第23話 フィーナの試練

 ユウト達が住まう宿の一階の食堂。

 今は先程までの騒ぎとは打って変わって、騒然としていた。


 だが、その静まりは周りの人が自室へと戻ったからでは無い。

 アオの言った内容に一同は固まりついていたからだ。


「ア、アオ? それ、本気か?」


 ユウトはその言葉に一瞬動揺し、言葉を発する事が出来なかったが、直に立ち直しアオに問いただす。


 その言葉にアオは体をユウトの方へと向けて、小さく頷く。

 その眼差しには、歴とした意志があった様に思えた。


 ユウトが、彼女のその表情を見るのは二度目になる。

 そしてまた、彼女もその日の自分を思って『それ』を言ったのだろう。

 その顔を見て、ユウトはアオが意地悪で言ったのでは無いと分かった。


「ユウトさん……」


「あぁ、分かった、分かってる。だから何も言わなくていよルナ」


 ユウトが思い詰めているのを組んだのか、ルナはユウトに何かを言おうとしてくれる。

 それはきっとアオを信じてみましょう、と言ってきたに違いない。


 ルナが機嫌が悪いのに優しくしてくれるのは、きっとルナの美徳だと思う。

 それは性格がいいという事を表し、そして彼女は謎が多いが、悪では無い事を強調させる。


 ユウトはルナにそう告げると、フィーナの反応が気になり、そちらに目線を向ける。

 彼女は顎に手を付けて、うんうん、と頷きながら少し考え、そして決心が決まった様に口を開く。


「分かった。本当にそんな簡単な事でいいなら、やるよ」


 その発言にユウトだけではなく、アオと更にはルナまでも目を見開く。


 フィーナは皆の表情にあっけらかんとした表情でその場にただ立っているだけだった。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ―――今日は晴天で曇りの無い日。

 なのに外の気温はその天気の割には涼しく感じられた。


 遠足で来るならもっとポカポカとした空気でよかったと思うが、残念ながら今日はそんな呑気な外出では無かった。


 着いた場所。

 そこは、嘗てアオの身にトラウマを残し、そしてそのトラウマを断ち切った場所である。


 スライム生息地。


 と言った方がいいだろう。

 その名の通り、ここはスライムが生息している場所だ。

 そしてスライム以外のモンスターはここには存在しない。

 きっとそれはスライムがそれを許さないからだろう。


 それだけスライムが愛らしいのにも関わらず恐ろしい事を表す。

 今も叢でぴょんぴょんと可愛らしく跳ねているが、いつ凶変して襲いかかってくるか分かったものじゃない。


 今回、アオがフィーナに与えた試練はたった一つ。

 だが、その一つが過酷であった。


 その内容は、スライムを十体討伐。

 それがこのパーティーに入る最低限度だと言って。


 アオにどんな深い意志があるかは知らないが、自身が苦労して成し遂げた事を最低限度と言えるのがアオの凄い所と言えよう。

 それも含めてアオの意志なのだろう。


「いやーすごいですねぇ! こんなに雑魚モンスターがいるなんてー」


「スライムの事を雑魚って言うなよ………」


 これまた問題発言をするフィーナは冗談を言うときの細目ではなく、ただ思った事を素直に言っている様子だった。


 ユウトはそんな彼女にナチュラルに突っ込みを入れる。

 だが、それは彼女には届いていなかったようで既にスライムに向って、木造りの杖を振り下ろす。

 その行為は魔法を使う訳ではなく。シンプルな打撃だった。


「杖を打撃に使うなんて……、それはアウトだろ魔法使いとして」


「そ、そうですか? でも楽しいですよ?」


 確かにその様子は楽しそうだった。そしてユウトも多少なりともやってみたいとも思った。


 そのフィーナの行動にアオは、「これからだし」と、かなり悔しんでいる様子だった。


 ユウトからしたらこのまま平和に十体倒して終わって欲しい。

 何も起らないのが一番いいからだ。だが、願いはいつも届く物ではない。


 九体目を倒した後の十体目。

 それがガムの包み紙の『アタリ』であり、この場合の『ハズレ』であった。


 フィーナは「これで終わりぃ!」と言って、十体目のスライムを殴るが、そのスライムは一向にドロップアイテムにはならなかった。


 その事に多少苛立ちを覚えたのか、彼女は何度もそれに打撃を与える。

 まるでそう、あの時初めてスライム討伐に行ったユウトの様に。


 きっと手出しなしだろう。

 それはルナとアオが許さないし、フィーナの決断も踏みにじる事になる。


 ユウトが密かに焦っている中、何故かアオだけは「よし!」と小声で言いながら小さくガッツポーズをしていた。


「おおおぉぉ……なるほどこれがこのモンスターの能力ですか」


 その1体のスライムが周りのスライムを融合して徐々に巨大化していくのを真顔で驚いた様な声を上げる。

 しかし対して動揺していなかった。


 だがユウトは、いやユウトだけではなく、さっきまでガッツポーズをしていたアオまでもそれに驚く事になる。


 そのスライムは徐々に巨大になっていき、最終的にこの前戦ったスライムの10倍はでかくなっていた。


「うそ、、、」


「これは、流石にでかくないか? いや、でかいぞ! でか過ぎる、一度立て直すか」


「いえ師匠、ここは私に任せてください。これぐらい、最強である魔法使いの私にはヨユーです!」


 立て直そうとするユウトをそっちのけで、自信に満ちたフィーナはそのスライムの前に立つ。

 フィーナは持っていた杖を地面に投げ捨てると、今朝見せてくれた様に構える。そして、


「喰らうがいい、スライム! 第1魔法。フルフレイム〈火炎〉」


 フィーナが言い放った後、両掌から赤く光る魔法陣が形成される。

 その大きい事と言ったら、ユウトの魔法陣も形成しない魔法と比べることすらおこがましい気がする。


 その魔法は今朝見た時の魔法とは少し違ったようだ。

 詠唱は確か同じであるが、火の方向が縦方向から横方向へと変わっているのが確認できた。


 だがそこにゆらがぬ物があるとしたら、紛れもなく魔力だろう。

 ユウトは魔力を感知出来ないが、これを見れば一目瞭然で分かる。

 そしてユウト以外、アオもルナも。


 魔法の威力は多少物足りないものに感じられたが、それを凌駕するほどフィーナの魔法は長時間に渡ってその掌から発せられた。


「す、すごい……」


「だろ? 凄いだろ」


「なんでユウトさんが威張っているのかが疑問ですが、確かにこれは凄いですね。ユウトさんのゴミみたいな魔力と比べ物にならない程に」


「えぇ……。そこまで言う??」


 完全に毒舌的な口調になってしまったルナの言葉を真面目に受け止めずユウトはそれを軽く否定する。

 だが、二人共関心している事は確かであった。


 そして約三十秒間、灼熱の炎によって熱しられたスライムは徐々に溶けていき、最終的にはドロップアイテムとして、そこに落ちた。

 スライムが消滅したとき、スライムからこの前と同じく緑の煙が発生する。


 その煙は迷うことなくフィーナのもとへ近づき、その体の中に溶けていった。

 まるで経験値かの様に。

 いや、経験値なのだろう。

 ユウトのときも同じだった様に。


「どうでしたか??」


「杖を使わなかった事と、辺りを焼け野原にした事を除いたら百点満点だったな」


 ユウトは悲しそうにそこに落ちている杖と未だ熱気に帯びている、嘗て叢だった焼け野原を見てフィーナに言った。


「んー叢の事は面目ないです。でも、杖は仕方ありませんよ! 杖でやると魔法がうまく出ないですから」


「ビジュアルを大切にしないと魔法少女は名乗れんぞ。それに杖を使わなかったら一端の魔法使いじゃない」


 そうユウトが師匠ずらをすると、フィーナは「はぁい」と肩を落としながら元気のない声で返事をする。


 そのやり取りを横目で見てくるルナは目を細めて怪訝な顔をする。

 どうやら多少なりとも、フィーナがユウトの事を師匠と呼ぶ意味に気づいた様だ。

 隠している訳では無いが、機嫌が悪い今のルナに何を言われるか分かった物じゃない。


 ユウトは、ルナの視線を避ける様に焼け野原を見渡した。

 赤く変色している所は百度を軽く超えているだろう。

 更にそこから出現するスライムはその暑さに耐えきれず、溶けていく。

 それを繰り返す無限連鎖だった。


 自動的に現れ自動的に死んでいくスライムからはドロップアイテムが出てこなかった。

 きっとドロップアイテムは第三者が攻撃して倒さない限り排出されない仕組みになっているのだろう。

 ここらへんはまるでゲームの様だ。


「アオちゃん、どう? 十体以上倒したよ?」


「くっ………ご、合格…………」


 フィーナのその問にアオは下を向きながらその言葉を絞り出す。

 その表情を見なくとも悔しい事は声の形で分かってしまう。


 それもそうだ。

 自分が一生懸命乗り越えた過去をこうもあっさりとクリアしてしまう。

 誰でも嫌悪感を抱いてしまう。


 強い事は何でもできてしまうが、それは必ずしも良い事だけではない。

 時に他人から妬まれる。

 更には関係が悪化してしまう事がある。


 アオはそんな嫌悪感のある嫉妬深い自分の心に勝つ事が出来るか。

 いや、出来るだろう。

 ユウトはそう信じていた。


 アオは一歩、また一歩、下を向きながらフィーナの元へゆっくりと歩いていく。

 その行為にまたフィーナも後退る。


 まだ、フィーナ自身も人から詰め寄られる事に慣れていないのだろう。

 しかし、フィーナはその自分の弱い行動を直に止めて、その場に立ち止まる。


「これからよろしく、フィー………」


 不貞腐れた表情ではあるが、アオは右手をフィーナに向って差し出す。

 その行動に多少動揺していたが、フィーナもまた、


「よろしくね、アオちゃん。あと、初めて名前呼んでくれたね」


 顔をほころばせ、その差し出された手を握った。

 それはまるで友情ドラマの様に思えた。

 これで二人共仲良くなってくれたら―――。


「アオちゃんってなに? 普通アオの方が先輩なんだからアオさんでしょ!」


「えー、でもそっちの方がかわいいし、それに私より年下でしょ。十二歳ぐらい?」


「アオはもう十五歳! 十二歳なんて子供じゃない!」


 ユウトの淡い期待は目の前のやり取りによって踏みにじまれた。

 流石にあんな事では、友情は芽生えないらしい。


 それよりもユウトは会話の内容に耳が傾いてしまった。

 アオが十五歳だと言う衝撃の事実。

 確かに体は多少なりとも小さい。

 表情もこうして見れば、まだ幼く見える。

 行動や言動だって今考えて見れば少々納得がいく。


「ほらほら、二人共喧嘩しないで。それにアオ、十二歳でも十五歳でも子供ですよ。あと、フィーもあまりアオをからかわないように」


「りょうかい、りょうかい。ルナちゃん」


 ルナの忠告にフィーナは軽く敬礼をして受け流す。

 ただ名前を呼びたかっただけに見えたが、そこには触れないでおこう。


 アオはルナに子供と言われた事に隣で文句を言っているが、ルナは一切聞いている様子では無かった。

 それに関してはユウトも同感なのでアオにフォローは出来ない。


 ユウトは結果的に丸く収まった事に安心して、ホッと溜息をつき、肩を撫でおろす。

 それからスライムから落ちたドロップアイテムの回収する事にした。

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