6話:着ぐるみマンティコアくん

「て、ティコ……!? そんなまさか、生き返ったのか……!?」


 ギュンター卿は、ひどくうろたえていた。

 それも仕方のないことだ、作業が終わったと聞かされてきてみれば、生前と変わらずに動くマンティコアが野放しにされているのだから。


「さ、さすがダグラス君、私の想像以上の仕上がりだ。これならきっと大丈夫…………ダグラス君? どこにいるんだ?」

「ダ、ダグラスー!? お父さん十分びっくりしたから、そろそろ出てきていいんだよー!?」


 二人はティコの姿に威圧されながら、それまで作業していた人間の姿を探す。

 しかし、この部屋のどこを見渡しても、ダグラス・ユビキタスの姿は見つからない。


「グルルルゥ……!」


 二人の声を聞いて、ニィと牙をむき出しにして笑う。

 まるで、獲物を喰らって満足したような、そんな笑みを。


「まさか……!?」


 ギュンター卿の顔がみるみる青ざめていく。

 地下から出てきたのはティコしかいないということに気づいて、最悪の事態に思い当たったのだろう。


 ズン、ズン、ズン、と二人に近づく。

 牙を見せ付けながら、舌なめずりをして、二人を値踏みするように睨みつける。


「まて、待つんだティコ! 止まれ、止まれ!!」

「ひ、ひぃぃぃー!?」


 あっという間に二人は壁際に追い詰められた。

 二人の声など御構い無しに、口を大きく開け、食らいつこうとして……。



「くっひひひひ!! なーんちゃって! 驚きましたか?」


 俺、ダグラス・ユビキタスはティコの口から自分の声を出した。


「「え?」」


 二人の間が抜けた顔を見て、俺は依頼の達成を確信するのであった。



「ふふふふ。俺はちゃんとここにいますよ、この『着ぐるみマンティコアくん』の中にね!」

「「き、着ぐるみ!?」」


 さっきまで慌てふためいてた二人を、俺の声で喋ることで落ち着かせて、この死体偽装のネタばらしをする。


 そう、今俺が着用しているのはティコだったもの……、ティコの皮を着ぐるみとして加工したものだ。

 正確に言えばティコの皮を剥いで、その内側に魔法陣を書き込み、着用者にマンティコアそのものの動きを再現させるマジックアイテムへと生まれ変わらせた。


 あっ、魔法使いじゃない人に解説すると、魔法陣っていうのは魔法を使うときの呪文をそのまま文字化したもので、魔力を流すだけで魔法が使える便利な代物だ。

 そんで、魔法陣を書きこんだ物品はマジックアイテムと呼ばれているというわけ。


 ではどうして、俺が死霊魔術ではなく着ぐるみによる偽装を思いついたのかというと、それはギュンター卿に言われた依頼の制約にある。


 偽造がバレるので、魔法使いが死霊魔法を使っている姿を見られてはいけない。

 ――ティコの中に入ったら、姿は見えないんじゃね?


 日常生活を送るので、四六時中魔法が使える距離で操らないといけない。

 ――ティコの中に入ったら、常に密着して魔法が使えるんじゃね?


 魔法を一日中使い続けることが、そもそも不可能である。

 ――着ぐるみのあっちこっちに魔法陣を刻み込みまくって、必要な時だけ魔力を流して魔法を使えばいけるんじゃね?


 そう……まさに天啓、全ての問題が、この着ぐるみマンティコアくんを着用する事で解決してしまうのだ!!!


「凄いぞダグラス! 父さんなんか、本当に蘇らせちゃったのかと思ったよ」

「はっはっは、流石に死者蘇生なんてできないよ。いかがですかギュンター卿、これならご期待に添えると思うのですが?」


 背中の翼を羽ばたかせたり、蠍の尻尾をビュンビュン振り回したりしてみる。

 内側にびっしりと書かれた魔法陣のおかげで、この着ぐるみマンティコアくんは着用者の思考を読み取り、動かしたい部分を思い通りに動かせるようになっている。

 だからこの通り、人間には生えていない部位でも違和感なく動かせてしまうのだ。

 我ながら恐ろしいマジックアイテムを作り上げてしまった。


 しかもこれ、作成に必要なのはマンティコアの皮だけ!

 牙とか爪とか目も使ってるけど、内臓や脳みそはまるまる残したままなのだ! いやっほーい!


「素晴らしい! 私の想像以上だ! これなら誰も気づかれない! ありがとうダグラスくん、なんとお礼をしたらいいのか、本当にありがとう……!」


 涙を浮かべて感激するギュンター卿。

 うんうん、自分の興味を優先したとはいえ感謝されるのはとても嬉しい。


「それにしても、凄い再現度だ。ティコは並みの人間よりずっと大きいのに、一体どうやって着こなしているんだね?」

「そこらへんは苦労しましたよー。骨格からして違うから、空間魔法で着ぐるみの中の空間を歪めたりして、着ている間は人間の四肢が骨格に合うようになってます」


 ギュンター卿が、使っている魔法について知りたいようなので説明して行く。

 骨格を合わせる作業は本当に大変だった、ティコの骨格に合わせるために、常に空間魔法で手足が入る空間を捻じ曲げなければいけないから、そこらへんの省魔力化がキモだったなー。


「では、ティコの声はどうやって再現してるんだい?」

「こっちは簡単でしたよ、喉のあたりに魔法陣を書いて、声を出すたびに変声の魔法が発動するようになってます。いまは使ってないですけど、こうやって……」


 意識して使わなかった、喉元の魔法陣に魔力を流す。

 これで喋る声が全てマンティコア風の低く恐ろしい声に変換できる。


「グガオオオオオオオ!!!」


「ひええ……」

「おお! まさしくティコの雄叫びだ」


 その再現度にギュンター卿は舌を巻き、父さんは中身が俺と分かっていても驚いている。

 声の再現も、ティコの在りし日の姿をじっくり観察して、丹念に調整したのだ。

 たとえ飼い主が聞いたとしても、ティコの声だと思わせる自信がある。


「ガアァ――、どうです? 動きを再現するのは全て魔法陣がやってくれます。これさえあれば誰だって――――


 マンティコアになれます。そう言おうとした直前だった。

 バンッ! と勢いよくこの部屋の扉が開かれて、全員がビクリと動きを止めた。


「今の声、ティコ!? ティコなの!?」


 ギュンター卿と全く同じ髪色の女の子が、ひどく狼狽した様子で部屋に飛び込んできたのである。

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