黎明殿の巫女 ~創られし巫女編~

蔵河 志樹

プロローグ: 二人の少女

夏も終わりに近づきつつある晴れた日。濃い緑に覆われた山々は、青い空の下で静かに横たわっている。そんな山間の森の中を駆ける二つの小さな影があった。一人は中学生くらい、もう一人は小学校の高学年のように見える少女たちだった。二人ともTシャツに短パン、ソックスに運動靴という活発そうな格好をしている。姉妹なのか、よく似た顔立ちをした少女たちだ。

よく似ているとはいえ、姉と思われる背の高い少女の方が、顔つきが締まり、強い意志を持っているように見えた。長い髪を背中に流し、その一部を頭の後ろでまとめている。一方、妹と思われる少女は、動きやすそうに髪をショートカットにしていた。二人のうち姉が先行し、妹の方はやや遅れ気味で、姉の動きに追いつこうと精一杯の走りをしていた。

二人とも黒髪に黒目ではあったが、体は淡く銀色の光に包まれていた。それが超常の力を示しているのか、二人の速度は普通の人間の走る速度よりよほど速く、獣が高速で走っているかのようだった。素足を晒しながら、草木の生い茂る森の中をそのスピードで進んでいるので、足に傷が出来そうなものだが、体を包む光のおかげか二人の足に傷が付くことは無く綺麗なままだった。

少女たちは、いずれも右手に剣を持っており、左腰に剣の鞘を下げていた。剣は、二人の体格には少し大きく、重そうではあったものの、二人がその重さを気にしている様子は無かった。

「大丈夫?これ以上遅くすると、魔獣に逃げられちゃう」

姉の方が、前方から目を離さずに、妹に問いかける。

「うん、まあ、何とか。できれば、お姉ちゃんが先に行ってアイツの足を止めて貰えると助かるのだけどな」

妹は控えめに姉にお願いしてみる。

「分かった、じゃあ先に行くわね」

二人の前には魔獣が走っていた。その魔獣はオオカミのような姿をしていて、少女たちよりも二回りくらい大きかった。その体は黒く、いまが闇夜なら簡単に見失いそうである。

この日、少女たちは、日課になっている森の中の巡回に出たところで、この魔獣を見つけた。少女たちの方が先に気付いたので、魔獣の風下に回り込み静かに近寄って奇襲を掛けようとした。しかし、妹が誤って枯れ枝を踏んでしまい、大きな音を立ててしまったがために魔獣に気付かれてしまったのだ。魔獣は最初二人に襲い掛かかってきたのだが、二人とも剣を持ち、手強いことを悟ると逃げに走った。そこから魔獣と少女たちの追いかけっこが始まった。

妹からのお願いを受け、姉が加速して前に行く魔獣に追いつこうとした。魔獣は、後ろから迫る姉に気が付き、逃げ切れないと思ったのか向きを変えて姉に噛みつこうと口を大きく開ける。その口の中にある白い牙が、姉目掛けて襲い掛かる。だが、きちんと魔獣の動きを見ていた姉は、するりとその攻撃を避けた。そして、すれ違いざまに魔獣の右足に剣を叩きつける。剣は右足を傷付けはしたものの、踏み込みが浅かったのか、残念なことに大きなダメージは与えられなかった。姉は再び剣を構えようとするが、魔獣はすばやく向きを変え、再度姉に攻撃を仕掛けてきた。

そこへ追い付いてきた妹が剣を振り上げ、魔獣の後ろから斬りかかる。後ろから不意を突かれた形になった魔獣は、妹の攻撃をもろに受けてしまう。そこへさらに姉が追い打ちをかけた。

「お姉ちゃん、アレやっていい?」

「え?ああ、いいわ。私は足止めしてれば良いわね」

傷を負ったダメージが大きかったか、魔獣の動きが少し緩慢になった。しかし、二人に比べて大きなその身体の体力はまだまだ残っていた。

妹は、獲物から少し距離を取り、左手を前に出し、その手のひらに剣先を乗せて構えた。そして力を籠めると、右手に持っていた剣の刃の部分が、体にまとっていたのと同じ銀色の光を帯びて輝き始めた。

「お姉ちゃん、行くよ?」

姉の方は、魔獣が逃げてしまわないように攻撃をしながら足止めしていたが、妹の声が聞こえると、姉は魔獣への攻撃を止めて、妹の射線から外れるように魔獣の正面から横に移動した。

すかさず妹が「行け」と念じると、剣の刃に宿っていた銀色の光が、光の矢となって魔獣目掛けて飛び出した。しかし、魔獣が遠隔攻撃の気配を察知して頭を振って避けたために、光の矢は魔獣の首筋を掠るに留まった。

「ありゃ」

「ちょっと、しっかり狙ってよ」

「お姉ちゃん、ごめん。もう一回」

「仕方が無いなぁ。あ、逃げた」

妹の攻撃が当たらないように姉も魔獣から距離と取っていたので、魔獣に逃げる隙を与えた形になってしまった。

それを慌てて姉が追いかける。姉の後ろから妹も魔獣の後を追っていく。魔獣との追いかけっこが再開された形だが、傷を負った魔獣の速度が先程ほどもなかったことから、それほど時間が掛からず姉が魔獣に追いついた。

魔獣は姉に追い付かれると、直ぐに軌道を変えて離そうとするが、姉もすぐさま向きを変えて魔獣に離されずに付いていく。そうしているうちに妹の方も追い付いた。

妹は魔獣の右後方に着くと、左手の人差し指に光を集めて光弾を魔獣に向けて放つ。光弾は魔獣の鼻先を掠めたため、魔獣は一瞬怯んでスピードが落ちた。そこを姉が左後方から剣で斬りつける。

今度は剣が魔獣の左後ろ脚を正確に捉えて脚の腱を斬ることができた。姉の攻撃で左後ろ脚が使えなくなった魔獣はバランスを崩して転がった。魔獣が転がるところを見た妹はすかさず剣先に光る力の刃を乗せ、剣先を左手で支えて照準を合わせると再び光の矢を放った。

「やった」

今度は光の矢が魔獣の頭を打ち抜いたので、妹は喜びの叫びをあげた。頭を射られた魔獣は、一瞬動きを止め、そしてそのまま脱力して崩れるようにその場に倒れ込んだ。

二人は魔獣が動かなくなり、その目から命の色も失われていることを確認すると、それでも警戒して剣を握りしめながら仕留めた魔獣に近づいた。そして魔獣に触り本当に倒したことが確認できると、ようやくホッとしたようになり、剣を鞘に納めた。緊張感が抜けたのか、二人の体を覆っていた銀色の光が無くなっていた。

「結構すばしっこかったね、これ」

「そうね。散々走らされちゃったわね。ともかくここに置きっぱなしもできないから持って帰りましょう」

姉の提案に従い、二人は森の中で見つけた木の枝に魔獣を逆さに吊るし、木の枝を肩にかけた。魔獣はそれなりの重さと思われるが、二人の少女は苦にする風でもなかった。

そうして獲物を担いで森の中を進んでいく。しばらく歩くと森が途切れ、開けたところに出た。そこにはその地域の家が何十件と入りそうな広い敷地を持った立派な屋敷があった。少女たちは臆することなくその屋敷の敷地に入っていく。そして、その少女たちを、母親と思われる女性が出迎えた。

「おかえりなさい。あら、魔獣を斃したのね。お疲れ様」

「うん、はぐれ魔獣だと思うんだけど、山の中で見つけたの」

妹とともに一旦魔獣を下におろしながら、姉が代表して答える。

「貴方達が見つけてくれて良かった。中型と言っても少し大きいから、貴方達と違って巫女の力を持たない普通の人には危険だったと思うわ」

「私達偉い?」

妹が母親の顔色を窺った。

「ええ、偉いわよ」

「わーい、お母さんに褒められた」

はしゃぐ妹の横で、姉は母に甘えた顔をする。

「ねぇ、私、お母さんみたいな巫女になれるかな」

「ええ、なって貰わないと困るわ。この地にいる貴方達の年代で、巫女の力を持つのは貴方達二人しかいないのだから。でも、貴方達なら大丈夫。今日みたいな経験を積み重ね、きちんと鍛錬すれば、立派な巫女になれますよ」

「私、これからも頑張るね」

「そうね、期待しているわ…。あ、その魔獣は中庭に持って行ってもらえる?」

母親の指示に従い、姉妹は再び魔獣を運ぶ枝を肩に担ぐと、中庭の方に入っていく。

「それにしても、最近、魔獣の出現頻度が以前より少し増えてきた気がするわね。これ以上増えないと良いのだけど」

不安げな顔をして、母親は玄関から家の中に入っていく。

誰もいなくなった玄関先を、一陣の風が吹き抜ける。

周囲の森の木の葉は青く輝き、魔獣が居たことを忘れたかのように、静けさを取り戻していた。

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