第29話 証人喚問と噓 

 月に一度ぐらいのペースで準備書面の遣り取りが繰り返されます。

 この一ヶ月という間隔は、双方の弁護士と裁判官が集まる『裁判』の場で、次回の裁判はいつ、というように決められます。

 

 郵送されてきた準備書面を三人が法廷で確認し、書面を受け取った弁護士は内容を検討し、矛盾点を捜し反証の準備と、裁判官を納得させるための一連の物語を展開するための素材捜しを始めます。


 ですから、幾つもの案件を抱えて同時進行させている裁判官と弁護士にとっては、この月に1度という期間は、決して当事者達が感じるほど冗長な時間ではありません。

 

 でも、そうは言ってもさすがに第6、第7準備書面(12~14書面)になると1年を越える月日が経過していますから、このころになると争点も、言いたいこともほぼ出揃ってきます。

 すると、裁判官は新たな局面に移行することを提言します。


 それは双方の歩み寄りによる和解の提言と、口頭弁論による証人喚問開始の呼びかけです。  


 和解に応じる場合、民事調停というものに移行し、小法廷で当事者と弁護士の四人のほか、調停委員が加わって当事者同士の合意を図ります。

 その場合、裁判所としての見解が示されるので、それをベースに、過失割合が話し合われることになります。

 

 われわれはそうなった場合、相手が持ってくる条件は最初7対3。協議が進んで妥協したフリをして8対2であろうと計算しました。

 しかし、元々の裁判の始まりが、相手の誠意の無さと噓に対するものだったので、『和解』という選択肢はありませんでした。

 通常であれば、この事故は後ろから追い抜き様に追突された、Aには回避の時間も方法も無い10割が相手の責任になる事故です。

 

 そうするといよいよ、この手の裁判に於ける、ほぼ、最初で最後の口頭弁論ということになります。


 140万円以下の金額にかかわる民事事件の第一審は簡易裁判所。それ以外の一般的な事件は地方裁判所で扱われます。


 医療訴訟、行政訴訟などの技術的に複雑な審理が必要な場合を除き、裁判官は単独審で証人尋問はこの一度だけです。

 これまで頻繁に名称が出てきた準備書面というのは、この時のために準備された書面という意味になります。

 

 普通の生活を営む一般の人は、この法廷で初めてテレビドラマでよく見る裁判の当事者になるわけですから、法廷というものが結構な緊張感を生じさせ、プレッシャーになります。


 それは、初めてであれば誰であっても同じ事なので、特に法曹界で働くためには『慣れ』が必要です。

 そのために例えば関西大学の法科には、法廷と同じ造りの施設があり、ここで裁判のシミュレーションができるようになっています。

 話しがズレました。

  

 法廷では、正面の法壇に裁判官が位置します。その下横に裁判所書記官がいて、マイクと録音機の操作をします。法廷の中では一切の人が撮影を、書記官以外の全ての人が、録音をすることを禁止されています。

 

 入場してきた人達は、裁判官席に向かって中央から左の席が原告側(刑事では検察)の席。右側に被告(刑事では弁護)側が座るというのが、慣例になっています。


 法廷のほぼ中央に証言台というのがあって、当事者はここで裁判官の人定質問により、生年月日と名前を述べ、本人である事を確認した上で、「真実を述べる」と書かれた宣誓書を読みます。

 この宣誓によって、この証言台での言葉は全て証拠として採用されるものになり、噓を言うことが偽証罪に問われることになります。

 刑事ではここで、答えたくないことには黙っていても良いという『黙秘権』と、言いたいことは言ってもよいと、陳述ができることを説明されます。


 しかし、前にも述べたとおり、その証言が虚偽である事を直ちに立証することは中々困難で、また、「勘違いだった」と簡単に逃げる方法があるために、平気で噓を言う者は結構居るというのが現実のようです。

 

 哲学的になりますが、実は「噓をつく」というのは人間の権利として認められていて、相当深い考察が求められているのですね。


 噓を言ってもそのことだけの罪というものは宣誓をしていない一般人にはありませんし、例え証人であっても16歳以下の年齢の者には偽証罪が問われません。


 ところがそれでは法の執行に極めて不都合なので、噓を言わなくてもいいように『黙秘』という権利を付与しました。

 

 僕がこう言いました。

「ねえ、ジュリエット。ロメオは死んだよ。だから僕の恋人になってくれ」

「えっ噓よ。だってあそこを歩いているじゃない。あなたってひどい人ね。警察に訴えるわよ」

「ごめーん。だってベッド寝てて息してなかったから勘違いしたんだよ」 

「それも噓でしょ。本当はあなたが殺そうとしたかもしれないじゃないの」

「ゲッ。バレた。だけど僕が言うことが全部噓だとしても、僕はどの法律も犯してないことになる。僕は罪に問われないんだよ」


 ということになるわけですね。

 

『噓は罪にならない……』


 これって、考えたら凄いことで、なんかの創作意欲が湧いてきませんか。


 すみません。また話しがずれてしまいました。

 最後に誤解が無いように念を押しておきますが、『噓』によって人を含む全ての何かが何らかの被害を受けたときは噓は㠑になります。そして被害を修復し賠償するための責に問われますのでご注意下さい。


 上の例で言えば、もし僕の噓によってジュリエットがロメオをあきらめ、僕と恋人になったり結婚したと仮定して、その後で僕に瞞されたことを知ったとすれば、詐欺罪とともに相当の慰謝料を請求されることになります。



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