第21話 最悪の一言

「アオは嫌!!」


 宿の一階の食堂の奥のテーブル。

 ユウトの隣にアオ、その隣にフィーナ、ユウトの目の前にはルナが座って、一斉に食事を取っていた。


 と言っても本当に楽しみながら食事をしているのはフィーナ、ただ一人だけだった。

 そして、今のアオの渾身の拒絶にも動じる事なく食べ物を漁っていた。


 食べるスピードは女の子なのだが、食べる量が女の子ではないフィーナは一切人の話を聞いている様子では無かった。


「そんなに嫌か?」


「嫌、嫌、嫌ー!! アオは絶対に認めない!」


 頑なにフィーナのパーティー加入を拒むアオはまるで婚約を認めない父親みたいに見えた。


 その間ルナは何も言わず、食事もせずに下を向いたままでいた。

 彼女が何を考えているのかユウトには分かることが出来なかった。


 そもそもユウトにはルナの考えを理解する事自体無理なのだ。

 この面子で現状一番謎多き人物は神の使いを自称するルナ。


「ルナはどうなんだ? フィーの加入」


 現在進行形で怒りを表にだし、フィーナの事を睨みつけているアオを一旦保留して、ルナにも聞いてみる。


 ルナは下を向いていた頭を上げてユウトの目を見る。

 その目は、怒っているのか、それとも怒っていないのか、無言の圧を感じさせ、ユウトはそれに圧倒されてしまっていた。


 一瞬でも目を反らしてしまったら殺されかけないような目だ。


「フィー? なるほど、よく分かりました。ユウトさんが同仕様もない年下好きの変態だと言うことが」


「ルナさん? まだそこ引っ張っていたんですか? さっき説明したでしょ。俺はただ運んでいただけだって!」


「はぁ〜、ユウトさんこのパーティーを良く見てください。男はユウトさんだけ、他は年下の女の子。これの何処が年下好きではないと???」


 全くぐうの音と出ない事を言ってくるルナにユウトは何も言い返せなかった。


「そ、それよりもだ。どっちなんだ? いいのか? 悪いのか?」


 その問に全く動じることなく、また、答える事なくそっぽを向いた。

 きっとこれ以上は聞いてくるなと言うサインなのだろう。

 そこで俺は一度ルナに聞くのを諦めた。


「どうせ、私が言っても意味がないのに………」


 ルナは誰にも聞こえない声でその一言を言う。

 もし、ここが洞窟の中で辺りが静かだったら、その一言は届いただろう。


 しかし、ここは食堂。

 朝から酒を飲み、酔いつぶれ、歌を歌っている人がいるこの空間では、その一言は誰にも届かない。




 その途端、何の前触れもなく、この店の扉は勢い良く開いた。

 風が起こしたものではなく、それは意図的に起きたもの。


「見つけたぞ! クソガキ!!」


 扉の音を作り出した元凶のその男は、怒気の含んだ声で怒鳴り散らかし、人々の朝食に静けさを訪れさせる。

 だが、男はそんな事知ったことかと、空気も読まず、また、傲慢にその食堂へと踏み込んでくる。

 その後ろには、ヘラヘラと笑いながら、小柄な男も現れる。

 見る限りに弱そうだが、目の前にいる男のせいか、彼も傲慢に振る舞って見せている。


「何処かで見たような……、あ!」


 ユウトはようやく気が付く。

その2人の男は、早朝に出会った男達だという事を。


 出会ったと言ってもすれ違っただけで面識もない。

 だが、確か食べ物を食われたと。


 まさかと思い、ユウトは傲慢な男の進行方向を確認する。

 ユウトの予感は見事に的中する。


 男はまっすぐに黒髪の少女の方向へ足を向けていた。

 その少女はというと、その事なんて気にせず食事を取っていた。

 また、その隣のアオも傲慢な男が来た事など気にしている様子はなく、未だに一方的にフィーナに向って話をしていた。


「おい、クソガキ聞いているのか?」


 声の調子は変わらずに男はフィーの後ろに立つ。

 だがその行為はフィーナはともかくアオにも黙認されず、一向にその男の方に顔を傾ける事は無かった。


 その時だった。

 ユウトは、最初に止めに入らなかった事を深く後悔する事となる。


 男はしびれを切らしたのか、フィーナが被っていた、魔力を抑える帽子を左手で薙ぎ払う。

 帽子は宙に1回転して、食堂の床に落とされた。


 それに気づいたのはフィーナとアオ以外。だが、それがどんな事態になるのか分かっているのはユウトだけだった。


「まずい……」


 フィーナの帽子が薙ぎ払われた後、一秒もしないうちに、その髪はフィーナの後ろの存在の首を締める。

 男は一瞬何が起きたのか分からないまま、瞬く間に気絶していた。

 男が気絶すると、まるでそれを見計らったように髪は男の首から離れていく。


 安心したのもつかの間、次は標的を男から隣にいたアオに向ける。


 ユウトは、男が首を締められた途端に床を蹴り、フィーナの元へ向かっていた。

 男が首を締められていたからではない、次に近くにいるアオが狙われると思ったからだ。


 案の定、フィーナの髪はアオを狙ってきた。だが、それを間一髪で免れる。

 アオは今の状況に理解する事が出来ず、「え?」と素っ頓狂な声を漏らしていた。

 

 アオを庇ったせいで今度はユウトが標的を定められ、逃げ遅れたユウトの右腕をそれが掴む。


「イッッッッツ!!」


 ユウトの口から痛みを抑える声が漏れる。

 それもそのはず、フィーの髪は髪であるにも関わらず、遥かにユウトの握力を超える力で腕を潰していたからだ。

 自分で自分の腕を握り締めた事はないが、それでも分かる。何故なら、ユウトの腕からミシミシっと嫌な音がしたからだ。


 ユウトはまだ自由に動いている左手を使って、床に落ちていた帽子を拾い、フィーナの元に被せる。

 その結果右腕の痛みは徐々に引いていき、髪は元の位置に戻っていった。


 フィーナの髪はようやく落ち着きを取り戻し、辺りは騒然となる。

 フィーナに危害を加えようとした傲慢な男は、後ろで伸びて、弱々しい男はそいつに近づき生きているのか確認する。

 どうやら生きていたようで、男は「良かった」と言ってその場でホッとするのもつかの間、直に立ち上がり、「覚えてろよ!」と悪役が言うような捨て台詞を吐いてこの宿の食堂から出ていった。


 ユウトの方はと言うと、右腕が酷く痛んできた。

 よく見ると若干青くなってきているのが分かる。


 それでいてフィーナはというと、今もなお、目の前のスープをゆっくり味わって食べていた。

 そんな彼女を見ていると無性に腹が立ってくるが、今回に関して言えば、ユウトの判断が遅かったのでユウトからは何も批判は出来ない。


 さて、これを見てアオとルナはどんな反応をするのか。

 ユウトは気にもなりつつ、また不安でもあった。

 本来ならフィーナも心配であるべきなのだろうが、自分の髪の本当の姿を見られたとは、思ってもいずに食事を楽しんでいた。


 次の瞬間、はじめに口を開いたのは、アオ。

 ではなく、ルナ。

 でもなく、朝から酒を飲み、大きな声で先程まで歌っていた、周りに迷惑をかけている薄汚い男だった。


 男は中年でバランスボールでも入っているかのような腹をしていた。


 そして、その男の発言が問題だった。

 ユウトに今一度後悔を与える言葉だった。


「見たかよあの女! あの女の髪! まるで悪魔でも宿ってるみたいだ! あの女、きっと呪われてるぞ!!」


 最終的にはゲラゲラと笑いだし、悪びれた様子もなく酒を飲みながら悪態を付く男。

 その男のテーブルには誰一人居ないが、その男の周りの席の人は、こちらに向って嫌な目をしてくる。


 まるであの糞みたいに酒を飲み、食べ物を雑に食い散らかしている男が味方で、こっちが敵かのように。


「………くっ!」


 ユウトはその事にただただ苛立ち、そして深く悲しんだ。

 だが、ユウト以上に深く悲しみ、更には絶望を感じた目をしている者がいた。


 その彼女は持っていたスプーンを食べていたスープに落とす。

 それを落とした手は痙攣している様に小刻みに動いていた。


 更に、目は見開き何処を見ているのか、焦点が定まっていない様にグラグラと黒い瞳が動かしている。

 口は開きっ放しで同仕様もない状態になっていた。


 それを見たユウトは、海の底より深い苛立ちと後悔から、彼女から目を外し、元凶を作った男の元へ目をやる。

 その男は未だに笑って、


「この宿は妖怪も居るのか?? こんな所に金なんて出せねぇーな」


 と、今度は妖怪などと言い、更にどでかい笑い声で笑い出す始末。

 周りからはヒソヒソ話で、それでいて、ユウト達には聞こえる声で「ヨーカイだってよ」とこちらを見ながら言ってきた。


「よう……かい……」


 フィーナは未だに焦点の合わない目をしたまま、その言葉を口にする。

 ユウトはその言葉を聞くと、とうとう頭の何処が切れた音がして、


「これ以上は、もう駄目だ………」


 ユウトがそう口に出すと、自分では気づかない間に勝手に足が動いていた。


 一歩、一歩―――。


 三歩進んだ時だろう。目の前に誰かの腕らしき物が現れた。

 目の前の薄汚い男で精一杯なユウトはそれが誰の腕かに気づくのに数秒要することになった。

 そして、その腕がルナのものだと気づくとユウトはルナに向って、


「どうして止めるんだ……」


 と低い声で問かけた。

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