第9話 初めての朝は騒がしく

 体が重い。

 やけに重い。

 きっと昨日の疲れが来ているのだろう。

 逃げたり、走ったり、スライムの頭突きを喰らったり、キングスライムと戦ったり、おんぶをしたり。

 普段はやらない事を色々とした。


 ユウトは起き上がろうとする。

 しかし何故か上がらない。

 そこでユウト目を開け、初めて気づく。

 そうして布団をめくる。


「う、嘘だろ………」


 そこにはユウトに覆い被さる様にぐっすりと眠っているアオがいた。

 なんとも気持ち良さそうに寝ている。


「幸せそうだな―――、ってそうじゃないだろ! なんでアオが俺の布団に? まさか俺が無意識的にアオを求めて……。いや、冷静に考えろ俺! もし俺が求めたなら俺が上になるだろ! って事は……」


 と何もできないまま考えるが、そもそも退かせばいいと判断する。


 それからユウトは必死になってアオを引き離そうとするが、アオのくっつく力が異常に強い為、なかなか引き離す事ができなかった。


 寝ていると言うのになんという力の強さ。

 考え得るならレベルの差だろうか。


 レベルの差という非現実的な力を目の当たりにする。

 そのまま受動的な放心状態になっていると、この部屋の入口である木造りの扉を2回叩く音がする。

 そして、ユウトの返事を待たずして、その扉は開く。


 この部屋には鍵が掛かっている。

 つまり開ける事が出来るのは、鍵を持ってるユウトとこの宿の店員。


「しょ、食事の用意ができ……ひぃ―――」


 ドアを叩き一秒で開けてくる薄いピンクの髪の少女とアオに抱きつかれているユウト。

 目が合ってしまった。

 扉の前で固まっているその少女は、昨夜宿のカウンターで睡眠をとっていたその人だった。

 名も知らぬ少女であった。


 この状況、どう見ても言い訳ができる状態では無い。

 だが、ユウトは少女の誤解を解きたいと思っていた。

 だから必死になって。


「いや、違うんだ! これは事故であって―――」


「ひぃぃ! ごごご、ごめんなさいぃ!! 私、空気読めなくて、ごめんなさいぃ!!!」


 ユウトの言い訳は少女に届かず、思いっきりドアを閉めて逃げられてしまった。


 終わった。

 いろんな意味で終わった。

 ここまできたら少女の誤解を解くのも難しくなってくる。


「んん……おはようございます」


 眠たそうに大きなあくびをして起き上がるルナ。

 ユウトはそんなルナを見て一人で焦っていた。


 体中から変な汗が出る。

 このままいくとルナまでにも、


「あぁユウトさん。今日はギルドに……」


 目が合ってしまった。

 デジャブを感じる。

 眠たそうにしていたルナの目が徐々に汚物を見る目になっていくのを感じる。


 今回も言い訳をしょうとしたが、言葉を発する前に、結果は決まっていた。

 ルナは自分の使っていた枕をユウトの顔を目掛けて投げてきた。


「うべふ―――!!」


 ユウトはアオのせいで身動きが取れず、そのまま枕はユウトの顔面にヒットする。

 そのヒットは、あの時のスライムの頭突き寄りも威力が小さく、それに反比例してダメージが大きかった。


 そしてユウトはそのまま何も言えずに撃沈する。

 意識が薄れていく中、ユウトは酷いと、ただそう思っていた。



▶ ▶ ▶ ▶ ▶


 

 気絶した後、ユウトは夢を見ていた。

 その夢は……………。


 ユウトの目の前には川が流れ、その奥には奇麗な花畑があった。

 そして、そこには巨体を弾ませるキングスライムがこっちを見ていた。


 ここから見てみればあの巨体がいい感じに小さく見え、可愛さをいっそう際立てている。


 キングスライムはどうやらユウトの存在に気づいたようで、奇妙な手を自分の巨体から生成し、大きく振って―――。


「こっちに来いいいいいい!!!」


 その可愛い巨体とは裏腹にどす黒い声で言ってくる。

 先程の可愛さが一気に消えてユウトの感情は一気に冷める。

 それと同時に顔も青ざめた。

 そして、直にその夢から離脱した。



▶ ▶ ▶ ▶ ▶



「―――ユウトさん! ユウトさん! ユウトさん!」


 その声と共に自分の体が揺らされているのを感じ取る。

 ユウトを揺らす声の主はルナだった。


 ユウトはようやく目が覚める。

 二度目の目覚めだ。

 気絶してからどれ程経ったのか分からない。

 付け加えると、先程の夢は既に忘れていた。


「ごめんなさいユウトさん! 私、勘違いをして……」


 ルナがユウトにペコペコと頭を下げて謝ってくる。

 どうやら気絶した後、状況を確認してくれたのだろう。

 それに、アオはもう上には乗っかっていなかった。


「ほら、アオも謝りなさい!」


 ルナは隣に座っていたアオに言う。

 アオはどうやら反省ていた様子だった。


「ユウト、……ごめんね」


 目をうるうるとさせながら謝ってくるアオ。

 そんな目をされたら許さない男などいない。


「こら! 歳上の人には『さん』を付けなさい! 『さん』を!」


「でもユウトでいいって言ってた! 夢の中で―――」


 ユウトはその発言を聞いて吹き出してしまう。

 アオは意外にも天然だった。


 初めて会った時は口数も少なく、口調も固い。

 真面目なタイプだと思っていたが、これはこれで可愛いと思ってしまう。


「ユウトでいいよ。俺もそんなに呼び方とか気にしないタイプだから」


「呼び方気にしない子がタイプなの?」


「いや、そんな事一言も言ってない」


 そう言うとアオは「なーんだ」と言ってベッドに座り込む。

 ルナの方は少し悩ましい顔をしていた。


「それよりも、ルナって俺より歳下だったのか? そんな気はしなかったっていうか、立場があれっていうか……」


 神の使いに年齢なんてあるのかと思ったが、彼女の答えはユウトの想像を超える物だった。


 彼女は、ユウトの耳元まで顔を近づけると、


「だって、ユウトさんの年齢は100歳以上ですからね」


 想像を超えると言ってもある意味というやつだ。

 ユウトは前世で死んでから魂の状態で100年放置されていた。つまりそこからフィーナは取ってきたのだろう。

 それを聞いてユウトはひとりでに納得する。


「上手いこと言うな」


 そう言うと、ルナは小さく笑い出す。

 どうやらユウトの反応が彼女の笑いのツボを押したのだろう。



✤ ✤ ✤ ✤ ✤



 ユウトは朝食を食べる為に洗面台へ行き顔を洗う事にした。

 ユウトにとってはこれが朝のルーティンだ。


 朝はベッドから起き、直ぐに洗面台に向かう。

 顔を洗い、置いてあったタオルを使って拭う。

 そして鏡を見る。


 目の前に映るのは自分である。

 右手を上げれば、鏡に映る自分は同じ動作をする。

 この事実からそれが自分だと分かる。

 だがユウトの口から出てきた言葉は、


「誰だこいつは!?」


 その独り言はあまりにも小さく、辺りを木霊する程ではなかったが、ユウトの脳裏にはしっかりと響いた。

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