第6話 奴隷から家族へ

 薄暗い宿から出たユウトは、大きく息を吸い、大きく息を吐く。

 頭で考え、心には出さない事は想像以上に労力を使う行為だった。


「疲れたぁ……」


 一度目を閉じ、目を開ける。

 そして、右指につけている指輪に目線を向ける。


 ユウトの人差し指に、はめられてある指輪は奴隷と主人を繋ぐ役割を持っている。

 青髪の少女の指には黒い指輪、ユウトの方には白い指輪だった。


 これは、奴隷と主人を繋ぐ指輪。

 他の言葉を使って表すと、リードの様な物だ。

 何処かへ逃げたとしても奴隷につけた指輪とリンクして居場所を突き止める。


 この指輪を外せるのは主人の意思のみ。

 ユウトの意志のみで指輪は外れるようになっている。

 あまりいい気分にならない代物だ。


 ユウトがその指輪をまじまじ見ていると、ルナが不機嫌そうな顔でこちらを睨んでくる。

 その視線に気づき、直ぐに指輪から目線を反らした。


 完全に怒っていると確信する。


「貴方が何をしようとも、私は屈しない。貴方がどんな鬼畜プレーをしようとしても、私は屈しない。体は落とされても心は落ちない。地獄に落ちろ……」


 いきなりの事だった。

 隣にいた青髪の少女が言葉を発する。

 初トークに驚くが、それ以前に内容に驚いた。


 更に『地獄に落ちろ』の一言はユウトの心を刺すものだった。


 たとえ意志や考えが個人的な感情ではなく、この世界で生き残る為だとしても、それを証明する事は不可能。

 だからこそ、言葉での説明は不可能。


 ユウトは友好的に関係を築きたかった為、少女と話してみる事にした。

 だが、コミュ障であるユウトには話題展開が然程上手でなかった為、


「君、嫌いな食べ物はある?」


 言った側から後悔する。


 もっと良い質問があったはずだ。

 そもそも、ユウト自身から話しかける事に慣れていなかった。

 だからこうなるのも仕方はない。


 だが、食事になった時、青髪の少女の食べられない物がきたら色々と可哀想だろう。

 つまり、これも大事な質問の一つである。


 そう自分を肯定する。


 すると少女は怯えながら言ってくる。


「私の嫌いな物を知って、それだけを食べされようとしても無駄。私は絶対に言わない。どんなに殴られても、どんなに蹴られても、私は絶対に言わない」


 言い終わると再び口を閉じる。

 なんという酷い誤解であろうか。

 更にそのせいで、ルナからの目線がやけに痛くなる。


 再び話題を変えるべく、少女の名前を聞こうとした。

 その質問が浮んだ一つの要因は、能力で名前を見る事が出来なかったからだ。


「君、名前はなんて言うんだ?」


「奴隷に名前は無い」


 予想外の答えにユウトは少し黙る。

 名前は何と聞いて無いと言われたのは初めてだったからだ。

 と言っても納得はしていた。


 ユウトが少女を見た時、少女には能力とレベルしか映っていなかった。

 どうやら奴隷はユウトの能力でも介入できないもになってるのだろう。


「奴隷になる前の名前は?」


「奴隷に名前は無い」


 奴隷になる前の名前を聞いても無駄だった。

 返答はさっきと同じで「無い」の一点張り。


 いや、奴隷になる前は名前はあったはずだ。

 だがそれを言わないとなると、本当に無かったのか。

 それともあったが、言いたくないという事になる。



✢ ✢ ✢ ✢ ✢



 夕方になった為、ユウト達は食事付きの一泊1万エマもする宿を借りた。


 宿の割には高額のように思えたが、どのみち大金を得るか、一生を家畜として生きるかが決まる最後の夜だったので残りの有り金を全て使い果たした。

 そしてその宿の二階の部屋を借りる。


 この宿にはシャワーがついていたので、一番汚れていた青髪の少女に使わせた。


 少女はシャワーを使えると思っていなかったのか、かなり怯えながらシャワー室に入っていた。


 やはりまだ信用されていないのだろう。


 青髪の少女がシャワー室に入っている間、ユウトは少し機嫌が戻ったルナに相談する。


「ルナ、あの子の名前どうしたらいいと思う? やっぱり無いと不便だから名前を考えた方がいいと思うんだが……」


「ユウトさん……、奴隷が名前を名乗るのは死罪なんです。だから名前の事は………」


 ルナが怒るのも納得の内容だった。

 それを知らなかったとはいえ、ユウトは少女に酷いことをしてしまった。


 奴隷に名前を聞くなど、名前を名乗って死ねと言っているのと同じ事だ。


 ユウトは反省する。

 それ以上、ルナとは何も話さなかった。


 しばらくすると、少女がシャワー室から出てきた。

 服はこの部屋にあった物を着て、髪もきれいに整っている。


 髪が長いせいか、整ってもなお片目は隠れたままであったが、それでも顔は大分さっぱりした様に見える。

 少女は何故ここまで親切にされているのか分からない様子で終始困惑状態だった。


 そんな中、戸を叩く音と共にこの宿のカウンターの椅子の上に座っていた、若い女の子がいきなりの戸を開け、叫ぶ。


「しょ、食事の用意ができました!! そ、その、下に降りて来てください!!」


 少し怯えながらも腰まである薄いピンクの髪の少女はユウト達を案内する。


 最初に受け付けで会った時もこんな風に怯えられていた。

 なにせ奴隷を連れていたらそうなるのも必然的だろう。


 階段を降りて、まず目にしたのは宿の入口だった。

 この世界の建造物の全ての扉は木造りらしい。

 この宿の入口の扉も、部屋の扉も全て木造りである。

 

 階段を降り、一階へ到着すると直ぐ右手に食堂が見えた。

 そこへ行くまでにカウンター、つまり受付が見え、カウンターの後ろには立入禁止の様な扉も見える。


 それはさて置き、この世界に来て初めての食事になる。


 宿も豪華だった為、食事もそこそこのものであった。

 日本食と比べたら少々物足りないが、それでも美味しい物だった。

 きっと腕の良いシェフでも居るのだろう。


 ユウトが食べている中、青髪の少女は一口も食べていなかった。


「どうした? 食べないのか?」


「食べていいの?」


「いいよ! 食べろよ。ほら」


 静かな声で聞く少女に対して、ユウトは近くにあった肉を手で持ち、やる。

 すると少女はその肉にかぶりつく。


 少女は自分自身の手を使わず、そのままかぶりついていた。

 なんというか、犬に餌をやっている気分になる。


 すると、目の前に座っていたルナがこちらを睨めつけてくる。

 せっかくの美味しい食事が、重たい空気によって台無しだ。


「あのさ、自分の手で食べてくれないか?」


 ルナの重圧に耐えきれなくなり、ユウトは少女に尋ねる。


「奴隷は一人で食べてはいけない」


 ユウトの願いは届かなかった。

 そのせいでユウトは今、右手で少女に食べ物を与え、左手で自分の食事をし、前から重圧を受ける。

 そんな食事を強いられている。



✢ ✢ ✢ ✢ ✢



 ルナもユウトも少女も、十分に食べて少し休んでいた時、ユウトは意を決して、今回のクエストについて話す。


 スライム討伐のクエストの事を―――。


「よし! これから作戦会議を始める!」


「え!? ここでやるんですか?」


 驚いて聞いてくるルナにユウトは強く頷く。

 沢山の食事に満足そうに、大人しく座っていた少女は、これから何が始まるのかが分からず神妙な面持ちだった。


「今回のクエストはこれだ!」


 そう言うとユウトは、手に持っていたクエストの紙を机の上に置く。

 少女は何か出されたと思い、その紙をまじまじと見る。


 作戦通りであった。

 そもそもこのクエストのカギとなるのは、この少女の能力。

 食いついてくれなくては話にならないのだ。


「―――ぁ―――」


 しかしユウトは何かおかしいと気づく。

 紙をまじまじと見ていた少女は目を開いたまま微動だにしない。

 それよりも呼吸が段々と荒くなり、苦しそうだった。


「おい……、大丈夫か?」


 心配になり、そっと肩に手をやろうとした瞬間、少女は自分の手で肩を掴み崩れこむ。


「嫌、嫌、嫌………」


 そう言うと、少女は泣き出す。

 こうなると収集がつかなくなる。

 一度落ち着かせる為に自室の連れて行こう。


 そう思い、ユウトが少女を持ち上げよと触れる。


「嫌ぁぁぁ―――!!!」


 その手を払いのけ、少女はその場を逃げるように、この宿から出た。

 ユウトとルナはその出来事に呆然としていた。


「ルナ、俺、何か悪い事したか?」


 何故逃げ出したのか分からずユウトはルナに聞く。

 いや、逃げ出した理由など、とっくに分かっていたのだが、そう思いたくないせいで、ルナに違う答えを求める。


「言うまでもなく、原因はこれですよ」


 そう言いながら取り出したのは『スライム討伐』と書いている紙だった。


 それに、ユウトはやはりかと肩を落す。


「もしかすると、彼女が奴隷になったのは……これのせいなのでは?」


 ルナの言っている事は、ユウトが思っていた事とほぼ同じだった。


 もしそれで奴隷になったのなら青髪の少女のレベルが25だった事も多少辻褄が合う。


「追わなくていいんですか?」


「追うに決まってるだろ!」


 ユウトは奴隷の指輪に目をやる。

 仕組みは分からないが、この指輪を使えば何処に居ようとも直ぐに見つける事ができる。


 指輪が光る。

 もう一つの指輪とリンクしたのだろう。

 指輪の光は宿の外を指していた。

 ユウト達は宿の外に出る。

 そして、その光の線に沿って町中を走った。


 地面の石畳が、徐々に叢へと変化を遂げた辺り。

 気が付けばそこはスライムが出現すると言われる所の近くだった。


 どんな因果関係かは知らないが、少女はそこに座り込んでいた。

 あまりにも苦しそうだ。


 ユウト達は、少女に近づこうとする。


「やめて!! これ以上私をいじめるのはやめて!」


 少女の言葉にユウトは固まる。


 ユウトには見に覚えが無かった。

 酷いことや、いじめる行為は無かった筈。

 故にユウトとルナの考えが肯定される。


 青髪の少女が奴隷になってしまった理由を。


「教えてくれ、どうしてそんなにも苦しんでいるんだ?」


 すると少女はようやくその重たい口を開く。

 そして真実をありのままに語りだす。


「奴隷になる前は冒険者だった。私はパーティーのみんなより弱かったけど、一生懸命頑張っていた。そんな時だった。みんなでスライムの討伐に行こうって一人の女の子が言ってきた。勿論私もその案に賛成した。このパーティーだったできると思っていたから。当日、私はこの場所に来た。でもいくら待っても仲間は来なかった。後から聞いたらみんなはとっくにこの町から去っていた。そして私は誰にも助けられず……奴隷になった」


 そこまで言うと、少女は涙を流し始めた。

 少女は唇を噛み、あまりにも悔しそうに泣く。


 ユウトはそれをただ眺めるだけしかできなかった。


 少女が受けたのは体の傷ではなく、心の傷。

 その傷はあまりにも深く、少女を今もなお切り裂いていた。

 泣きながらも少女は話を続ける。


「私は……、パーティーは家族と同じぐらいの絆で繋がっていると思っていた。でも違った。パーティーは家族なんかじゃない。どれもこれも、私が弱かったから……私が無能力がったから……私に能力があれば……」


 声にもならない泣き声で少女は泣く。

 ひたすら泣いていた。

 そんな中でユウトはふと一つの疑問が頭に過る。


 『無能力』。

 その一言がユウトには腑に落ちなかった。


 目に力を入れ能力を使い、もう一度少女を見る。

 勿論そこには少女の能力名があった。

 だとすれば考えられる仮説は一つしかない。


 少女の能力は奴隷になった時に発現した。


 しかしその仮説だけで判断した事を、少女にありのまま言ってしまうと、少女の心にもう一つの穴を開けるようなものだ。


 もしもっと早く能力が発現していれば。


 その事が少女の内側に残ってしまう。


 だとしたら、嘘を付いてでもここは少女を救うしか他にユウトが出来る事はない。


「君は……強くなりたいか?」


 少女は泣きながらも小さく顎を引く。


「なら君に力を与える。これは君にしか使えない力だ」


 ユウトは少女の頭に掌を向ける。

 勿論この動作には意味など存在しない。

 だが、こうでもしないと嘘だとバレてしまう。

 なのでそれっぽい動きをする。


 ルナの方は疑問符を浮かべながらその行動を見ていた。


 そんな彼女をよそにユウトは続ける。

 少女の頭をポンポンとニ回軽く叩く。


「これで君には君にしか使えないたった一つの能力が宿った。もう君は無力じゃない。能力者だ!」


 あまりにも単純すぎる動作に自分でも少し焦ってしまう。

 結果的に能力は存在しているので、どのみち信じる事になるだが、少女は頷き、直に信じてくれた。


「それと……、パーティーは家族と同じぐらいの絆で繋がっている、だったか? なら、俺は君を一人の家族としてこのパーティーに勧誘する。奴隷じゃなく、一人の人間、一人の女の子として引き入れる」


 少女は口を開け呆然としている様子。

 まさかそんな筈はないと表情で語っていた。


 だからこそ―――、


「論より証拠。発言より行動だ!」


 唖然とする少女をよそに、ユウトは指輪を取り、その指輪を手で握り潰す。


 握り潰した瞬間、その破片が手に突き刺さり悲痛な痛みが生じたが今は我慢をした。


 ユウトが指輪を握り潰すと同時に少女の指にはまっていた指輪も連動するように、ひびが入り、壊れる。


 この日、この時、この場所で、少女は奴隷から一人の人間へと戻った。


「なんで……」


 少女は口を震わせながら小さな声でユウトに問いかける。

 その声は涙混じりのか細い声だったが、ユウトには届いた。


「言っただろ。一人の女の子として引き受けるって」


「でも…………」


「不服か? それとも俺が嫌いか? やっぱ地獄に落ちた方がいいか?」


 少女は力強く首を横に振る。

 それから一泊置いて手で涙を拭う。

 だが、拭いきれぬ様子で、顔をくしゃくしゃにしながら、


「捨てないでね」


 その一言を述べた。


 男が家族にすると、仲間にすると言った。

 男に二言はねぇのがポリシーだ。


 だからユウトは、


「絶対に捨てない。どんな事になっても絶対に見捨てない。どんな手使っても、何を犠牲にしても、絶対に守る。これは変わらない」


 そうしてユウトは少女に手を差し伸べる。

 少女はその手を取る。

 拭ったはずの涙がまた少女の目から流れ落ちた。


 後ろに居ていたルナはユウトの側に近づく。

 彼女は何か言いたげだったが、何も言わずにユウトの手から流れていた血を魔法の様なもので止めてくれた。


 ユウトはルナが傷を治す事ができる事を今知る。


 ユウトは少し驚く。

 それが魔法なのか、それとも彼女自身の能力なのか、今のユウトには分からなかった。

 だが、彼女の傷の治癒は確かな物だった。

 見る見るうちにユウトの手の傷は消えていく。


「ねぇ……私に名前つけて……私、昔の名前嫌だから。昔の名前は昔の私だから……」


 少女がユウトにお願いをしてくる。

 センスの欠片も無い奴がつけてしまって良いのかと思うが、一応名前は考えていた。


 いや、考えていたと言うよりはこの名前がしっくりくると初めて会った時から思っていた。


「―――アオ。それが良いと思うがどうだ?」


 少女は嬉しそうに頷く。

 どうやら気に入ったみたいだ。


 そして再び能力で少女、アオの事を見る。

 そこには、しっかりと名前の欄に『アオ』という二文字が加わっていた。

 その事に少し嬉しくなり、頬が緩む。


「……なんで、その名前にしたんですか?」


 ユウトが喜んでいると、神妙な面持ちでルナが聞いてくる。


 名前の由来を聞いてくるとは、ルナも意外と名前の由来を気にするタイプかなのだろうか。


 ユウトは単純にそうだと思い込んでいた。


「だって髪が青いだろ? それに、目も青いし、なんていうかしっくりくるっていうか……、まぁ理由は他にもあるけどさ。この世界に来てから昔の事を懐かしく感じるんだよ。懐かしく感じる要素なんて何処にもないのにな。不思議だよな―――」


 …………………………………


 満月の月明かりのみがその場を照らす。

 叢と石畳が混在するその場所は、スライムの生息域の入口と言われる場所であった。

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