第3話

 時刻は午後六時半。俺がリビングのソファーでくつろいでいる間に、小春には今夜の夕食のオムライスを作ってもらっている。

 料理の担当は小春と決めたのだが、やはり自分だけくつろいでいると申し訳ないと思ってしまう。


「小春、何か手伝うことはあるか?」


 俺はキッチンに居る小春に聞こえるようにそう聞いた。


「特に無いよ。そんなに難しい料理じゃないし」

「そっか」


 俺のその返事と同時に家の呼び鈴が鳴った。

 小春がモニターを確認しに行こうとするのを止めて、俺が確認をする。


『お荷物のお届けに参りました』

「はい、今行きます」


 そう言ってモニターを切り、荷物を受け取りに向かう。

 最近はネット通販で何か買い物はしていないため、多分今日購入した小春の敷布団が届いたのだろう。

 敷布団を受け取り、リビングまで運んだ。結構重いな。


「小春、布団届いたから敷いておくな」

「うん。ありがとう」


 俺は再び重い敷布団を持ち上げ、俺の部屋まで運び、小春が言った場所に敷布団を敷き、リビングへと戻った。

 久しぶりに重い荷物を運んだな。


「悠斗くん、ありがとね。重かったよね?」

「良いよ。小春には料理作ってもらってるし、女の子に重い荷物を運ばせるわけにはいかないからね」


 自宅から持ってきたのか、可愛らしいエプロンを着た小春は「もうすぐできるからね」と可愛らしく言って笑顔を向けてきた。天使だ。俺の家に天使がやって来た。

 それから数分が経ち、キッチンから小春が二つのオムライスを持ってきながら「できたよ~」と俺を呼んだ。

 直ぐに俺は机に向かい、小春と向かい合って座った。

 目の前に出されたオムライスは自分で作るオムライスの何十倍も美味しそうに見える。


「美味しそうだな」

「そう? 自分でも結構綺麗にできたと思ってるの」


 小春の言う通り、目の前にあるオムライスは凄く綺麗な形をしている。見た目が綺麗だと美味しそうに見える。

 

「じゃあいただきます」

「あ、ちょっと待って」


 スプーンを取ろうとする手を止める。

 小春は一度冷蔵庫からケッチャップを取り出し、俺の横に来た。


「ハート書いてあげるね」


 そう言って小春はケッチャップでオムライスに綺麗なハートを描いた。


「おお、上手いな」

「たまたまだよ。上手にできてよかった! はい、次悠斗くんの番だよ」


 そう言って小春は俺にケッチャップを渡してきた。


「上手くできるか分からないよ?」

「良いの、良いの。悠斗くんに書いてもらえれば満足だから」


 俺は小春の隣に立ち、オムライスにハートを描いた。


「少し歪な形になっちゃったけど許してくれ」

「うん。ありがと。それじゃあ食べようか」


 俺は席に戻り、スプーンを手に取りオムライスを一口食べた。

 

「うまっ!」


 今まで食べたオムライスの中で一番おいしい。

 初めてできた彼女に初めて作ってくれた料理は格別だ。


「だって愛情込めたもん」


 愛情を込めるだけでこんなに美味しくなるものなのか?

 それなら毎日愛情を込めてほしいものだ。

 俺は手を止めることなくオムライスを食べ続けた。

 こうして誰かと夕食を食べたのは久しぶりだな。

 

「毎日小春の手料理が食べれると思うと最高だな」

「喜んでもらえてよかった」


 逆に小春の、彼女の手料理を食べて喜ばない男子が居るなら紹介してほしい。

 

「そういえば小春。父親には俺と同棲することは言ってあるのか?」


 そういえば確認していなかった。一応小春の親にも同棲することは知らせないとまずいだろう。


「うん。ちゃんと言ったよ。良いって言ってくれた」


 それと同時に小春のスマホが振動した。


「あ、噂をすればお父さんからだ。ごめんね、ちょっと出るね」


 そう言って小春は電話を出た。


「もしもしお父さん……うん…………悠斗くんに? うん分かった」


 小春は通話中になっているスマホを俺に差し出してきた。


「お父さんが変わってほしいって」

「分かった」


 俺は持っているスプーンを置き、小春からスマホを受け取った。

 小春の父親からは同棲する事は承認されているらしいし、どうしたんだろう。


「もしもし変わりました」

『もしもし、小春の父の一之瀬将太いちのせ しょうたと言います』

「小春さんとお付き合いさせていただいている高崎悠斗です」

『小春から同棲することは聞いています。私のせいでご迷惑をかけて申し訳ない。生活費は私が全て出しますので、小春をどうかよろしくお願いします』

「いえ、生活費全て出してもらうわけにはいきません。僕は小春さんと一緒に居られるだけで、それだけで嬉しいですし」


 流石に生活費全部を負担してもらうのは申し訳ないし、そもそも同棲させてと言ってきたのは小春だが、それを承諾したのは俺の方だ。

 

『いえ、それはできません。私のせいで小春には寂しい思いをさせてしまっていた。でも、悠斗くんには小春に寂しい思いをさせてほしくない。でも父親である私にはそれくらいしかできない』


 将太さんは、今まで小春に寂しい思いをさせた分、自分にできることはしたいのだろう。

 俺の分の生活費も出すと言い出したのは、多分俺へのお詫びやお礼という意味も込めてなのだろう。

 

「でも流石に受け取れません」


 俺はお詫びやお礼をさせる筋合いはない。

 別に俺が小春と同棲して迷惑をかけられたわけでもない。小春はこうして俺に夕飯を作ってくれている。俺からしたら家事を分担できて迷惑どころか嬉しい。


『では、せめて小春の分の生活費だけでも受け取ってください。私も小春に何かしてあげたいのですが、小春の近くに居ない私にはこれくらいしかできない』

「…………分かりました。小春さんの分だけは受け取ります」


 俺は将太さんの、小春の父親のその言葉を聞き、拒否することを辞めることにした。

 自分の愛する娘にできることはしてあげたいという気持ちを俺が拒むわけにはいかない。

 

「それともう一つ、お願いしたいことがあります」

『お願い? なんでも言ってください』


 俺は一度小春を見た。

 小春は今まで寂しい思いをしてきたとは思えないほどの可愛らしい笑顔でオムライスを食べている。いや、今まで寂しい思いをしてきたからこそ、こうやって誰かと一緒に入れて嬉しいんだろう。


「一週間に一回でも良いです。時間があるときはなるべく小春さんとビデオ通話、普通の通話でも良いのでしてあげてください。小春さんは俺と居られたら寂しい思いはしないかもしれませんが、でもやっぱり、小春さんが一番一緒に居たいのは僕よりも将太さんだと思いますから」

『……………………分かりました。小春をよろしくお願いします』


 将太さんのその言葉で通話は終了した。

 将太さんにできることはなにも小春の生活費を出すだけじゃない。今は世界のどこに居ても通話はできる。小春に将太さんの、父親の声は聞かせてあげたい。

 俺は手に持っているスマホを小春に返した。

 そして再びオムライスを食べ始めた。

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