの虎さんの彼女さん?」

「そうそう。虎太朗はコタロウって読むんよ。みんな虎って呼ぶけどね。自分の彼氏が虎ってかっこわるいでしょ?だからこーちゃんって私はよんでるねん。」

一気に話すと美和はもと子に腕を絡ませ、リュウから少し離れたところにもと子をつれていった。そしてもと子の耳元に口を寄せてきた。

「もとちゃん、こーちゃんから聞いてるよ。私ももとちゃんの味方やからね。」

美和はもと子の足元をチラッと見た。

「よし!ちゃんとぺたんこの靴で来てんね。太鼓橋ではちゃんとリュウさんにエスコートしてもらってね。そのために住吉さんにしたようなもんなんよ。お正月の住吉さんはスゴい人やねん。だからこーちゃんと私からはぐれても大丈夫なようにしとくからね。今日はリュウさんとのデート楽しんで。頑張ってね!」

みるみる顔を赤く染めて、うなずくもと子の肩を美和は軽く叩いた。


 最寄り駅の住吉大社駅からは日が落ちても大勢の初詣客が住吉大社へと向かっていた。もと子はリュウ達にはぐれまいと必死になっていた。それでも人混みの流れに押し流されリュウとはぐれそうになった。と、もと子の腕をリュウが掴んだ。

「スゴい人やな。もとちゃん、今日ははぐれたらアカンから手、繋ぐで。」

もと子がうなずく前にリュウはもと子の手を握り、前を向いて歩き始めた。なかなか前には進めず、虎太郎と美和も少し離れてしまった。

「虎さん達とはぐれてしまいましたね。」

「大丈夫。しっかり者の美和ちゃんが虎の隣に居てるし、最終的に待ち合わせ場所決めてるから。」

心配顔のもと子に笑顔でリュウは答えた。

「そうや、もとちゃん、住吉さんは初めてか?」

「名前だけは聞いたことあるんですけど。」

「そうか。もとちゃん、住吉さんは反橋があるの知ってる?美和ちゃんがぺたんこの靴でおいでって言ってたやろ。危ないから気合い入れて上ろうな。」

「反橋?橋を渡るだけなのにそんなに大変なんですか?」 

「お、そう来るか。反橋にたどり着くまでたいぶかかるから楽しみにしとき。」

リュウはフフフと笑うとまた前を向いた。

チンチン電車の通る住吉大社前の紀州街道を渡り、住吉大社の敷地に入った。

「うわー!おっきい灯籠いっぱい!」

もと子は二階建ての家ほどの大きさの灯籠がたくさんあるのにビックリした。人、人、人。それに賑やかな露店。キョロキョロと周りを見渡しながら少しずつ前に進んでいった。

「もとちゃん、そろそろやで。」

リュウに言われて前を向くと、反橋の見えるところまでたどり着いた。

これ上るん?大勢の人がゆっくりと上る反橋を目の前にしてもと子は息を飲んだ。


 美和があえてぺたんこの靴を指定した理由がわかった。これはぺたんこの靴でなくては無理。

「これが反橋や。まあ、太鼓橋やな。」

(これ、足を踏み外すとかなり、まずいやん。)

もと子は不安げに黙りこくって、隣に立つリュウを見た。リュウはニッコリ微笑むとと、もと子の手を強く握った。

「大丈夫!俺が支えるから、重心前にかけて足元をよく見て上り。大丈夫、大丈夫。みんな登ってる。」

美和が言ってた通り、初めて反橋を渡るもと子はリュウにしっかりつかまり、そろそろとゆっくり足を運んで、ようやく渡りきった。

「渡れました!」

もと子は嬉しそうに傍のリュウを見上げた。

「な、大丈夫やったやろ。初めはみんなびっくりするねん。」

手水舎でお参り前に手を洗うと、はぐれないようリュウはしっかりもと子と手を繋いだ。

「住吉さんは神様が4人いてはるんやで、知ってた?」

「4人も?」

「そうそう。奥が一番目のお社で手前に向かって二番、三番、三番の右隣が四番目のお社なんや。」

「じゃあ、奥からお参りしないと。」

「今日はえらい沢山の人やから、一番手前の三番目の神さんからでええやろ。もとちゃんは何をお願いするんや?国試合格やろ?」

「そ、そうですね。国試は絶対合格したいです。それに…」

「なんや、最後聞こえんかったで?」

人混みに押されて流されそうになるもと子を引き寄せ、リュウは息がかかりそうな程を顔を近付けてもと子の声を聞こうとした。

間近に見える涼しげな目に柔和な微笑みをたたえた形のよい唇。もと子は一気に顔が熱くなった。

「なんやもとちゃん、人混みに酔ったか?お参りやめて、喫茶店でも行くか?」

心配そうに見つめるリュウの腕につかまり、もと子は頭を振った。

「大丈夫です。ちょっと人が多くてのぼせそうになっただけ。こんなにお参りの人が多い住吉さん、スゴイ神様ですよね。絶対合格をお願いしたいです。…それに縁結びも…」

「そっか。もとちゃんもお年頃やもんな。よしよし、じゃあ手前の神様だけ拝んで合格と縁結びのお守り買って喫茶店で一服しよ。」

ウンウンとうなずいてリュウは前を向いた。

「え、でも出来たら全部お参りしたいです。せめて縁結びの神様だけでも。」

必死な顔でお願いをするもと子の目力に負けて、リュウが苦笑いで折れた。

「んーわかった。女の子やもんな、縁結びは外せんわな。縁結びの神さんも行こう。でもな、もとちゃん、まだ顔が赤いで。もし風邪でも引いたらアカンから今日は二つだけお参りしよう。その代わりに国試終わったらまた来よう。住吉さんは4人の神様だけじゃなくて周りにもっと沢山いてはるねん。商売繁盛の招き猫を集める神様とか五大力って書いた石を集めてお守りにする楽しい神様も居てはるんや。全部お参りしよ。」

いまいち不服そうなもと子にリュウは小指を出した。

「指切りしよ。」

モジモジするもと子の手を掴んで上げるとすぐ、もと子の小指に自分の小指を絡めた。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます、指切った!」

指切りが終わると、まだモジモジしているもと子を拝殿前に連れて行き、二人はお参りをした。もと子は国試の合格を祈願した後、横で一生懸命に祈っているリュウをチラリと見た。もと子の2つ目の願いは大好きなリュウの彼女にしてもらうこと。リュウが何をお祈りしているのか?もと子は知りたいような、聞くのが怖いような複雑な気持ちで参拝の順番を次の人に譲った。


 住吉大社の第三本宮参拝の後、右手にまわり、縁結びの神様のおもと社にお参りをした。

「ここの神さんは、本当は中に入ったところにいてはるねん。ちょっとのぞいてみ。」

もと子が入り口から斜めに中をのぞいてみると入り口の左手に神様をおまつりしていた。

「ホント。入り口の横に神様居てはりますね。正面に見えるのは何を飾ってるんですか?」

「あれば赤いのがおもと人形やったかな。隣が夫婦円満人形や。裸の男女の人形やな。」

「裸!?」

「さすが恋愛成就、夫婦円満の神様やな。」

リュウはそう言うともと子にウインクをした。もと子は少し恥ずかしそうにして、柏手を叩き、手を合わせた。

参拝を終えた二人は、ごった返す人込みからずれて、お守りを買いに行った。

「もとちゃん、国試合格のお守り買うたろ。」

リュウは、住吉大社の神様のお使いであるウサギが2匹向かい合って飛び上がっているお守りを買い、もと子に渡した。

「今日の住吉さんはここまでな。また国試終わったら来よう。案内するから。」

リュウからもらったお守りを大事にカバンに入れ、もと子は大きな笑みを浮かべてうなずいた。

「楽しみにしてます!リュウさんにお守りもらったから絶対合格します!」

「そうや、その調子。」

リュウはもと子の頭をポンポンと軽く叩いた。もと子はくすぐったそうに微笑みながらコートに首をすくめた。


リュウともと子は並んで駅に向かって歩いた。最寄りの南海電鉄の駅の高架下にあるファーストフードの店に着いた。混んでいる店内をのぞくと、美和と虎太郎が既に四人がけの席を取ってくれていた。手を振ると美和達も気がついたようでニコニコしながら手を振り返した。

「なんか温かいもの買って来るわ。」

リュウの言葉に二人はニッコリとうなずいた。リュウは二人分のコーヒーとポテトを買い、もと子と並んで美和と虎太郎の前に座った。

「お疲れさま。スゴイ人だったね。」

虎太郎が穏やかな微笑みを浮かべてリュウともと子に話しかけた。

「ほんま、相変わらずやわ。」

「大昔からある由緒正しい神社だから、仕方ないわよね。」

コーヒーをすするリュウの言葉を美和が受けた。三人はよく住吉大社に来るのか?馴染みがあるのか?ともと子は聞いてみたくなった。

「住吉さんは古いんですか?」

「住吉さんは源氏物語にも出てくるぐらい歴史あるからなあ。なんでもOKの神様やけど、特に海の関係とか商売の神様として有名やったと思うよ。その関係の神社が境内にいくつかあるで。そうそう、近くの住吉さん関係の小さい神社で、願いが叶うと軽く感じ、叶わへんと重く感じるおもかる石っていうのもあったよ。」

「リュウさん、詳しいですね。よく来るんですか?」

「いやいや、受け売り。前に帝塚山のお嬢さんと付き合ってて、その子と付き合ってる時はまあまあ来たかな。その時によく説明されてたから覚えてんねん。」

当たり前のようにサラリと元カノの話をリュウにされてもと子はチクリと胸が痛くなった。隠しきれずにもと子は眉をひそめて下を向いた。


 チラリともと子を見た虎太郎はのんびりとリュウに聞いた。

「あ、それエリカさんやんな。どうしてるん?」

「あれ、虎に言ったと思うねんけど、アイツもう結婚したで。」

「リュウさん、その人まだお店に来るの?もしかしてまだ付き合ってるとかはないですよね?」

虎太郎に引き続き美和も話を振った。するとリュウは右手を小さく繰り返し振った。

「ないない。たまに店来るけど、既婚者やろ、付きあえへんよ。そら、アカンやろ。」

「ですよね~。リュウさん、不倫するような人じゃないですもんね。」

3人のやり取りをハラハラして見ていたもと子と目が合うと美和はさりげなくウインクを返した。

「兄ちゃん、今までの彼女、みんな金持ちちゃうかった?で、みんな続かへん。」

「お前、痛いとこ突くやん。そやねんな。やっぱり、ヒモみたいになってしまうやろ。ヒモはする気ないねん。と、なるとなかなか続かへんわなあ。」

虎太郎の言葉を受け、リュウはポテトをつまみながら返した。

「ふーん。じゃあリュウさんには普通の子がいいんじゃない?例えばもとちゃんみたいな。ね、もとちゃん?」

美和のストレートな突っ込みにもと子は大いに慌てた。

「あ、あ、はい?」

もと子の慌てぶりにリュウは目を細めて微笑んだ。

「美和ちゃん、からかいすぎ。もとちゃん、目を白黒させてるで。もとちゃんは看護師になって、素敵な彼氏見つけるねんな?もとちゃんはええ子やから玉の輿とかもいけるで。」

リュウは整った細面の涼しげな眼差しでもと子を見つめた。普段の強面を崩して、この上もなく優しい眼差しで、まるで大切な妹を見守るように。そう言われて、返す言葉も無くなり、もと子は小さくまばたきした。

「そうかなあ?もとちゃんにとってリュウさん以上のいい男はいないと思うねんけど,,,」

美和の言葉に、ないないと片手を顔の前で振りリュウは相変わらずニコニコしている。

ため息をつくと美和は虎太郎と顔を見合わせた。

「これ、完璧お兄ちゃんモードやん。なかなか手強いなあ」

美和は虎太郎の耳元で小声で呟き、虎太郎は苦笑いをした。



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