第7話 遺跡


 部屋の片付けが大方終わったところで。

「もうこんな時間っすか。僕帰りますね」

「いいわよ、泊って行きなさい」

「え!? いや……それは、ちょっと……」

「……なに? まさかこんな貧相な身体に欲情でもしたの?」

「もー! デリカシーないな! 師匠セクハラで訴えますよ!」

「セクハラってなによ」

「……ぐぬぬ、無知って怖い。しかも中途半端な」

「誰が無知よ失礼な」

「自分でかごの鳥だった……(フッ)みたいに言ってたじゃないですか」

 リルカの顔真似をするバニロ。

「そんな顔してないし、フッ……なんて言ってない」

「そういう事にしときますけどね……なんかまだ用事でもあるんすか? 部屋の片付けも終わったし、ジャポニアの話もたくさんしたじゃないですか」

「今度はこのアイスル村の話を聞きたいのよ」

「此処の? 何も無い村っすけど。たまに来る行商人も平和な村だからって言って召喚書サモンブック卸してくれないし」

「お菓子はおいしいわ」

「まあ、それだけが特産品みたいなもんすかねぇ」

「でも私が知りたいのはそこじゃない。この村の歴史よ」

「歴史?」

 バニロは小首を傾げた。

「そう、この村に伝わる伝承、伝説、逸話等々などなど……私がこの村に来た理由はそこにあるわ」

「……伝承、伝説、逸話。……あっ!」

「なに!? なにか思い当たった!?」

 バニロは片手を皿にして握りこぶしをそこに落として腑に落ちたような顔をした。

「実は村長に立ち入り禁止にされてる遺跡が村からちょっと離れたところにあるんすよ。なんでも中にはモンスターが出るらしくって……」

「そこだわ!」

 バッと起き上がるリルカ。バニロは驚く。いつの間にかパジャマから普段着のフリル付きのワンピースに着替えている。降ろしていた髪型も二つに束ねていた。

「なんの魔法っすか今の!?」

「フッ……召喚術のちょっとした応用よ」

「ええ……」

 確かに驚いたが単なる手品程度にしか思えなかったバニロはどこか腑に落ちない顔をしていた。

「私はそこにいる野良召喚獣モンスターに用があるの!」

「いやいや、だから立ち入り禁止だって……」

「私を誰だと思っているの? 王都の神童、リルカ=ハーケンナッツよ」

「それあんまり嬉しくなかったんじゃ……?」

「今夜のうちに行くわよ! 善は急げだわ!」

「いやどちらかと言うと悪のような……」

「ほら行くわよ!」

 リルカがジャンプする。ガッシと襟首を掴まれるバニロ。

「ちょ、まっ――」

 バタン! と音を立てて扉を開き外へと駆け出すリルカ。村の奥へと突き進んで行く。

「ちょっと離してください師匠! 師匠、遺跡の場所知らないでしょう!?」

「そうだったわね」

 ポイッっと捨てられるバニロ。宙に放り出され地面に叩きつけられる。

「理不尽!?」

「あ。ごめんなさい」

「いてて。まあいいっすけど……ホントに行くんすか?」

「ええ行くわ」

「何をしに」

「言ったでしょう? 遺跡に居る野良召喚獣モンスターとお話をね」

「モンスターとお話? そんなの無理でしょう?」

 バニロは何を言っているんだろうと怪訝な目をリルカに向ける。リルカはふふんと笑って。

偉大なる召喚獣グランドモンスターって知ってる?」

「グランドモンスター? 神格とは違うんすか?」

「神格の中にもそう呼ばれるものもいるわ。勿論、妖精や魔獣の中にも。いい? 偉大なる召喚獣グランドモンスターっていうのはね? パスを介さずに人語を話す召喚獣の事なの」

「……それだけっすか?」

「勿論、違う。偉大なる召喚獣グランドモンスターは莫大な叡智を備えているとされているわ。そしてそれを人間に授けてくれると。遠い神話時代。人間に召喚術を教えたのも偉大なる召喚獣グランドモンスターだったとされるわ」

「……なんか突拍子もない話っすね」

「でも事実よ。私は

「マジっすか!?」

「……(最悪の形だったけど)」

「え? なんて?」

 小声で放たれたリルカの声はバニロには届かない。

「とにかく案内しなさい弟子バニロ。私には時間がないの」

「はぁ……なんかあったら師匠が守ってくれるんすよね?」

「そこは任せなさい。と言っても雑魚召喚獣くらいはブラウニーや鎌鼬カマイタチで対処なさい。魔獣クラスが出てきたら私が蹴散らしてあげる」

「……やっぱ師匠頼もしい」

「ふふん。惚れ直した?」

「いや、別に惚れてはいないっすけど」

 無言でバニロのすねを蹴るリルカ。

「いてぇ!?」

「ほら行くわよ。森に着いたけど、こっからどこ行くの?」

「ほとんど真っ直ぐっすよ……今日は満月だから月明かりで道も見えますし、大きな広場に出たらそこが遺跡です」

「真っ直ぐね。走るわよ。朝になる前に帰って寝なきゃ」

「じゃあ明日にすればいいじゃないっすかー!」

「馬鹿ね。昼間は遺跡への道に警備が敷かれてるかもしれないでしょう?」

「ああ……確かに守衛さんが居たような……」

「ほらね。夜の間に忍び込むわよ」

 そうして二人は遺跡のある広場にたどり着いた。朽ちた石堂。そう言った方が正しいような風貌、斜めに傾ぎ、今にも崩れそうだ。

「ホントに此処? ただの廃墟にしか見えないんだけど?」

「この地下にモンスターの巣が広がってるらしいっす」

「……あんたねぇ。そういう事は先に言いなさいよ。それなら明日に回したわよ」

「だから言ったのに……」

「ま。いいわ。徹夜も覚悟で行くわ」

「マジっすか……嫌だなぁ……」

 リルカがジャンプする、バニロの襟首を掴む。引きずりながら二人は遺跡の中に入って行ったのだった。

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