第15話 奇跡の力

 辺りはようやく朝になったようで、ユウトの意識は開花した。

 しかし体を起こそうとして力を入れても、ユウトの体は起きなかった。

 またか。

 ユウトは単純にそう思っていた。


 またアオがベッドの中に潜り込んできたと思い、ユウトは目を開けようとする。

 しかし、一向に目は開かなかった。


 ユウトはひとまず手で目を確認しようと動かそうとする。

 しかし、手も同じく動かなかった。


 ユウトは確信する。

 自分が重症であると。

 原因は決まっている。

 昨日の戦いだ。


 しばらく何も考えずにいると、隣から声がしてきた。

 これはルナとアオの声だ。


 ユウトは声がする方向に耳を傾ける。

 どうやら耳の方は正常に動いてくれているようだ。


「これはまずいですね。腕が骨折しています」


 なるほど、どうりで腕が動かない訳か。

 きっとパンチを直で喰らった時だろう。

 あの時は薬のせいで痛みが吹っ飛んでいた訳だ。

 薬が抜けた今になって、重症になるとは。


 これ程冷静に分析している自分が恐ろしく思う。

 確かに骨折した事は前、つまり生前にもあった。

 しかし今冷静になれるのは、経験者だからではない。


 ―――痛みがないからだ。


「目も腫れていますね……」


 目は腫れているようだ。

 昨日の戦いの時に能力を長時間続けて使っていたせいだろう。


 まさかその代償が目が腫れて、前も見れなくなるとは思ってもみなかった。


「これでは私の回復も効きません……」


 ルナの回復もお手上げ状態であるは、かなりやばい状況になってきた。

 こうなったら自然治癒か。

 治る気がしない。


「ユウト治るの?」


 アオが不安そうな声で言っている。

 その声は暗かった。

 アオ自身も少し責任を感じているのだろう。


「一応、医者に見てもらいましょう」


 そう言うと、ルナとアオは部屋から出ていった。


 一人になった後、ユウトは何もする事が無かったのでまた眠った。

 丁度眠たかったからだ。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 それから何時間経っただろうか、目が見えないため外の色が分からない。


 ユウトが起きると同時に誰かが部屋に入ってきた。

 きっとアオとルナだろう。


 そう思ったが、どうやら違うらしい。

 部屋に入ってきたのは、足音からして1人だった。


 足音と同時に水の音がした。


「悪い事をしたら、自分に帰ってくるんですよ」


 その声には聞き覚えがあった。

 この宿を経営している双子の妹の方だ。

 しかしその声の調子は普段と違うようにも思える。


 何も出来ないユウトに、額に冷たい物が当たる。

 額からでも分かる。

 これは濡らしたおしぼりだ。


 ユウトの事を避け、嫌っていたと思っていたが、意外にも重症の時は優しくしてくれる。

 それが宿を経営している人の使命なのかもしれないが、それでもユウトは少女の優しさを感じた。


 ありがとう。


 そう言うとしたが、いまだに言葉は発せなかった。


 要件を終えたのか、少女は直にこの部屋を去った。


 それから数分して、また部屋の扉が開く音がした。

 どうやら今度はルナとアオのようだ。


 彼女達の声が聞えた。

 そしてもう1つの声。

 どうやら医者を連れてきたようだ。


 それからユウトは診察をされる。

 実際には診察されているのか、そもそも何処をどう触られているのか、分からなかった。


 既にユウトの感覚はおかしくなっていた。


 診察を終えたのか、医者は話を始める。


「正直に言うと、なんの病気か分かりませんねぇ」


「……そんな……」


 ルナの絶望に近い声が聞こえる。

 病気と言うよりは薬の副作用の様な物だとユウトは思うが、声が出ない今の状況ではその事も伝えられない。


 それから医者は帰り、部屋には沈黙が訪れそれからこの日は誰一人言葉を発せず終わった。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ニ日目―――。


 ユウトは酷い熱に悩まされていた。

 体の底から込み上がってくる熱はユウトにとっては地獄であった。

 この日からユウトはあの薬を使ったことを後悔していった。


 その日、絶望と後悔の連続で周りの声が聞こえず、そのまま何も進展がないままその日は終えた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 3日目―――。

 

 その日から呼吸が苦しくなってきた。


「まずいです! もう一度医者を呼びましょう!」


 ユウトの呼吸がおかしい事に気づいたのか、ルナとアオはこの部屋から急いで出ていった。


 出ていった後、扉が開く音がした。

 その足音は1人の物だった。


 誰が入ってきたのか、この時はもうどうでも良かった。


 そして、薄れていく意識の中、ユウトは小さくか細く、それでいてしっかりとしたその声を聞く。


「今回は特別です」


 その言葉を聞くと直にユウトの意識は闇の中に消えた。


 最後の言葉、誰の声なのか分からなかった。

 どうやら耳までもおかしくなってきたらしい。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「―――はっ!」


 それからしてユウトはようやく三日ぶりに目を開け、体を起こす。

 その行動をしたのは紛れもなく自分だが、ユウトは自分がした行為に酷く驚いていた。


 先程までの熱も、動かせなかった手も、光が見えなかった目も、今は正常に働いていた。


「奇跡だ―――」


 そうとしか、思えなかった。


 あの満身創痍な体からここまで復活できたのはまさに奇跡としか言いようが無かった。

 そう思いながらユウトは手のひらをグーパーグーパーする。

 思っているように動く事がこんなにも嬉しい事とは思ってもいなかった。


 ユウトは体が動く事に只々感動していた。


 すると、いきなり扉のドアが開き、息を切らしたアオとルナが部屋に入ってきた。

 二人は医者を呼びに行っていたはずなのだが、そこには医者など居なかった。


「どうしてここに?」


「治ったって聞いたからです」


 その言葉にユウトは誰からと聞こうとしたが、聞く前にアオがユウトに抱きついてきた。

 この感覚は久しぶりで、追突してくる時の痛みもこの時は嫌だとは感じなかった。


 ユウトは抱きつきながらも泣いているアオの頭を撫でる。


「心配かけてごめんな」


 ユウトがそう言うとルナはうん、と言って頷いていた。

 それからずっとアオはユウトのそばから離れようとしなかった。


「ありがとうございます」


 ルナがユウトに向かってそう言ってくる。


「なにがだよ」


「生きててくれて………」


 ユウトはそれを聞くと少し嬉しくなって笑う。


 ようやく落ち着いたのか、ユウトの腹の虫が鳴る。

 そういえばと、ユウトはここ三日間何も食べていなかった。


 その音を聞くとユウト達は大きく笑い、それから食事をとる為下の階に行った。


 下の階に降りる途中、ユウトの事を誤解しているこの宿を経営している双子の妹、薄いピンクの髪の少女に会った。


 正直ユウトは軽蔑され、回復した事を嫌がられると思っていたが、何故かこの時は何事もなく一礼してくれた。

 ユウトはその行動を不思議に思ったが、今は腹が減っていて、何も考えなかった。


 机につき、食事をとる。

 三日ぶりの食事はユウトにとって最高の物だった。

 元々ここの食事は美味しかったが、それと久しぶりの食事が重なり合うと更に最高の物になった。


「ユウト! はい、あ〜ん」


 ユウトはアオのその行動に恥ずかしがりながらも応じる。


「どう? 美味しい?」


「あぁ美味しいよ!」


 そう言うと「やったぁ」と喜ぶアオ。

 アオが、作った訳ではないのだが。


「2人共行儀が悪いですよ」


 ルナはお母さんっぽい事を言いながら箸をすすめる。


「そういえばアオ、リサちゃんとお友達になったの!」


 リサちゃん。

 聞き覚えがない名前。


「その子って何処の子なんだ?」


 ユウトがそう聞くとアオはクスッと笑って説明してくる。


「リサちゃんはこの店で働く双子の妹だよ!」


 そういえば、と思った。

 この宿に来て一度もリサって子の名前を知ろうとしていなかった。


「何を話したんだ?」


 ユウトは単純にその事を気になっていた。

 もしかすると、さっき会釈をしてくれたのはアオがユウトの代わりに弁解してくれたからだと思ったからだ。


 ユウトがそう聞くと、何故かアオは顔を赤くしながらもじもじしていた。

 ユウトは嫌な予感を感じた。


「え〜とねぇ。ユウトがアオの事を家族にしてくれたって言ったの!」


 ユウトの予感は的中した。


 きっとアオの事だからその部分を絞って言ったのだろう。

 全体的にその話を聞けばユウトは何も悪いことはしてないし、その言葉を言ったことも納得できるだろう。

 だが、その言葉だけを聞いてしまうと、ユウトがただの変態か、変人にしか聞こえない。


 ユウトがこれからの通名がどうなるかと不安になっていとアオは続けて言ってきた。


「それでね。ユウトはアオにとって世界一大切な人って言ったの!」


 アオはそこまで言うと、顔を赤くした。


 なるほどと、ユウトはようやく合点がいく。

 あんな嬉しそうな顔をしながらこれを言われたら誰でも納得する。

 ユウトでも今のは嘘ではないと分かった。


 アオの顔は曇りのない笑顔だった。


 そこからユウト達は久しぶりの皆での食事を楽しんだ。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 食事を終えるとユウト達は部屋に戻り順番にシャワーを浴びた。


 アオが一緒に入りたいと言ってきたが流石にそれはまずいと思い遠慮した。

 ルナも必死に止めに入ってくれた。

 やはりお母さんっぽい立ち位置だ。

 アオは子供、ルナはお母さん、まさに家族だ。


 パーティーは家族。その言葉がユウトの頭から消えない。


「家族ってなんだ……」



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「よーし、もう寝るぞ!」


 そう言うとユウトはこの部屋の灯りを全て消した。

 その日はお腹いっぱいまで食べたお陰でぐっすりと眠れた。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



「はぁぁ、よく寝た。」


 ユウトがよく寝た、と言う時は決まって深い眠りをして、朝早く起きる時だけだ。


 辺りはまだ早朝のようで静まり返っていた。

 ルナとアオもまだぐっすりと眠っていた。


 どうやら今日はアオも布団に潜り込んで来なかったようだ。

 急にそうなると、ホッとしているのか、寂しいのか分からない状態になる。


 早いが先に下の階に行こうと思い、ユウトはルナとアオを起こさないようにそっと部屋を出ていった。


 扉を開けると、その下には一つの手紙らしき物があった。


 ユウトはそれを手に取りその手紙を読んだ―――。

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