第17話 空路


 ワイバーン飛行船は船といよりも巨大な籠のような物だった。四角い木製の箱を四体のワイバーンが角を掴み浮かせて飛ばす。そのような形式だ。四人の召喚術師が付いてくるので、意外と手狭だったりする。四人と三人とユニコーンに馬車が一台だ。籠の中はいっぱいいっぱいだった。

 リルカ達は馬車の中でくつろいでいた。フィルはそこが落ち着くのかという風にユニコーンに跨っている。

「空の旅っていうのに肝心の景色があんまり見えないっすねぇ」

 バニロがふとそんな事を漏らす。

「ま、この籠の高さじゃあね」

 そう、籠はバニロの身長よりもはるかに高い壁となっており、そこから景色を望む事は出来なかった。

「なんでこんなに壁を高くしてるんすかね?」

「そりゃ雲から、守るためでしょ」

「雲から?」

「雲の中には水精ウンディーネみたいな野良召喚獣モンスターがいたりするからね。空にだって霊脈レイラインはあるのよ。雨雲、雷雲なんかには要注意ね」

「雷雲……まさか、天竜みたいなのが居たり……?」

「さすがに神格までは出てこないわよ。せいぜい雷鳥サンダーバードぐらい……ちょっと待って外が騒がしいわ」

「え? ホントだワイバーンの召喚術師の人達がなんか言ってる……」

 それは小さな騒めきから、大きな狂騒へと変わっていく。

「ガーゴイルだ!」

 ワイバーンの召喚術師の一人が叫んだ。

「ガーゴイル!? 動く石像なんでこんな上空に!?」

 リルカも思わず驚きの声を上げる。その時。籠が大きく揺らされた。

「攻撃されてる!?」

「明確な敵意を持っている……? でもどうして……?」

「師匠! ワイバーンの召喚書サモンブックを貸して下さい! 俺が退治します!」

「え、ええ……いい? ガーゴイルの〈石化眼ストーンアイズ〉には気を付けなさい、ワイバーン程度じゃすぐに石化されてしまうわ」

 バニロに茶色い表装の召喚書サモンブックを受け渡すリルカ。

「了解っす! 我が呼び声に答えよ、ワイバーン!」

 外で籠を運んでいるのと同じ亜竜が呼び出される、腕は無く二本足と翼と頭だけがあるドラゴン

 それに飛び乗り、召喚書サモンブックのページをめくりながらワイバーンを飛び立たせるバニロ。

 籠から飛び出す、そこは雲の真っ只中であった。

「くそっ……視界が悪い……ガーゴイルはどこだ……!?」

 辺りを見回してもそれらしき影は見つからない。籠を一周するように飛び回る。

「何処だ……何処に居る……?」

 その時だった。バニロの背後で何かが光った。

「え――」


「……遅いですね、バニロさん」

 フィルが心配そうにリルカに声をかける。

 リルカもどこか不安気な面持ちでいた。

「……そうね、まさか負けているなんて事、無いと思うけど」

 バニロが飛び出してから、かれこれ三十分は経っていた。

 そろそろ戻って来てもいいはずだと二人は考えていたが――

「私。見てくる」

「でもサタンの呪いが……」

「大丈夫よ、天竜じゃなくてデーモンで行くわ。呪文一発分くらいなら耐えられるはず」

「そう、ですか……」

 それでも心配だという顔のフィル。リルカは手招きしてフィルを呼ぶ、そしてかがむように促した。言われるがまま近づいて屈むフィル。

 リルカはフィルの頭を背伸びして撫でた。

「ありがとうフィル。私の事、そこまで心配してくれるのは貴女とバカ弟子ぐらいだわ」

「リルカさん……」

「さ、心配かけさせた分しっかり説教しないとね! 我が呼び声に答えよ、デーモン!」

 蝙蝠こうもりの翼、筋骨隆々の身体、山羊の頭、まさしく悪魔デーモン邪なる大魔力マイナス・マクロの塊が舞い降りる。その背中に飛び乗るリルカ。

「じゃ、行って来るわ」

「お気を付けて」

 リルカは籠から飛び出した。


 相変わらずの雲の中、しかし、リルカは訓練された己の感覚を用いて、霊脈レイライン大魔力マクロを感じ取る。

「そこか……! 殴りつけなさい! デーモン!」

 デーモンが雲の一角に拳を打ち付ける。手応えがあった。そこには翼を早し、人間の身体を持った、嘴を生やした顔の石像が居た。

 パラパラ、と石の砕ける音が鳴る。ダメージは通っている。

「トドメよ! デーモン、〈黒拳ブラックフィスト〉!」

 大魔力マクロで強化した拳で再び、殴りつけるデーモン、その刹那、ガーゴイルの目が紫色に輝いた。

「……! 〈石化眼ストーンアイズ〉!」

 〈黒拳ブラックフィスト〉と〈石化眼ストーンアイズ〉がぶつかり合う。しかし、大魔力マクロを纏った拳は、そう簡単に石化されず、集約した大魔力が打ち消されても、その打撃だけは残る。

 ガーゴイルの顔面を砕くデーモン。ガーゴイルは霧散し大魔力マクロへと還って行った。

「バニロ? どこなの!? バニロ!」

「し、師匠っすか……?」

「バニロ! 良かったアンタ無事で――!?」

 そこには半身を石化されたままワイバーンにしがみつくバニロの姿がそこにあった。

 リルカはバニロに大事な事を教えていなかった。

 野良召喚獣モンスターとの戦いでは禁忌は発動しないという事を。

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