第33話 魔法と能力の違い

 町の宿から東に歩んだ先に待ってるのは、木が鬱蒼と生い茂る森だった。


 ここは多くのウォークウッドが生息すると言われている有名な場所である。

 かと言って、ここにある木々はウォークウッドではない。

 れっきとした木である。

 では何処に居るのか。

 それは―――、


「―――この先を抜けた木の少ない所に生息してるよ」


 歩きながらフィーナがその木々に囲まれた不気味な道を指しながらルナとアオに説明する。


「なるほど……ところでフィーはなんでこんなにも詳しいんですか?」


「それはね……『本』って言うもので読んだ事があるからなんだ」


「ほん……? 何それ」


 聞き慣れない単語だったのかアオは首を横に傾けながら眉を寄せる。

 質問された事が嬉しかったのか、フィーナはアオの方へ顔を向け、


「本ってのはね、紙の上に文字が書いてある、世界を知る事ができる……ものだよ」


「へー」


「自分から聞いた割になんかどうでもいいっていう反応だなぁ」


「気にしないで、アオはフィーに対していつもこんなんだから」


「…………」


 それ以上フィーナはアオに対して何も言えなかった。

 これ以上言っても傷が広がるだけだと思ったからだろう。

 懸命な判断だった。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 全長5メートル程のその木は足というものを持っている。

 どことなく手のように見えるものは、枝のように細く、力を加えれば折れそうな見た目であった。


「あれがウォークウッド……」


 外見がコルクガシの様に硬そうな物で、あまりの迫力に、アオは息をするのも忘れる勢いだった。


 それもそのはず、そのウォークウッドは人間と同じ様に目のような物がある。

 見えるかは定かでは無いが、口もある。

 喋れるかは定かでは無いが、喋れると言っても信じてしまう見た目だ。


「アオちゃん怖い?」


「こ、怖くない。アオに怖いものなんてない」


 フィーナの挑発に過剰に反応するアオ。

 怖くないと言っててもその震える声では少し信用にかける。


「そういえば。ウォークウッドはレベルいくつなんですか?」


「んー20前後ぐらいかな。案外弱いと思うよ」


「なーんだじゃあ楽勝じゃん」


 ウォークウッドのレベルを聞いてアオはすっかりいつもの調子に戻す。

 現在アオのレベルは25。


 楽勝とは行かずとも勝てるレベルだった。


「それじゃあ行っくよー!」


 その言葉と共にフィーナは一気に前進する。

 あまりに早い決断に残りの二人は驚く。

 作戦会議もまだなのだ。

 ユウトのような考えて挑むフィーナではない事は重々承知の上だが、それでもこの早さは異常とも言える。


 これが自信に満ちた者とそうではない者の違いだとアオは独りで思い知らされていた。


「私の魔法で燃え尽きろ!! 第1魔―――」


「ちょっと待ってください!! フィー!」


 フィーナの詠唱を横から止めたルナは慌てた様子だった。

 フィーナは何故自分が止められたのか分かっておらず、眉を寄せたまま、


「どどど、どうしたのルナちゃん! 危ないでしょ!」


「危ないのはフィーの方ですよ。ここが森なのに炎の魔法を使ってどうするんですか? 周りの木に火がついたら大変ですよ! まったく、本当に着いてきて良かったです。アオの言った通り何をしでかすか分からない同仕様もない子ですね……」


「うっ……ぐうのねも出ない……。ごめんさい……」


 ルナの正論にフィーナは納得したようで、「ごめんなさい」ではなく、短縮した形の「ごめんさい」と反省する。


 だが、それで事態が変わる訳ではない。

 むしろ逆に悪化する。

 奇襲をするはずだったフィーナの作戦は失敗に終わり、おまけに大声を出したせいでウォークウッド達にフィーナ達の存在を認識させてしまった。


 結果として、一体のウォークウッドがフィーナ達の方向へその足で歩いてくる。


 ウオオオオオオォォォォォォ――――!!


 猛烈な勢いでフィーナ達を襲おうとするウォークウッド。

 これから違う魔法の詠唱をしても、もう遅い。


「どどど、どうしょう〜!!」


 フィーナの嘆きが辺りに響いた時だった。

 ウォークウッドの足元に小さな氷の結晶が付く。

 その結晶は徐々に大きくなっていき、最終的には、ウォークウッドの足を止めるほどのでかさまで成長した。


 ウォークウッドそのものを覆うほどの大きさでないものの、時間稼ぎには十分過ぎる物だった。


「アオの能力で止めといたから」


 アオの能力は、[相手を凍らせる能力]。

 だが、相手を凍らせれるのは自身より下のレベルのものに限る。

 アオが強くなれば、凍らせれる相手も増えるというものだ。


 鼻を高くしながら自慢混じりにそれ言うアオに、フィーナは少し悔しかったのか「ふぅ〜ん」と鼻を鳴らしながら、


「せっかくなら全部凍らせてもよかったのになぁ」


「全部やろうと思ったけどこれ以上出来なかった。あと、フィーは何も出来なかったのに偉そうな事言わないで」


「はいはーい。……でも、炎魔法の他にどうやって倒そっかなぁ」


 アオに軽く頷きながらフィーナは考えるように目を瞑る。

 しかし、普段から考えていないフィーナにとって、その短い時間で答えが浮かぶはずもない。

 そんなフィーナにルナは助言するかの様に、


「今日の朝みたいに水を凍らせてみたらどうですか?」


「水を……凍らせる??」


 ここは森の中心部。

 木は沢山あるが、そもそも凍らせる水がない。


 フィーナの凍らせる魔法はアオの能力と同じ様に見えて、同じではない。

 アオの能力は相手を凍らせれるものであって、水などといった物を必要としない。


 だが、フィーナの魔法は凍らせる為に水を必要とする。

 それが魔法と能力の決定的な差であろう。


 フィーナは眉を寄せながらルナの次の言葉を待つ。


「フィーなら簡単ですよ。魔法で水を出して、その魔法に凍らせる魔法をかければ凍らせれますよ。多分」


「多分……かぁ。でも、やるだけやってみるよ。ありがとルナちゃん!」


 ニコニコと説明するルナを見てフィーナは魔法が使えないルナが何故ここまで考えられるのか疑問になる。


「話し終わった? 早くしないと後ろからも来てる」


 アオの言った通り、足元を凍らされたウォークウッドの後ろからはフィーナ達の存在に気づいた五メートル級ウォークウッドがドスドスと近づいてくる。


 グ、グ、グオオオオオオォォォォォォ――――――!!!


 一斉に叫ぶウォークウッドは臨戦態勢になっており、その細い木の枝の腕を大きく上にあげ、殴りかかる姿勢になる。


 それに対抗する様にフィーナは魔法を放つ為に掌をウォークウッドに向ける。

 それと同時にフィーナの掌からは水色の大きな魔法陣が形成される。


「第一魔法、フルウォーター〈水〉!!」


 詠唱と共にフィーナの魔法陣からは大量の水が噴射する。

 量が量なだけあってすべてのウォークウッド達にその水がかかる。

 だが、フィーナの魔法はそれでおさまるはずもなく、余った水は地面や周りの木々を濡らす。


「フィー、何やってるの? 大見得切った割に全然効いてない」


 アオの言った通り、ウォークウッド達には水という攻撃は効いている様子は無かった。

 と思えたが、フィーナの魔法の噴射力が高かったのか、ある程度のウォークウッドの腕、もとい枝が折れていた。


 それでもウォークウッドは痛みを感じていない様子で、再び歩き出す。


「これからだから見てて! 朝、師匠と一緒に考えた魔法! 第一魔法、フリーズ〈凍結〉」


 再び水色の魔法陣を形成し、その詠唱を叫ぶ。

 それと共に水が付着している部分は全て、ウォークウッドは勿論のこと、その地面も、周りの木々も、フィーナの魔法によってカチカチカチっといった音を立てて凍りつく。

 その勢いは一瞬。

 瞬きする速さだった。

 その結果、ウォークウッドはそれ以上動くことを許されなくなった。


「フィーィィ!!」


 完全勝利と言われるその状況にフィーナは褒め倒されると思っていた。

 しかし、アオはそんなのどうでもいいという風にフィーナに詰め寄ってくる。


「ユウトと! あさ! 何してたのー!!」


「痛い痛い痛い。痛いから胸ぐら掴まないでよー」


 両手でフィーナの胸ぐらを鷲掴みし、フィーナの体を揺らすアオは、目を大きく開けて尋問のような事をしていた。


「ん〜そうだなぁ……。じゃあ残ったあのウォークウッドを一人で倒せたら教えてあげてもいいよ」


 条件を付けながらフィーナはこの場所から見える凍ったウォークウッドの後ろからひょっこりと顔を出す一体ウォークウッドを指差す。

 大きさは変わらず五メートル級。


「フィーの意地悪。アオが出来ない事を知っててそんな事言ってくるなんて」


「私は信じてるよ。アオちゃんが出来るって」


 フィーナの発言が嘘ではない事をアオには直に分かった。

 なんとも掴みどころのないその表情は、冗談を言っている顔でも、嘘を付いている顔でもない。

 だからこそアオにとって掴みどころのないものなのだろう。


「分かった……やってみる」


「頑張れ、アオちゃん!」


 その応援を背中で聞き、アオはその一体のウォークウッドに目を向ける。

 そんな決意を止める様にアオの肩に誰かの手が乗る。

 再びルナだった。


 フィーナの時といい、アオの時といい、ルナは誰かを止めるのが好きだった。

 かと言って、嫌がらせをしたいと言う訳ではない。

 ルナの性格上それはあり得ない事。

 今回もまた善意でやった事だ。


「アオ、さっきと同じ事をやっても上手く行きませんよ。多分、レベルの問題でしょう」


「じゃあどうすればいい?」


「アオはさっき足止めをしたいと思って能力を発動させたでしょう? それと同じ動作で違う所を凍らせるんですよ。確実に倒せる所を」


 含みのある言葉で恐ろしい事を言うルナ。

 そんなルナの言葉に最初は同様するも、直に考え始めるアオであったが、その答えが見つかる訳でもない。

 アオは今日初めて目の前のモンスターに会って、初めて戦ったのだから。


「全然分からない……」


 悔しそうに口から言葉を捻り出すアオは少し俯く。


「大丈夫ですよ。今分からなくても、次分かればそれでいい。そうでしょ?」


 その言葉を聞いたアオは小さく頷く。それを見たルナは「それじゃあ」と前置きし、


「モンスターは私達と同じく息をしています。だから息を出来なくすればいいんです。つまり―――」


「口元を凍らせればいい!」


 大きく目を開き、ルナの言葉を継ぐ様にその答えを言い放つ。

 そして答えが分かったアオは直にゆっくりと近づいてくるウォークウッドに掌を向け、能力を発動させる。


 能力は魔法とは別物と言ったが、それは発動する時も違う。

 まず見た目で言うなら能力は魔法陣を形成しない。

 魔法でないので当たり前だ。

 更に詠唱は必要としない。

 これも魔法でないので当たり前である。


 そして、人によって異なる事だが、アオの場合は掌が青く光る。

 それと連動するように、ウォークウッドの口元も光出す。

 決して眩い光ではないが、それは光と言って申し分ない存在だった。


「……出来た!」


 喜びと共にアオの口からそんな言葉がでた。

 そんなアオの隣から「やったね」と共感するようにフィーナが駆け寄る。

 それにアオは意外にも「うん!」と素直に返事を返す。

 それがフィーナにとって嬉しいことであるが、いつもと違う反応にむず痒さも感じてしまう。


 ウォークウッドの口元を氷で覆った数秒後、ウォークウッドは静かにこの世界から去る。


 崩れていく体からは緑の煙が生まれる。

 そうして生まれた煙は行き場を最初から定めていた様にアオの方へ向かい、そしてアオの体に自ら吸収されて行く。


 幻想的なその光景。

 世界の美しさは死して生じると誰が言った。

 必ずしもそれが正しいとは限らないが、今のその光景はその考えが正しいとも言えるだろう。


「それにしてもルナちゃんはなんでモンスターについてそんなに詳しいの? それにちょっと師匠に似てる気が……」


「アオもそう思う!」


 珍しくフィーナの考えにアオが乗っかる。

 それを聞かれた張本人は少し困った様に眉を寄せて「ん〜」と唸りながら、


「それは多分、アオとフィーよりも長くユウトさんといるからですよ」


 と、笑いながら言う。

 その微笑ましい笑みに、それ以上追求する意味など無かった。


「そういえば……あれ、どうする?」


 と、忘れ物を見るようにフィーナは自分が凍らせたウォークウッド達を指差す。


「……そうですね。全部壊し―――」


 ルナの言葉をかき消す様に再び大きな足音が辺りを襲う。

 間違いなくそれは残ったモンスターの仕業である。


 近づいてくる個体はゆっくりと歩き、そして意思を持った様に凍らされた仲間たちをその木の腕で壊していく。

 それと同時に、アオが倒した時と同じく、壊された木々達から緑の煙が生み出される。


 そして、それをした犯人の元へ吸い寄せられる。

 それを繰り返していく内にその個体は大きく成長させていき、遂に十メートル級の大きさまで成長した。


「『力の源』を吸収した!?」


 驚きのあまり声を出したのはフィーナだった。

 ここで言う『力の源』とは、状況から見るに緑の煙の事。

 ユウトが『経験値』と表現している物である。


 そして、その驚きを遥かに超える勢いでその十メートル級のウォークウッドは、


「アタシの同士ぃ〜の命、よくも取ってくれたわねぇ〜」


 喋れる所からしておかしな話で、最終的に命を奪ったのは向こうであるが、それはひとまず置いておくとし、その口調はオネエだった。

 そして、それに一番衝撃を受けたのはアオで、


「き、ぎ、ぎ、木が喋っだァァァァ!!!」


 白目にしながらその場に仰向けになり、気絶してしまった。

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