第3話 復活!

「おはようございます、カガリさん。見てください! 僕、かんぜんかいふくです!」


 ベッドからピョンと飛び降りて、シャツをピラピラさせながら、レギは妙なポーズを取った。

 多分、格好いいポーズだ。本人的には。


 私が見ても、ただ面白いだけだが。


「そうだね、カッコいいね」

「うふー」


 頭を撫でてやると、満足そうな顔をする。


 何のかんのと付き合っているうち、レギのノリにここ二日で慣れてしまった。

 レギはとにかく口が達者でよく喋る。

 特別賢そうだとかそういう感じではないが、知識はあるという印象だ。


 私は、その後も何やらアピールしているレギを適当にあしらい、テーブルにトーストと温めた牛乳を置いた。


「カガリさん、“こんなに元気になって!”とか、もう少しこう、感動とかないです?」

「うん、よかった」

「わーい、よかったー、ありがとうございますー」


 棒読みみたいな適当さで答えたが、レギはそれで十分嬉しそうに足下にまとわりついた。

 このじゃれ付き方は犬か猫だな。


「はいはい、朝食にしよう。座って」

「はーい」


 私が声を掛けると、レギは向かいの椅子にぴょんと飛び乗って姿勢を直した。

 大人用の椅子は小柄な彼には少々大きいが、特に不便はないようだ。

 寝室に置いた一人用の小さいテーブルセットにもう一脚椅子を置き、朝食を一緒に取る。


 ご機嫌でいただきますをするレギ。すっかり元気になって、パンにかぶりついている。

 そんな彼は、昨日になってなんとかヨロヨロしながらも立つことができるようになっていた。

 そして今朝。

 部屋に様子を見に行くと、すでに起き上がっていたレギは、ベッドの上でぱたぱたと脚を動かして見せた。

 その後は冒頭の通りだ。

 

 ……本当に良かった。


 食欲も出てきて結構だ。

 一生懸命食べている姿を、紅茶を飲みつつ眺めていると、それに気づいたレギは口に入っていた分をこくんと飲み込んで頬を撫でた。


「このパン美味しいです」

「それはよかった」


 なんていうことはない、ただのハムエッグを乗せたトーストだが、どうやら気に入ってくれたらしい。

 温かい牛乳の表面に張った膜をスプーンで掬おうとしているレギの様子に、なんとなくおかし味を感じて姿勢を崩した。

 時々言動に違和感はあるものの、この子は普通の子供に見える。

 となると、やはり親許に返してやらなければならないだろう。


「君はどこから来たの? 拾った以上は君を親御さんのところまで連れていかなければいけないと思うんだけど」


 きょとんとして、私を見つめるレギ。

 最後の一口分のパンを口に押し込んでもごもごやり、また私を見つめる。

 その間たっぷり1分ほど。そして。


「え」

「反応遅いなあ」


 少し脱力しながら、もう一度言う。


「親御さんはどこにいるの? そこまで連れて行くから」

「あー。僕、親いないです」

「……そう」


 レギは残った牛乳を飲み干すと、満足そうに、はあ、とため息をついた。

 悪いことを聞いてしまったかなと後悔したが、レギは気にもとめていない様子で話しだす。


「僕、行き先のない旅をしているんですよ。目的はあるのですが、それも時の運みたいなもので、なかなか目的の物は見つけづらくて」

「トレジャーハンター的なものかな」


 私が訊ねると、レギは首を少し傾げて考えるふうな素振りを見せた。


「そうですね、目的の物を探して集めてる、という意味では」


 そして、急に身を乗り出した。


「カガリさんって狩人ですよね? 僕も連れて行ってもらえませんか。えっと、助手とか、どうでしょう?」


 突然の申し出に困惑する。

 私はレギの言うとおり狩人だ。

 湖畔の街『ワディズ』の狩人登録者で、依頼を受けてケモノを狩る。


 一口に狩人とは言っても、やはりそれなりの技量は要求される。

 登録こそ簡単だが、実際にケモノ狩りをするのは大変なことだ。


「お山に芝刈りに行くわけじゃないんだ、君のような子供には危険な……」


 そこまで言いかけて、レギの顔を見た。

 なんとも恥ずかしそうな顔でもじもじしている。


「僕の体、見ました、よね?」


 体?

 見た。

 ああ、確かに。


「それ、もじもじしながら言うことなの?」

「だってー。僕が寝てる間に服を脱がせて拭いてくれましたよね?」


 きゃ、と言いながら身を捩っている。


 子どもにそんなことを言われても、嬉しくもなんともない。

 私は再び脱力感に襲われながら答える。


「確かに体は見たよ。年齢の割にがっちりしてると思った」

「デスヨネー。鍛えてますから」


 ……鍛えてるのか。予想外の言葉にしばし黙ってしまう。


「ついでにいうと、こう見えて結構強いんです。『自称・最強の魔法使い』なのです。あ、自称までが自称ですよ。決して足手まといにはなりませんし、お役に立てると思います」


 自称とはいえ最強とは大きく出たものだと変な感心をして、えっへんとドヤ顔で胸を張るレギの頭をよしよしと撫でる。

 猫のような顔をしてご満悦のレギだが、この唐突な申し出にはなにか魂胆はありそうだ。


「それと君の旅の目的は何か関係があるの?」


 レギはその問いに、なんとも言い難い、微笑みにも見える表情を作ってみせた。


「山道で倒れていたのに、狩人か……」

「あ、誤解しないでください。僕が倒れた原因はケモノじゃないですよ」


 ケタケタ笑うレギに、もしかして自分は勘違いをしているのではないか、と思う。


 あの手足が動かなかった原因は……。


「食中り……?」

「僕、拾い食いはしませんよ」

「……山菜やキノコなら拾い食いとは言わないよね、収穫とか言うつもりかな」

「コメントは控えさせていただきます」

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