第14話

 十二月二十四日。俺にとっては待ちに待ったクリスマスイヴ。

 そして今の時刻は夕方の六時だ。

 俺は今、自分の部屋のクローゼットの前で悩んでいる。

 その悩みというのは、初めてのデートに着ていく服についてだ。

 ファッションセンスゼロの俺にとってデートで一番と言っていいほどの関門だ。


「あー、もう時間ないし。この服で良いかな? あー、でもやっぱりこっちの方が良いかな」


 一度決めようとしてもまた別の服の方が良いと思ってしまい、中々決まらない。これほどまでに俺の優柔不断な所に嫌気がさしたことはない。

 すると俺の部屋をノックする音がした。


「悠斗くん。大丈夫? 時間かかってるけど、何かあったの?」


 ドア越しに小春がそう聞いて来た。


「だ、大丈夫だよ。ごめんね、もうちょっとだけ待ってて」

「大丈夫なら良かった。 うん、待ってるね」


 もうこれ以上小春を待たせるわけにはいかない。

 結局一番最初に決めた服を着ていくことにしよう。

 

「よし、急がないと」


 そう言って俺は急いで部屋を出ようとした。


「おっと、あぶねぇ」


 ドアノブに手をかけた瞬間に、今日一番大切な小春へのプレゼントを忘れていることに気づいた。

 あれだけ悩んで買ったプレゼントを忘れるなんて洒落にならない。

 ちゃんと小春へのプレゼントを持って、今度こそ小春の元へ向かった。


「ごめんね、ちょっと服選びに時間が……」


 俺は目の前に居る小春を見て、言葉を失った。

 目の前に居る天使が可愛すぎるから。


「どうしたの? 悠斗くん」


 首を傾げてそう聞いてくる小春に、俺は「え、ああ。小春の服が似合いすぎてるなと思って」と返した。

 小春は黒色のニットセットアップに大人っぽいチェックロングコート。

 

「よ、良かった。悠斗くんと初めてのデートだから、少し気合い入れちゃった。そ、その。悠斗くんもカッコいい、よ」


 少し恥ずかしそうに言う小春は今までで一番可愛いかもしれない。

 それにこんな可愛い子からカッコいいなんて言われたら照れずにはいられない。

 

「じゃ、じゃあ行こうか」

「う、うん」


 結局俺たちが家を出たのは予定していた六時よりも十分遅れた、六時十分だった。

 急いで行けばまだ電車には間に合う。


「小春、少し急ごうか」


 俺は小春の手を握り、早歩きで駅へと向かった。


「あっ、ゆ、悠斗くん。きゃっ!」


 小春が小さな悲鳴を上げた瞬間に後ろを向くと、小春が前に倒れてきた。

 俺は小春の体を直ぐに支えた。


「ご、ごめん。少し早かったか?」


 すると小春は首を横に振った。

 

「ごめんね、今日あんまり慣れないヒール履いてきちゃって。躓いちゃった」

「ごめん、気づかなくて。ならゆっくり行こうか」

「で、でも。間に合うの?」

「ああ、大丈夫だよ」


 本当は歩いていくとギリギリになりそうなんだけど、小春に不安な思いをさせるわけにはいかない。

 もともと俺が服選びに時間なんてかけているからこうなっているんだ。謝るのは俺の方だ。

 それにもう少し小春の事を見ていればよかった。

 よく見てみると、いつもよりも小春の目線の高さが高くなっている。


「ごめんね、慣れてないのにヒールなんて履いちゃって」

「そんな謝るような事じゃないよ」

「あ、ありがとう」


 さっきまでは俺の後ろに居た小春は、俺の隣を歩く。

 こんな可愛い子を隣に歩かせていると、やはり周りから注目される。

 そんな通行人からの視線を浴びながら駅に着いた。

 時間なんか確認する余裕も無いので直ぐに改札をくぐった。

 

「あ、まだ電車行ってないよ」

「良かった、間に合ったね」


 車内にはカップルと思われる人も沢山乗っている。


「座れる場所は……無さそうだね」

「そうだね。ど、どうしたの悠斗くん」


 俺は小春の手を握り、小春を車内の角へと連れて行った。


「これだけ人が多いと小春が痴漢されないか心配だから、一応ね」

「あ、ありがとう」


 クリスマスイヴに痴漢されたなんて悲しい思い出、絶対に作らせたくはない。

 それに、角に居れば揺れによって倒れることはない。


「悠斗くん。裾、掴んでも良い?」

「良いよ」


 俺がそう言うと、小春はそっと俺の裾を掴んだ。

 なんでこの子はこんなに可愛い仕草を何度もするのだろうか。

 いや、小春が可愛すぎるから何をされても可愛いと思ってしまうのかもしれない。

 電車に揺られること十五分。ようやく目的地の場所に着いた。

 やはり車内に居るカップルらしき人は全員ここで降りている。


「やっぱり人凄いね」

「そうだね、迷わないように気をつけないとね」

「じゃあ手、繋ご?」


 そう言って小春は小さく綺麗な手を俺に差し出してきた。それを俺は優しく握った。


「違うよ、悠斗くん」

「違う?」

「こう、だよ?」


 小春は俺と繋いでいる手を一度離し、再度手を繋ぎ直した。いわゆる恋人繋ぎというものだ。


「私たち恋人、でしょ?」

 

 またしても小春の行動にドキッとしてしまう。


「そ、そうだね。恋人だしね」

「うん」


 そして二人並んで目的の場所まで歩く。

 まだ電灯はされていないが、それでもスケールの大きさは分かるほどだ。

 スマホで今の時刻を確認すると、あと二十分で点灯の時間だった。


「あと二十分で点灯だって。まだまだだね」

「悠斗くんと一緒なら直ぐだよ」

 

 そう言って小春は更に俺に近づいてきた。

 近すぎて俺の心音が聞こえないか心配になる。やはり初めてのデートは緊張してしまう。


「周りの人たち、みんな恋人同士なのかな?」


 小春は周りを見渡しながら俺に聞く。


「どうかな、篠原みたいにまだ付き合ってなくて距離を縮めるために来てる人もいるんじゃないかな?」

「そっか、篠原くん今日先輩とデートするんだったね。良い結果になると良いね」

「そうだね」


 俺も小春と同様、友達として篠原の事は勿論応援している。

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