第39話 プロット

 食事を済ませて家に帰った僕達は、それぞれ作業を分担して控訴理由書の原案作りをした。


 日曜日は遊ぶ日と思っていた緋糸も、さすがに友達に断りの電話を入れて、手伝う気満々だ。なんせ、自分の家のことだし、ある意味とても良い経験になるはずだ。


 仕事柄、文書作りになれている 義兄には、Bの供述が現寸と合わない不合理に加えて、4台の車が全て軽自動車で車間距離を1メートルと仮定した場合に於いても、14.2メートルの隙間を超えることを折り込んだ文章を作って貰い、それで予め相手の反論を封じ込めることにした。

(軽自動車は全長3.4メートルなので16.6メートルの車列になる) 


 記憶力に優れたY君には、根拠となる証言、証拠、書面の号などの検索を頼み、緋糸と姉にはグーグルアースから現場写真を起こして同じ縮尺の車両写真を貼り付けた『現場概念図』を作って貰うことにした。

 

 アメちゃんも言っていたが現場の地図を文字で書かれると、思わず紙に書くか写真をみせろ! と言いたくなってしまう。

 特に、与えられたものだけで判定することを要求される裁判官の場合、下手な文章より視覚に訴えられた方が圧倒的に理解しやすいはずだ。それなのに法廷にスクリーンやプロジェクターなどの光学機器が、いまだに持ち込めないのは、理由があるとは言え、理解に苦しむ。

 

 そんな訳なので、 義兄の説明文を補強する『別紙』として、この現場概念図を添付することは、かなり効果が有る筈だ。


 僕はそれらの材料が有効に力を発揮出来るような枠組みを考え、プロットをしていく。

 

 この作業はクリスマスツリーの飾り付けをするのに似ている。

 全ての反論材料をツリーにつけて、それからシンプルに、簡潔に、判りやすくするために無駄な表現、重複した言葉を削り取っていく。

 基本的にはこちらが不利になった判決理由を、こちらが主張する新事実を置き換えるというやり方だ。


 だがそうやって出来上がった控訴理由書は、A4の紙18枚もの量になった。

 

 削りに削ってこの量だ。当然この厚みを見た裁判官は、ウンザリして早読みをするだろうし、最悪の場合、1審判決を補強する内容を探し始めるかも知れない。


 僕の勤めていた法律事務所では、この段階以前に担当判事が誰かを特定し、彼が過去に手がけた事件を閲覧する。そうして判事の癖とか傾向について調べてから、準備書面の1号を書く。


 だが、控訴審の場合、理由書も提出されてない段階で担当判事を特定することはできないから、文体と提示する理由の部分は、誰が読んでも納得出来る内容に(その前に、誰もが読み続けたくなるように)仕上げる必要がある。

 

 もう一つ、枚数が増えた理由は概念図が増えたせいだ。

 1枚目に上空から見た現場写真。2枚目に4台の車が縦列で停止している模様と事故発生場所が西に移動する図。そして3枚目に、Bが主張する事故現場を起点とした場合の、車列の先頭右折車が、Uターン場所の隙間を越えて中央分離帯の前で立ち往生している図が写真の上に加筆されている。その上4枚目には 義兄と打ち合わせたのだろう。警察庁が出している各スピード毎の制動距離の表を載せ、『60キロのときは37メートル必要なので、交差点に入ってからブレーキかけたのでは間に合わないはず』というキャプションまでつけている。


 Y君と僕は、仮に、で付け足して貰った『全部が軽四だった場合』を削除することにした。

 他にも『仮に』と『例えば』で作られた引用句のところは、僕のこだわりの1部を残して全て削除する。

 更に読み直そうとするY君を、「これでいこう」と制止した。


 控訴審では我々の意見を裁判官が知る機会はこの控訴理由書だけだ。後は無い。

 この後はBの陣営が準備書面でこちらの『アラ』を突いて結審。となる。


(実は相手も控訴審を要求してきた。だがそれは7対3の判決を確保するために6対4だと言い張るだけの新事実も何も無い、空虚な文面なので無視することにした)


「だったら言いたいことを全部詰め込もうじゃないか」


 あれ? それは駄目だって散々言ってきたよね。それは駄目だと言った僕が、駄目なことをしているという自覚は勿論ある。


 だけど、折角朝早くから頑張ったみんなの労力を削りたくは無かった。要は文が冗長にならずに、裁判官が興味を持ってこれを読み、なる程と、そうなのかと思ってくれさえすれば良いわけだ。

 

 全部の文を統合して、物語にして一息に読ます。という最初の目論見とは少し(いや。だいぶだな)外れたし、文体と表記法や言語なんかは崩す訳にはいかないが、まあ頑張って書いてみることにした。


 

 以下40話の控訴理由は長いので、かいつまんで書きます。

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